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ある探偵事件(あるたんていじけん)
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作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-28 12:31:34 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 |
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数年前に「ボーヤ」と名づけた白毛の雄猫が病死してから以来しばらくわが家の縁側に猫というものの姿を見ない月日が流れた。先年、犬養内閣が成立したとおなじ日に一羽のローラーカナリヤが迷い込んで来たのを捕えて飼っているうち、ある朝ちょっとの不注意で逃がしてしまった。そのおなじ日の夕方帰宅して見ると茶の間の真中に一匹の真白な小猫が坐り込んですましてお化粧をしていた。家人に聞いてみると、どこからともなく入り込んで来て、そうして、すっかりわがもの顔に家中を歩き廻っているそうである。それが不思議なことには死んだボーヤの小さい時とほとんどそっくりでただ 死んだ白猫の母は宅の飼猫で白に雉毛の斑点を多分にもっていたが、ことによると前の白猫と今度の「白」とは父親がおなじであるか、ことによると「白」が「ボーヤ」の子であるかもしれないと思われた。それについて思い当るのは、一と頃ときどき宅へ忍び込んで来る猫の中に一匹のアンゴラ種らしい立派な白猫があった、それが、もしかすると「白」の父親か祖父ではないかと思われるのであった。 つい近ごろになってある新聞にいろいろなペットの話が連載されているうちに知名の某家の猫のことが出ていて、その三匹の猫の写真が掲載されていた。そのうちの一匹がどうも前述のいわゆるアンゴラに似ているように思われた。これだけでは何も問題にはならないが、しかしその某家と同姓の家が宅から二、三町のところにあるから、そこで一つの問題が成立ったのである。その問題は 問題を分析するとつぎのようになる。 問題。(一)宅の近所のA家は新聞所載のA家と同一か。(二)同一ならばその家の猫Bと、宅の庭で見かけた猫Cと同一か。(三)そうだとすれば宅の白猫DはそのB=C猫の血族か。 これに対して与えられた その後、出入りの魚屋の証言によって近所のA家にもやはり白い洋種の猫がいるという一つの新しい有力なデータを加えることは出来た。しかし、東京中で西洋猫を飼っているA姓の人が何人あるか不明であるから(一)の問題はやはり不明である。ただ、近所のA家の猫と宅の猫との血族関係に関しては幾分のプロバビリチが出来ていた訳である。 下手の探偵小説には(1)(2)(3)(4)だけから(一)(二)(三)を誘導するようなのがありはしないか。おなじような論理の錯誤から実際の刑事事件について無実の罪が成立する恐れが万一ありはしないか。そんなことを考えさせられるのであった。 近ごろ、某大官が、十年前に、六百年昔の逆賊を弁護したことがあったために、現職を辞するのやむなきに立ち至ったという事件が新聞紙上を賑わした。なるほど、十年前の甲某が今日の甲某と同一人だということについては確実な証人が無数にある。従ってこの問題と上述の「猫の場合」とは全然何の関係もない別種類の事柄である。何の関係もないことであるにもかかわらず、ふとした錯覚で何かしら関係があるような気がしたのは、たしかに自分の頭の (昭和九年二月『大阪毎日新聞』) 底本:「寺田寅彦全集 第二巻」岩波書店 1997(平成9)年1月9日発行 入力:Nana ohbe 校正:川向直樹 2004年8月22日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。 ●表記について
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