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ラジオ雑感(ラジオざっかん)
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作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-10-4 17:21:32 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 |
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宅のラジオ受信機は去年の七月からかれこれ半年ほどの間絶対沈黙の状態に陥ったままで、茶の間の 事の顛末を記録するためには先ずわが家のラジオの歴史を略記する必要がある。 東京で一般的放送が開始されて後も、しばらくの間は全く ある日偶然上野の精養軒の待合室で初めてJOAKの放送を聞いたが、その拡声器の発する音は実に恐るべき 某百貨店でトリルダインと称する機械を買って来て据付けた最初の日の夕食時に聞いたのは、伴奏入りの童話で「 色々な種類の放送のうちで自分にいちばん苦手なのは演説講演の類である。耳が悪いせいか、「かん」が悪いせいか、本物の演説を聞くのでも骨の折れるくらいであるから、完全でない機械で変形された音波の混乱の中から、変形されない元の波を読取ることはなかなか困難である。それを聞取ろうとする努力はかなりに頭を疲らせる。それで断念して聞かないつもりになっても、音の出ている限り注意を引かれない訳には行かない。いっその事全部分からないアラビア語ででもあればかえって楽であろうが、困った事には時々ところどころ分かる日本語であるからいけないのである。注意が自然と しかるに、これが音楽となるとそういう心配はないようである。楽器の それはとにかく、講演でも自分のよく知っていて始終互いに談話を交わしている人の講演ならば、あまり言語明晰でない人のでもよく分かるような気がする。そういう場合には話している人の「顔が見える」。そうしてそれが音の不完全を助けて理解を容易にするように思われる。「話し振り」をよく知っているという事は、単に音響だけの記憶を意味するのではなくて、話す人の顔面筋肉のあらゆる微細な運動の視像と一つ一つの言語と結び付いたものの綜合的記憶を意味するのであろう。少なくも盲目でない普通の人にとってはそうである。それでラジオで耳馴れた人の声を聞くと、その声が直ちにその人の顔の視像を呼出して来て合体する。そこで始めてその言葉の意味が明らかになるのであろうと思われる。日常接している人だと、いちばん最初に これと同じような聯想作用に関係しているためかと思われるのは、例えば落語とか 聞きたいと思う音楽放送がたまにあると、その時刻にちょうど来客があって聞かれないような場合がかなりに多い。来客がない時はまた何かに紛れて時刻をやり過ごし、結局聞かれない場合もかなりに多い。もしも、これが、どこかへ演奏会を聴きに行くのだと、来客は断れるし、仕事は繰合せて、そうして定刻前には何度も時計を見るであろう。しかしこれがラジオであるために、こういうことになるのである。つまりあまりに事柄が軽便すぎて事柄の重大さがなくなるのであろう。パチリと一つスウィッチを入れさえすれば、日比谷公会堂の演奏、歌舞伎座の演技が聞かれるからである。昔の山の手の住民が浅草の芝居を見に行くために前夜から徹夜で支度して夜のうちに出かけて行った話と比較してみるとあまりにも大きな時代の推移である。しかしそういう昔の人の感じた面白さと、今のラジオを聞く人の面白さとの比較はどうなるかそれは分からない。 同じようなことは外にもある。教育でも機関が不完全で不便な時代に存外真剣な勉強家が多くて、あまりに軽便に勉強の出来る時代にはまた存外その割に怠け者が多いようなものである。キリシタンを禁じた時代の宗教の熱心さと、信仰の自由を許されて後の信徒の熱心さとの比較でもそうである。自由を許したとて、信徒の数にしても決してそう驚くほど多くはならないのである。 こういう意味からすると、ラジオが出来たためにわれわれの音楽を聴くことの享楽をいくぶん破壊されたとも云われるかもしれない。教育機関の立派になったお蔭でわれわれは学問することの 以上のような理由からして、自分と自分の宅のラジオとの交渉はかなり疎遠なものであった。それで時々故障が起っても、別に大した不便を感じないのであるが、それでもやはりその時々に修繕のために元買った百貨店へ持って行った。それが修繕する度に眼に見えて機械の感度が悪くなるのであった。それでいつか放送局でラジオ相談所として推薦した本郷の某ラジオ屋へ試みに修繕に出したら、今度は断然 それからまた元の百貨店へ持って行くと、やがて、完全になったと云って返して来る。やってみると、あいかわらずちっとも聞こえない。 この事柄の理由は明白である。元の機械は相当感度がよかったために、アンテナはわずかに二メートルくらいの線を とにかくアンテナを拡張し、完全なアースをすれば聞こえるであろうと思われたが、それがおっくうであるのと、もう一つは、前述のような理由から元来熱心でないためとでついついそのままに放棄してあった。家族もやはり興味が冷却したと見えて、別にそれで不満を感じることもないようであった。それが近頃になって、どうかした機会に、近所のラジオ屋に来て見てもらったら、このラジオ屋さんはちゃんと心得ていてさっそく水道栓へアースを引っぱって、アンテナを天井の廻りに引延ばして、ともかくも音だけは旧通りに聞こえるようにした。そうして鼻を高くして帰って行ったのである。こわれた虫眼鏡が それにしても、ラジオを商売にしている商売人でありながら、それぞれの機械に固有な感度というものを認めないのが不思議に思われる。正宗を 理科の学問をしているのに、どうして自分でラジオ機械を修繕しないのかと聞かれることがある。なるほど電磁気学理論の初歩も知らない素人で非常にラジオ通があるのに、三十年来この方面の学問に関係し、しかもそれで生活して来ている人間が、宅のラジオくらいを直すのに、一々ラジオ屋さんの御苦労を願うというのは自分ながら妙なことであると思われなくはない。 ここまで書いた時に宅のラジオが鳴り出して、バッハのト短調、チェンバロ・コンチェルトというのを聞かせてくれた。いつ聞いても心持の悪くないものはこういう古典的な音楽である。からだ中の血液の濁りを洗うような気がする。こういうものが、うちの机の前に坐ったままで聞かれるのはやはりラジオの効用だと思う。 (昭和八年四月、日本放送協会『調査時報』) 底本:「寺田寅彦全集 第三巻」岩波書店 1997(平成9)年2月5日発行 入力:Nana ohbe 校正:noriko saito 2004年8月13日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。 ●表記について
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