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古典風(こてんふう)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-20 8:30:21 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


        E

 人のこころも
 まこと信じてもらうには
 十字架に
 のぼらなければ
 なるまいか
              (イヴァン・ゴル)

        F

 てるは、解雇された。美濃とのあいだが露見したからでは無い。ふたりは、ひとめを欺く事には巧みであった。てるは、その物腰の粗雑にして、言語もまた無礼きわまり、敬語の使用法など、めちゃめちゃのゆえをもって解雇されたのである。
 美濃は、知らぬ振りをしていた。
 三日を経て、夜の九時頃、美濃十郎は、てるの家の店先にふらと立っていた。
「てるは、いますか? 僕は美濃です。」
 出て来たのは、眼のするどいせがたの青年であった。勘蔵である。
「あ、」勘蔵はっとなって、「てる坊!」と奥のほうへ呼びかけた。
「しつれいします。」そのまま美濃は、店先から離れて、蹌踉そうろうちまたへひきかえした。ぞろぞろ人がとおっていた。
 息せき切って、てるが追いかけて来た。美濃のからだに、右から左からまつわりつくようにして歩きながら、
「え? なぜ、来たの? あたしは、手癖がわるいのよ。追い出されたのよ。あたしの家、きたなくて、驚いたでしょう? でも、おねがい、ばかにしないで、ね。家の人たち、みんなやさしいのだもの。一生懸命やっているのよ。笑っているの? なぜ、だまっているの?」
「君には、おむこさんがあるのだね。」
「あら、あたし、こんな恰好して、みっとも無いのね。」急にけた口調でそんな事を呟き、顔を伏せた。「このごろ、ろくすっぽ髪も結わないのよ。」
「あの人と、わかれること、出来ないか。僕は、なんでもする。どんな苦しい事でも、こらえる。」
 てるは、答えなかった。
「いいんだ、いいんだ。」美濃は、逃げるように足を早めた。「いいんだ、だいじょうぶだ。お互い死なない事だけは、約束しよう。なんて言いながら、危いのは、僕のほうなんだからなあ。」
 ふたり、まっすぐを見つめたまま、せっせと歩いた。ただ、歩いた。歩いた。千里も歩いた。

        G

 美濃十郎は、実業家三村圭造の次女ひさと結婚した。帝国ホテルで華麗の披露宴を行った。その時の、新郎新婦の写真が、二、三の新聞に出ていた。十八歳の花嫁の姿は、月見草のように可憐であった。

        H

 みんな幸福に暮した。





底本:「太宰治全集3」ちくま文庫、筑摩書房
   1988(昭和63)年10月25日第1刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房
   1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月
入力:柴田卓治
校正:小林繁雄
2000年1月16日公開
2004年3月4日修正
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    「りっしんべん+發」    345-19

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