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餅を喫う(もちをくう)
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作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-26 15:37:52 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 |
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町の酒屋では その家には雇人も二三人おり、親類の者も泊り合せていたが、この二三日の疲れでぐっすり睡ってしまって知らなかった。ただ女房の藤代のみは、 それはたしかに力の無い手で裏門の戸を叩く音であった。こうした取込の場合に、また夜更けに、 「……伯父さん、……伯父さん」 隣の室で、微かに聞えていた鼾がぱったりとやんだが返事はない。 「……伯父さん、……伯父さん」 「わしを呼んだのか」 「すみませんが、 「そうか、往って来よう、何だろう」 戸を叩く音がまたとんとんと聞えて来た。伯父さんはそれをはっきりと聞いた。 「なるほど、叩くな、何人だろう」 伯父さんはやっとこさ起きあがって、暗い中をさぐりさぐり 「何人だね、なんか用かね」 すぐ眼の前にある裏門の戸がまたとんとん鳴った。伯父さんはその方へ歩いて往った。しかし、時どき強盗などの噂があって油断の出来ない時であるから、よく声をたしかめなければ開けられないと思っていた。 「何人だね」 微な風に顫えてるような声が聞えて来た。 「私でございます」 伯父にはあたりがつかなかった。 「私とは、何人だ」 「私の声が判りませんか」 伯父さんはやっぱり判らなかった。 「判らないね、 「私は芳三でございます」 伯父さんは体がぞくぞくした。芳三とは新仏の名であった。 「…………」 「あなたは何人でございますか」 「わしは、伯父の林蔵じゃ」 伯父さんの声は顫えた。 「伯父さんでございますか、伯父さんなら頼みたいことがあります」 「なんじゃ、どんな頼みじゃ、云うが好い、お前の云うとおりにしてやる」 「伯父さん、私は、 伯父さんはなるほど仏の云うことが尤もだと思った。 「よし、明日、夜が明け次第、皆持って往って埋めてやる、安心するが好い、それから家のことも心配せんが好い、皆で世話して好いようにしてやる」 「それではお願いします、そうして貰えないと、私は浮ばれません」 「好いとも、夜が明け次第、持って往って埋めてやる」 「それではお願いします」 「好いとも、他にもう云いたいことはないか」 外からはもうなんの声も聞えなかった。伯父さんは仏が帰ったと思ったので、家の中へ逃げるように入って往った。 伯父さんは藤代をはじめ其処へいっしょに泊り合せている親類の者を起して、仏の云ったことを話し、翌朝芳三の その伯父さんは店の整理があるので、やはり甥の家にいたが間もなく初七日が来た。酒屋では初七日の法事をしてその後で親類や隣の者に精進料理の 伯父さんもすこし飲んだ酒の疲れのために、一睡りして便所に起きたところで、また裏門の戸を叩く音が聞えて来た。伯父さんは立ちすくんだようになってその音を聞いていた。 戸の音はまた聞えて来た。伯父さんはまた芳三が何か云いたいことがあって来たのであろうと思った。伯父さんは恐ろしくって体がまたぞくぞくしだしたが、それでも逃げるわけに往かないので困ってしまった。と、その日来て泊り合せていた藤代の父親のことを思いだして、それを 「お父さん、起きておりますか」 伯父さんが襖を開ける音に眼を覚していた父親は返事をした。 「ああ、伯父さんですか」 「ああ、私ですが、みょうなことがありますから、すこし起きてくれませんか」 「起きましょう、どんなことでございます」 「また来たようです」 「あの芳三でございますか」 父親は起きあがって蒲団の上に蹲んだようであった。 「そうですよ、また裏門の戸を叩きます、私も往きますから、お父さんもいっしょに往ってくれますか」 「往きましょう」 父親は起きあがって伯父さんの前に立った。 「それはすみません」 伯父さんが 戸を叩く音が聞えた。 「何か用かね、 伯父さんは恐ろしそうにかすれた声で云った。 「私でございます」 微な顫え声が聞えて来た。やはりそれは芳三の声であった。 「芳三か、何かまだ云いたいことがあるか」 「はい、この間は 「金か」 「金でございます、その金のことが気になって、浮ばれません」 金と云ってもいくら埋めて好いか判らない、それに 「金がいくらあったら好い」 「いくらと云うことはありませんが、五十両くらいあればよろしゅうございます」 「お前の病気や葬式に金が要って、現金はあまり手許にないが、五十両ぐらいならどうかなるだろう」 「どうか願います」 伯父さんは父親にも相談しなければ悪いと思った。 「お父さん、あれもあんなに云いますから、埋めてやろうではありませんか」 父親も云うとおりにしてやらねばならないと思った。 「そうでございますとも、そう云うことなら埋めてやりましょう」 其処で伯父さんが云った。 「それでは、明日、きっと埋めてやるから、安心して迷わないが好い」 「ありがとうございます」 「家のことは決して心配しないが好い、此方へは藤代のお父さんが来ておる、後のことは、皆で、好いようにする、小供も俺とお父さんとで引受けて世話をするから、心配はいらない」 「はい、それではもう往きます」 「どうぞ心配を残さないようにしてくれ」 父親も泣き声になって云った。 「芳三さん、何も心配することはないよ、藤代と小供は、わしと伯父さんとでお世話をします」 外ではもう返事をしなかった。 「もう帰ったと見える、やっぱり気にかかる物があると、浮ばれないと見える」 「そうでございますとも」 二人は泣き声になって話しながら家に入った。 酒屋ではその翌日五十両の金を持って往って埋めたが、それは悪漢に奪われる恐れがあるので隠していた。しかし、その噂はすぐその町に拡がった。気の弱い者は夜になると酒屋の附近から芳三を葬ってある寺の墓地附近を その時分のことであった。隣村へ商売に往っていた と、白いものがするすると動いて眼の前へ来た。白い浴衣でも着たような人の姿が見えたので、ふとその顔を見ると、小さな顔の下顎をかくすように大きな舌がだらりと垂れていた。小商人はびっくりして後の方へ逃げようとする拍子にばったり倒れたがそのまま気絶してしまった。そして、暫くして小商人は気が その 馬方は腰を抜かして馬の手綱を持ったなり其処へつくばってしまった。そして、やっと正気になって家へ帰ってみると、落したのか財布が無くなっていた。 白い 小さな雑木の生えた丘に来た。その丘の上には畠があって大根のような物が見えていた。餅屋はその丘をあがりつめて畠の隅にある 暫くしてやっと気がつきかけた餅屋が顫えながら見ると、白い 餅屋の頭にふとひらめいたものがあった。それは幽霊が人間のように餅などを喫うはずがないと云うことであった。餅屋の頭には余裕が出来て来た。餅屋はじっとその容子を見た。小柄な顔の眼のちかちか光る男であった。 「たしかに人間だ、人をおどして物を取る 餅屋はいきなりその男に跳びかかった。彼はびっくりして餅屋をふり放して逃げだした。 「盗人、盗人、盗人を捕えてくれ」 餅屋は何処までもその男を追いかけて往った。 白い これは維新の際に千葉県の某処にあった実話を 底本:「日本の怪談(二)」河出文庫、河出書房新社 1986(昭和61)年12月4日初版発行 底本の親本:「日本怪談全集」桃源社 1970(昭和45)年初版発行 ※「ぐっすり睡って」「起きあがって伯父さんの」「 入力:Hiroshi_O 校正:門田裕志、小林繁雄 2003年7月24日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。 ●表記について
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