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冬の花火(ふゆのはなび)
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作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-24 17:37:27 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 |
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(数枝)(小声で鋭く)お母さん! (言うなと眼つきで制する)
(清蔵)(はっと気附いた様子で)そうですか。数枝さん、あなたもひどい女だ。(にやりと笑って)
(あさ)(低く、きっぱりと)清蔵さん、お待ちなさい。(清蔵に抱きつくようにして、清蔵のふところをさぐり、出刃庖丁を取り出し、逆手に持って清蔵の胸を刺さんとする)
(清蔵)(間一髪にその手をとらえ)何をなさる。気が狂ったか、
(数枝)(あさに武者振りついて)お母さん! つらいわよう。(子供のように泣く)
(あさ)(数枝を抱きかかえ)聞いていました。立聞きして悪いと思ったけど、お前の身が案じられて、それで、……(泣く)
(数枝) 知っていたわよう。お母さんは、あの襖の蔭で泣いていらした。あたしには、すぐにわかった。だけどお母さん、あたしの事はもう、ほっといて。あたしはもう、だめなのよ。だめになるだけなのよ。一生、どうしたって、幸福が来ないのよ。お母さん、あたしを東京で待っているひとは、あたしよりも年がずっと下のひとだわ。
(あさ)(おどろく様子)まあ、お前は。(数枝をひしと抱きかかえ)仕合せになれない子だよ。
(数枝)(いよいよ泣き)仕様が無いわ。仕様が無いわ。あたしと睦子が生きて行くためには、そうしなければいけなかったのよ。あたしが、わるいんじゃないわよ。あたしが、わるいんじゃないわよ。
雪が間断なく吹き込む。その辺の畳も、二人の髪、肩なども白くなって行く。
――幕。
第三幕 舞台は、伝兵衛宅の奥の間。正面は堂々たる床の間だが、
幕あくと、部屋の中央にあさの病床。あさは、障子のほうを頭にして仰向に寝ている。かなりの衰弱。眠っている。 第二幕より、十日ほど経過。 数枝、万年筆を置いて、机に 間。 あさ、眠りながら苦しげに (数枝)(あさのほうを見て、机上の書きかけの手紙を畳んでふところにいれ、それから、立ってあさのほうへ行き、あさをゆり起し)お母さん、お母さん。
(あさ) ああ、(と眼ざめて深い
(数枝) どこか、お苦しい?
(あさ) いいえ、(溜息)何だかいやな、おそろしい夢を見て、……(語調をかえて)睦子は?
(数枝) けさ早く、おじいちゃんに連れられて
(あさ) 弘前へ? 何しに?
(数枝) あら、ご存じ無かったの? きのう来ていただいたお医者さんは、弘前の
(あさ) 睦子がいないと、
(数枝) 静かでかえっていいじゃないの。でも、子供ってずいぶん現金なものねえ。おばあちゃんが御病気になったら、もうちっともおばあちゃんの傍には寄りつかず、こんどはやたらにおじいちゃんにばかり甘えて、へばりついているのだもの。
(あさ) そうじゃないよ。それはね、おじいちゃんが一生懸命に睦子のご
(数枝) あら、どうして? (火鉢に炭をついだり、鉄瓶に水をさしたり、あさの
(あさ) だって、あたしがいなくなった後でも、睦子がおじいちゃんになついて居れば、お前だって、東京へ帰りにくくなるだろうからねえ。
(数枝)(笑って)まあ、へんな事を言うわ。よしましょう、ばからしい。
(あさ)(
(数枝)(すこし
(あさ)(薄笑いして)そうだといいがねえ。あたしは、もうだめなような気がするよ。その他にも何か病気があるんだろう? 手足がまるで動かない。
(数枝) そりゃお医者に見せたら、達者な人でも、いろんな事を言われるんだもの、それをいちいち気にしていたら、きりが無いわ。
(あさ) なんと言ったのだい。
(数枝) いいえ、何でも無いのよ。ただね、軽い
(あさ)(厳粛に)数枝、あたしはもう、なおりたくない。こうしてお前に看病してもらいながら早く死にたい。あたしには、それが一ばん仕合せなのです。
茶の間の時計が、ゆっくり十時を打つのが聞える。
(数枝)(あさの言う事に全く取り合わず、聞えぬ振りして)あら、もう十時よ。(立上り)
(あさ) 数枝、ここにいてくれ。何を食べても、すぐ吐きそうになって、かえって苦しむばかりだから。どこへも行かないで、あたしの傍にいてくれ。お前に、すこし言いたい事がある。
(数枝)(障子を静かにしめて、また病床の傍に坐り、あかるく)どうしたの? ね、お母さん。
(あさ) 数枝、お前はもう、東京へは帰らないだろうね。
(数枝)(あっさり)帰るつもりだわ。お父さんはあたしに、出て行けと言ったじゃないの。そうして、あの日からもう、あたしにはろくに口もききやしないんだもの。帰るより他は無いじゃないの。
(あさ) あたしがこんなに寝たきりになってもかい。
(数枝) お母さんの病気なんか、すぐなおるわよ。そりゃ、なおるまでは、やっぱりあたし、お父さんがどんなに出て行けって言ったって、この家に
(あさ) 何年でもかい。
(数枝) 何年でもって、(笑って)お母さん、すぐなおるわよ。
(あさ)(首を振り)だめ、だめ。あたしには、わかっています。数枝、あたしにもしもの事があったら、お前は、お父さんひとりをこの家に残して東京へ行くのですか。
(数枝) もう、いや。そんな話。(顔をそむけて泣く)もしも、そうなったら、もしも、そうなったら、数枝も死んでしまうから。
(あさ)(溜息をついて)あたしはお前を、世界で一ばん仕合せな子にしたかったのだけど、逆になってしまった。
(数枝) いいえ、あたしだけが不仕合せなんじゃないわ。いま日本で、ひとりでも、仕合せな人なんかあるかしら。あたしはね、お母さん、さっきこんな手紙を書いてみたのよ。(ふところから先刻書きかけの手紙を取り出し、小さくはしゃいで)ちょっと読んでみるわね。(小声で読む)拝啓。
(あさ) 鈴木さんというの?
(数枝) ええ、ずいぶんあたしたち、お世話になったわ。この方のおかげで、あたしと睦子は、あの戦争中もどうやら生きて行けたのだわ。でも、お母さん、あたしはもう、みんな忘れる。これからは一生、お母さんの傍にいるわ。考えてみると、お母さんだって、栄一が帰って来ないし、(言ってしまってから、どぎまぎして)でも、栄一は大丈夫よ。いまに、きっと元気で帰って来ると思うけど。
(あさ) お前と睦子が、この家にいてくれたら、栄一は帰って来なくても、かまいません。あの子の事は、もうあきらめているのです。数枝、あたしは栄一よりも、お前と睦子がふびんでならない。(泣く)
(数枝)(ハンケチであさの涙を拭いてやって)あたしは、あたしなんか、どうなったっていいのよ。本当にいつもそう思っているのよ。(うつむいて)悪い事ばかりして来たのだもの。
(あさ) 数枝、(変った声で)女には皆、秘密がある。お前は、それを隠さなかっただけだよ。
(数枝)(不思議そうにあさの顔を
(あさ)(それに構わず)あれから何日になりますか。
(数枝) いつから?
(あさ) あの夜から。
(数枝) さあ、もう十日くらい経つかしら。よしましょう、あの晩の話は。
(あさ) 十日? そうかねえ。たった十日。あたしには、半年も前のような気がする。
(数枝) だってお母さんは、あの晩にあれから階段の下で卒倒して、それっきり三日も意識不明でいたんだもの、あの晩の事はもうずっと遠い夢のような気がするのは無理もないわ。夢だわよ。あたしは、あれも忘れる事にしよう。何もかも忘れる事にしよう。あたしはお百姓になって、そうしてあたしたちの桃源境を作るんだ。
(あさ) 清蔵さんは、その後どうしているか、何か聞かなかったかい。
(数枝) 知らないわ、あんなひとの事。もうあたしは忘れてしまうのだから、いいのよ。お酒をよして、このごろ人が変ったみたいに働くようになったとか、きのうあのひとの妹さんが来て言ってたけど、でも、あてになりやしないわ。
(あさ) 早く、お嫁をもらえばいいのにね。
(数枝) 何かいまそんな話もあるんですって。妹さんが言ってたわ。こんどの縁談は、どうした事か、兄さんがとても乗気だって。あたしには、わかるわ。
(あさ) 何が、わかるの?
(数枝) 何がって、清蔵さんの気持が。
(あさ) どうして?
(数枝) どうしてって、だって、お母さんにあの晩あんなに
(あさ) その馬鹿か悪魔は、あたしだよ。あたしなのだよ。あたしは、あの晩、あの人を本当に殺そうとしたのだ。
(数枝) もういや、よしましょう、お母さん。あたしのために、みんなあたしのために、お母さん、ごめんなさいね、これからあたしは、(泣き出して)親孝行して、御恩をかえすのだから、もうなんにも言わないで。日本にはもう世界に誇るものがなんにも無くなったけれど、でも、あたしのお母さんは、あたしのお母さんだけは。
(あさ) ちがいます。あたしは、お前よりずっとずっと悪い女です。あたしは、あの晩、あのひとを殺そうとしたのは、お前のためではなかったのです。あたしのためです。数枝、あたしをこのまま死なせておくれ。死ぬのが一ばん仕合せなのです。数枝、あのひとは、六年前、ちょうどあのようにして、このあたしを、……。
(数枝)(顔を挙げ、
(あさ) あたしは、馬鹿で、だまされました。女は、女は、どうしてこんなに、……。(泣く)
(数枝)(苦痛に堪えざるものの如く、荒い呼吸をして、やがて立ち上る。膝から手紙が舞い落ちる。それに眼をとどめて)桃源境、ユートピア、お百姓、(第一幕に於けるが如き低い異様の笑声を発する)ばかばかしい。みんな、ばかばかしい。これが日本の現実なのだわ。(高くあははと笑う)さあ、日本の指導者たち、あたしたちを救って下さい。出来ますか、出来ますか。(と言いながら、手紙を拾い、二つに裂く、四つに裂く、八つに裂く、こまごまに裂き)えい、勝手になさいだ。あたし、東京の好きな男のところへ行くんだ。落ちるところまで、落ちて行くんだ。理想もへちまもあるもんか。
玄関を乱暴にあける音聞える。
「電報です。島田数枝さん。電報です。」という配達人の声。 (数枝) あら、あたしに電報。いやだ、いやだ。ろくな事じゃない。いまの日本の誰にだって、いい知らせなんかありっこないんだ。悪い知らせにきまっている。(うろついて、手にしているたくさんの紙片を、ぱっと火鉢に投げ込む。
玄関にて、「電報ですよ。どなたか、居りませんか。島田数枝さん。至急報ですよ。」という声つづくうちに、
――幕。
底本:「太宰治全集8」ちくま文庫、筑摩書房 1989(平成元)年4月25日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房 1975(昭和50)年6月から1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:土屋隆 2005年1月15日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。 ●表記について
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