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日常身辺の物理的諸問題(にちじょうしんぺんのぶつりてきしょもんだい)
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作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-10-3 18:34:32 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 |
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毎朝起きて顔を洗いに湯殿の洗面所へ行く、そうしてこの平凡な日々行事の第一箇条を遂行している間に私はいろいろの物理学の問題に 第一は金だらいとコップとの摩擦によって発する特殊な音響の問題である。普通の 古い物理書などに書いてあるとおりガラスのフィンガーボールの縁を指頭で摩擦して楽音を発せしめる場合に、指を水でぬらしておいて摩擦する事になっているが、現在の場合でも接触面が水でぬれている事が必要条件であるらしく見える。これも充分に実験を重ねた上でなければ断言はできないが、これまでの経験ではそう思われる。しかし次に起こって来る問題は、単に水でぬれているだけでそれで充分であるかどうかということである。 近年のいわゆる「表面化学」の発達によって次第に明らかになって来たとおり、固体ことにガラスや陶器などの表面にはガスのみならずある種類の液体や固体の薄膜を 自分の経験では金だらいの縁がひどく油あかでよごれているときは鳴らない。 この場合に油膜の存在と摩擦の関係が明らかになったとしても、この場合の摩擦によって金だらいの規則正しい振動の誘発される機巧についてはまだよくわからないことがかなりに多く伏在しているのである。クラドニの実験や、またヴァイオリンの場合に松やにをつけた毛で摩擦する際にどうして振動が継続されるかの問題についてはヘルムホルツ以来本質的にはほとんど一歩も進んだ解釈は与えられていないように思う。もちろんただ通り一ぺんの説明はついている。すなわち振動体の減衰するエネルギーを弓の仕事で補給する、その補給の回数と適当な位相とを振動体の振動自身が調節するというのである。この点では実際ラジオなどに使う真空管とよく似た場合である。 しかしこれだけの説明で満足しないでもう一歩深く立ち入って考えてみると、もういっさいが暗やみになってしまうのである。弓の毛髪と振動体とが複雑な週期的相対運動をしている際に摩擦係数がはたして静的係数と動的係数との間を不連続的に往復しているのか、それとももっと複雑な変化をしているのか、これについてはまだだれも徹底的に研究した人はないようである。 クントの実験でも同様である。あの場合になぜ金属棒は松やにを着けた皮でしごき、ガラス棒だとアルコールを着けた綿布でこするか、この幼稚な疑問に対してふに落ちる説明をしてくれる教師はまれであろう。それにもかかわらず物理学をデモンストレートする先生がたはなかなかこの目前の好個の問題を手に取り上げて落ち着いて熟視しようとはしないのである。 同じく摩擦に関した問題で日常おもしろいと思うものがもう一つある。それは雨の日の東京の大通りを歩いているときにしばしば経験させられることであるが、人造石を敷いた舗道が非常にすべりやすくなることがある。 近ごろネーチュア誌を見ると、コップにビールをつぐ時にビールの たとえば、これもやはり私の洗面台の問題の一つであるが、前夜にたてた ガラス面に水滴の着く事に関してはいわゆる「呼気像」(Hauchbild, breath figure)の問題として従来多少の研究があった。特に近来の表面化学の進歩につれてかなりまで解答の糸口が得られかかったようではある。しかし具体的の諸問題について追究すべき事がらはまだ非常に多い。私の洗面所の問題のごときもその一つであると思われる。 水滴の合流するしかたの統計的方則に関しては現在の物理学はほとんど無能に近いと言っても過言ではない。これに類する多くの問題は至るところに散在している。たとえば本誌(科学)の当号に掲載された 私が (昭和六年四月、科学) 底本:「寺田寅彦随筆集 第三巻」小宮豊隆編、岩波文庫、岩波書店 1948(昭和23)年5月15日第1刷発行 1963(昭和38)年4月16日第20刷改版発行 1997(平成9)年9月5日第64刷発行 ※底本の誤記等を確認するにあたり、「寺田寅彦全集」(岩波書店)を参照しました。 ※「田口三郎」対する底本のルビ、「たぐちうさぶろう」は「たぐちりゅうざぶろう」にあらためました。 入力:(株)モモ 校正:かとうかおり 2000年10月3日公開 2003年10月30日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。 ●表記について
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