E
人のこころも
まこと信じてもらうには
十字架に
のぼらなければ
なるまいか
(イヴァン・ゴル)
F
てるは、解雇された。美濃とのあいだが露見したからでは無い。ふたりは、ひとめを欺く事には巧みであった。てるは、その物腰の粗雑にして、言語もまた無礼きわまり、敬語の使用法など、めちゃめちゃのゆえを
美濃は、知らぬ振りをしていた。
三日を経て、夜の九時頃、美濃十郎は、てるの家の店先にふらと立っていた。
「てるは、いますか? 僕は美濃です。」
出て来たのは、眼のするどい
「あ、」勘蔵は
「しつれいします。」そのまま美濃は、店先から離れて、
息せき切って、てるが追いかけて来た。美濃のからだに、右から左からまつわりつくようにして歩きながら、
「え? なぜ、来たの? あたしは、手癖がわるいのよ。追い出されたのよ。あたしの家、きたなくて、驚いたでしょう? でも、おねがい、ばかにしないで、ね。家の人たち、みんなやさしいのだもの。一生懸命やっているのよ。笑っているの? なぜ、だまっているの?」
「君には、おむこさんがあるのだね。」
「あら、あたし、こんな恰好して、みっとも無いのね。」急に
「あの人と、わかれること、出来ないか。僕は、なんでもする。どんな苦しい事でも、こらえる。」
てるは、答えなかった。
「いいんだ、いいんだ。」美濃は、逃げるように足を早めた。「いいんだ、だいじょうぶだ。お互い死なない事だけは、約束しよう。なんて言いながら、危いのは、僕のほうなんだからなあ。」
ふたり、まっすぐを見つめたまま、せっせと歩いた。ただ、歩いた。歩いた。千里も歩いた。
G
美濃十郎は、実業家三村圭造の次女ひさと結婚した。帝国ホテルで華麗の披露宴を行った。その時の、新郎新婦の写真が、二、三の新聞に出ていた。十八歳の花嫁の姿は、月見草のように可憐であった。
H
みんな幸福に暮した。