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電車の混雑について(でんしゃのこんざつについて)
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作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/10/3 18:21:41 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 |
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四分以上 4回 │ 二分以下 23回 これでわかるように、間隔の回数から言うと、長い間隔の数はいったいに少なくて、短いものが多い。全体三十八間隔の中で、四分以上のものは四回、すなわち全体の約一割ぐらいのものである。しかしここで誤解してならない事は、乗客がこれらの長短間隔のいずれに遭遇する三分以上 9回 │ 一分以下 11回 二分以上 15回 │ 四十秒以下 5回 これは何を意味するか。 個々の乗客が全く偶然的に一つの停留所に到着したときに、ある特別な間隔に遭遇するという それでともかくも、全く顧慮なしにいつでも来かかった最初の電車に飛び乗る人にとっては、すいたのにうまく行き会う機会が少なくて、込んだのに乗る機会が著しく多い。そういう経験の記憶が自然に人々の頭にしみ込む。おそらく込み合っていた多数の場合の記憶は、まれにすいていた少数の場合の記憶よりも強く印銘せられるとすると、以上の比例の懸隔は、心理的に変化を受け、必ずいくぶんか誇張されて頭に残るかもしれない。従って多くの人はついついすいた電車の存在を忘れて、すべてのものが満員であるような印象をもつ事になるかもしれない。 この最後の点は不確かだとしても、次の結論は免れ難い、すなわち「来かかった最初の電車に乗る人は、すいた車に会う機会よりも込んだのに乗る機会のほうがかなりに多い。」 このようにして、込んだ車にはますます多くの人が乗るとすれば、この電車はますます規定時間よりも遅れるために、さらにまた混雑を増す勘定である。 これをせんじつめると最後に出て来る結論は妙なものになる。すなわち「第一に、東京市内電車の乗客の大多数は――たとえ無意識とはいえ――自ら求めて満員電車を選んで乗っている。第二には、そうすることによって、みずからそれらの満員電車の満員混雑の程度をますます増進するように努力している。」 これは一見パラドクシカルに聞こえるかもしれないが、以上の理論の当然の帰結としてどうしてもやむを得ない事である。もしこれがおかしいと思われるなら、それは私の議論がおかしいのではなくて、そういう事実がおかしいのであろう。 それでもしこのような片寄りがちの運転状況を避けて、もう少し均等な分配を得たいというならば、そのために採るべき方法は理論上からは簡単である。第一には電車の車掌なり監督なりが、定員の励行を強行する事も必要であるが、それよりも、乗客自身が、行き当たった最初の車にどうでも乗るという要求をいくぶんでも控えて、三十秒ないし二分ぐらいの貴重な時間を犠牲にしても、次のすいた電車に乗るような方針をとるのが しかし満員電車をきらうか好くかは「趣味」の問題であろうから、多数の乗客がもし満員電車に先を争って乗る事に特別な興味と享楽を感じるならば、それはいたし方がない。その趣味の是非を論じるための標準は数理や科学からは求められない。 昔は、人に道を譲り、人と利福を分かつという事が美徳の一つに数えられた。今ではそれはどうだかわかりかねる。しかしそういう美徳の問題などはしばらくおいて、単に功利的ないし利己的の立場から考えても、少なくも電車の場合では、満員車は人に譲って、一歩おくれてすいた車に乗るほうが、自分のためのみならず人のためにも便利であり「能率」のいい所行であるように思われる。少なくも混雑に対する特別な「趣味」を持たない人々にとってはそうである。 これは余談ではあるが、よく考えてみると、いわゆる人生の行路においても存外この電車の問題とよく似た問題が多いように思われて来る。そういう場合に、やはりどうでも最初の満員電車に乗ろうという流儀の人と、少し待っていて次の車を待ち合わせようという人との二通りがあるように見える。 このような場合には事がらがあまりに複雑で、簡単な数学などは応用する筋道さえわからない。従って電車の場合の類推がどこまで適用するか、それは全く想像もできない。従ってなおさらの事この二つの方針あるいは流儀の是非善悪を判断する事は非常に困難になる。 これはおそらくだれにもむつかしい問題であろう。おそらくこれも議論にはならない「趣味」の問題かもしれない。私はただついでながら電車の問題とよく似た問題が他にもあるという事に注意を促したいと思うまでである。 (大正十一年九月、思想) 底本:「寺田寅彦随筆集 第二巻」小宮豊隆編、岩波文庫、岩波書店 1947(昭和22)年9月10日第1刷発行 1964(昭和39)年1月16日第22刷改版発行 1997(平成9)年5月6日第70刷発行 ※1バイト、二桁のアラビア数字は、底本では「縦中横」で組まれています。 入力:(株)モモ 校正:かとうかおり 2003年6月26日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。 ●表記について
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