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フォスフォレッスセンス(フォスフォレッスセンス)
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作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/9/24 17:29:23 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 |
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「まあ、 「あら、お母さん、それは夢よ。」 この二人の会話に於いて、一体どちらが夢想家で、どちらが現実家なのであろうか。 母は、言葉の上ではまるで夢想家のようなあんばいだし、娘はその夢想を破るような しかし、母は実際のところは、その夢の可能性をみじんも信じていないからこそ、そのような夢想をやすやすと言えるのであって、かえってそれをあわてて否定する娘のほうが、もしや、という期待を持って、そうしてあわてて否定しているもののように思われる。 世の現実家、夢想家の区別も、このように錯雑しているものの 私は、この世の中に生きている。しかし、それは、私のほんの一部分でしか無いのだ。同様に、君も、またあのひとも、その大部分を、他のひとには全然わからぬところで生きているに違いないのだ。 私だけの場合を、例にとって言うならば、私は、この社会と、全く切りはなされた別の世界で生きている数時間を持っている。それは、私の眠っている間の数時間である。私はこの地球の、どこにも絶対に無い美しい風景を、たしかにこの眼で見て、しかもなお忘れずに記憶している。 私は私のこの肉体を 私は、睡眠のあいだの夢に於いて、 また私は、眠りの中の夢に於いて、こがれる女人から、実は、というそのひとの本心を聞いた。そうして私は、眠りから覚めても、やはり、それを私の現実として信じているのである。 夢想家。 そのような、私のような人間は、夢想家と呼ばれ、あまいだらしない種族のものとして多くの人の 私は、一日八時間ずつ眠って夢の中で成長し、老いて来たのだ。つまり私は、 私にはこの世の中の、どこにもいない親友がいる。しかもその親友は生きている。また私には、この世のどこにもいない妻がいる。しかもその妻は、言葉も肉体も持って、生きている。 私は眼が覚めて、顔を洗いながら、その妻の匂いを身近に感ずる事が出来る。そうして、夜寝る時には、またその妻に 「しばらく逢わなかったけど、どうしたの?」 「 「冬でも桜桃があるの?」 「スウィス。」 「そう。」 食慾も、またあの性慾とやらも、何も無い涼しい恋の会話が続いて、夢で、以前に何度も見た事のある、しかし、地球の上には絶対に無い湖のほとりの青草原に私たち夫婦は寝ころぶ。 「くやしいでしょうね。」 「馬鹿だ。みな馬鹿ばかりだ。」 私は涙を流す。 そのとき、眼が覚める。私は涙を流している。眠りの中の夢と、現実がつながっている。気持がそのまま、つながっている。だから、私にとってこの世の中の現実は、眠りの中の夢の連続でもあり、また、眠りの中の夢は、そのまま私の現実でもあると考えている。 この世の中に於ける私の現実の生活ばかりを見て、私の全部を了解することは、他の人たちには不可能であろう。と同時に、私もまた、ほかの人たちに 夢は、れいのフロイド先生のお説にしたがえば、この現実世界からすべて暗示を受けているものなのだそうであるが、しかしそれは、母と娘は同じものだという暴論のようにも私には思われる。そこには、つながりがありながら、また本質的な差異のある、別箇の世界が展開せられている 私の夢は現実とつながり、現実は夢とつながっているとはいうものの、その空気が、やはり全く違っている。夢の国で流した涙がこの現実につながり、やはり私は たとえば、或る夜、こんなことがあった。 いつも夢の中で現れる妻が、 「あなたは、正義ということをご存じ?」 と、からかうような口調では無く、私を信頼し切っているような口調で尋ねた。 私は、答えなかった。 「あなたは、男らしさというものをご存じ?」 私は、答えなかった。 「あなたは、清潔ということをご存じ?」 私は、答えなかった。 「あなたは、愛ということをご存じ?」 私は、答えなかった。 やはり、あの湖のほとりの草原に寝ころんでいたのであるが、私は寝ころびながら涙を流した。 すると、鳥が一羽飛んで来た。その鳥は、 「ここでは泣いてもよろしいが、あの世界では、そんなことで泣くなよ。」 私は、それ以来、人間はこの現実の世界と、それから、もうひとつの睡眠の中の夢の世界と、二つの世界に於いて生活しているものであって、この二つの生活の体験の錯雑し、混迷しているところに、 「さようなら。」 と現実の世界で別れる。 夢でまた逢う。 「さっきは、 「もう、叔父さん、帰ったの?」 「あたしを、 「そうだってね。僕は白状するけれども、前の羽左衛門が大好きでね、あのひとが死んで、もう、 「ジイプが来たの。」 「ジイプが?」 「あたし、花束を 「 「いいえ。」 そうして私のわからない、フォスフォなんとかいう長ったらしいむずかしい花の名を言った。私は、自分の語学の貧しさを恥かしく思った。 「アメリカにも、招魂祭があるのかしら。」 とそのひとが言った。 「招魂祭の花なの?」 そのひとは、それに答えず、 「墓場の無い人って、 「どんな言葉がいいのかしら。お好きな言葉をなんでも言ってあげるよ。」 「別れる、と言って。」 「別れて、また逢うの?」 「あの世で。」 とそのひとは言ったが私は、ああこれは現実なのだ、現実の世界で別れても、また、このひととはあの睡眠の夢の世界で逢うことが出来るのだから、なんでも無い、と そうして朝、眼が覚めて、わかれたのが現実の世界の出来事で、逢ったのが夢の世界の出来事、そうしてまた別れたのがやはり夢の世界の出来事、もうどっちでも同じことのような気持ちで、床の中でぼんやりしていたら、かねて、きょうが約束の 私にはまだ一枚も書けていない。許して下さい、来月号か、その次あたりに書かせて下さい、と願ったけれども、それは聞き 「いかがでしょう。これから、一緒にお酒を飲んで、あなたのおっしゃることを私が書きます。」 酒の誘惑には私は極度にもろかった。 二人で出て、かねて私の ふと、思いついて、あのひとのお宅のほうへ歩いて行った。私はそれまで、そのお宅の前を歩いてみた事はしばしばあったが、まだそのお宅へはいってみたことは無かったのだ。ほかのところで逢ってばかりいたのである。 そのお宅は、かなり広く、家族も少いし、あいているお部屋の一つ位はあるにきまっている。 「僕の家は、あんな具合に子供が大勢で、うるさくて、とても何も出来やしないし、それに来客があったら困るし、ちょっと知合いの家がありますから、そこへ行って仕事をやってみましょう。」 こんな用事でも口実にしなければ、もう、あのひとと逢うことが出来ないかも知れぬ。 私は勇気を出して、そのお宅の呼鈴を押した。女中が出て来た。あのひとは、いらっしゃらないという。 「お芝居ですか?」 「ええ。」 私は 「それならすぐお帰りになります。先刻、こちらの叔父さんに逢いまして、芝居に引っ張り出したけど、途中で逃げてしまったとおっしゃって、笑っておられましたから。」 女中は、私をちかしい者のように思ったらしく、笑って、どうぞと言った。 私たちは、そのひとの居間にとおされた。正面の壁に、若い男の写真が飾られていた。墓場の無い人って、哀しいわね。私はとっさに了解した。 「ご主人ですね?」 「ええ、まだ南方からお帰りになりませんの。もう七年、ご消息が無いんですって。」 そのひとに、そんなご主人があるとは、実は、私もそのときはじめて知ったのである。 「綺麗な花だなあ。」 と若い編輯者はその写真の下の机に飾られてある一束の花を見て、そう言った。 「なんて花でしょう。」 と彼にたずねられて、私はすらすらと答えた。 「Phosphorescence」 底本:「太宰治全集9」ちくま文庫、筑摩書房 1989(平成元)年5月30日第1刷発行 1998(平成10)年6月15日第5刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房 1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月発行 入力:柴田卓治 校正:かとうかおり 2000年1月25日公開 2005年11月7日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。 ●表記について
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