打印本文 关闭窗口 |
桜桃(おうとう)
|
作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-16 6:55:52 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 |
|
われ、山にむかいて、目を
――詩篇、第百二十一。 子供より親が大事、と思いたい。子供のために、などと古風な道学者みたいな事を殊勝らしく考えてみても、何、子供よりも、その親のほうが弱いのだ。少くとも、私の家庭においては、そうである。まさか、自分が老人になってから、子供に助けられ、世話になろうなどという図々しい 夏、家族全部三畳間に集まり、大にぎやか、大混乱の夕食をしたため、父はタオルでやたらに顔の汗を 「めし食って大汗かくもげびた事、と と、ひとりぶつぶつ不平を言い出す。 母は、一歳の次女におっぱいを含ませながら、そうして、お父さんと長女と長男のお給仕をするやら、子供たちのこぼしたものを拭くやら、拾うやら、鼻をかんでやるやら、 「お父さんは、お鼻に一ばん汗をおかきになるようね。いつも、せわしくお鼻を拭いていらっしゃる」 父は苦笑して、 「それじゃ、お前はどこだ。 「お上品なお父さんですこと」 「いや、何もお前、医学的な話じゃないか。上品も下品も無い」 「私はね」 と母は少しまじめな顔になり、 「この、お乳とお乳のあいだに、……涙の谷、……」 涙の谷。 父は黙して、食事をつづけた。 私は家庭に 人間が、人間に奉仕するというのは、悪い事であろうか。もったいぶって、なかなか笑わぬというのは、 つまり、私は、 しかし、これは外見。母が胸をあけると、涙の谷、父の寝汗も、いよいよひどく、夫婦は互いに相手の苦痛を知っているのだが、それに、さわらないように努めて、父が冗談を言えば、母も笑う。 しかし、その時、涙の谷、と母に言われて父は黙し、何か冗談を言って切りかえそうと思っても、とっさにうまい言葉が浮かばず、黙しつづけると、いよいよ気まずさが積り、さすがの「通人」の父も、とうとう、まじめな顔になってしまって、 「 と、母の 子供が三人。父は家事には全然、無能である。 子供、……七歳の長女も、ことしの春に生れた次女も、少し風邪をひき 父も母も、この長男について、深く話し合うことを避ける。白痴、 「唖の次男を こんな新聞の記事もまた、私にヤケ酒を飲ませるのである。 ああ、ただ単に、発育がおくれているというだけの事であってくれたら! この長男が、いまに急に成長し、父母の心配を憤り 母も精一ぱいの努力で生きているのだろうが、父もまた、一生懸命であった。もともと、あまりたくさん書ける小説家では無いのである。極端な小心者なのである。それが公衆の面前に引き出され、へどもどしながら書いているのである。書くのがつらくて、ヤケ酒に救いを求める。ヤケ酒というのは、自分の思っていることを主張できない、もどっかしさ、いまいましさで飲む酒の事である。いつでも、自分の思っていることをハッキリ主張できるひとは、ヤケ酒なんか飲まない。(女に酒飲みの少いのは、この理由からである) 私は議論をして、勝ったためしが無い。必ず負けるのである。相手の確信の強さ、自己肯定のすさまじさに圧倒せられるのである。そうして私は沈黙する。しかし、だんだん考えてみると、相手の身勝手に気がつき、ただこっちばかりが悪いのではないのが確信せられて来るのだが、いちど言い負けたくせに、またしつこく戦闘開始するのも陰惨だし、それに私には言い争いは はっきり言おう。くどくどと、あちこち持ってまわった書き方をしたが、実はこの小説、 「涙の谷」 それが導火線であった。この夫婦は既に述べたとおり、手荒なことはもちろん、 「涙の谷」 そう言われて、夫は、ひがんだ。しかし、言い争いは好まない。沈黙した。お前はおれに、いくぶんあてつける気持で、そう言ったのだろうが、しかし、泣いているのはお前だけでない。おれだって、お前に負けず、子供の事は考えている。自分の家庭は大事だと思っている。子供が夜中に、へんな 「誰か、ひとを雇いなさい」 と、ひとりごとみたいに、わずかに主張してみた次第なのだ。 母も、いったい、無口なほうである。しかし、言うことに、いつも、つめたい自信を持っていた。(この母に限らず、どこの女も、たいていそんなものであるが) 「でも、なかなか、来てくれるひともありませんから」 「捜せば、きっと見つかりますよ。来てくれるひとが無いんじゃ無い、いてくれるひとが無いんじゃないかな?」 「私が、ひとを使うのが 「そんな、……」 父はまた黙した。じつは、そう思っていたのだ。しかし、黙した。 ああ、誰かひとり、雇ってくれたらいい。母が末の子を背負って、用足しに外に出かけると、父はあとの二人の子の世話を見なければならぬ。そうして、来客が毎日、きまって十人くらいずつある。 「仕事部屋のほうへ、出かけたいんだけど」 「これからですか?」 「そう。どうしても、今夜のうちに書き上げなければならない仕事があるんだ」 それは、 「今夜は、私、妹のところへ行って来たいと思っているのですけど」 それも、私は知っていた。妹は重態なのだ。しかし、女房が見舞いに行けば、私は子供のお守りをしていなければならぬ。 「だから、ひとを雇って、……」 言いかけて、私は、よした。女房の身内のひとの事に少しでも、ふれると、ひどく二人の気持がややこしくなる。 生きるという事は、たいへんな事だ。あちこちから鎖がからまっていて、少しでも動くと、血が 私は黙って立って、六畳間の机の引出しから稿料のはいっている封筒を取り出し、 もう、仕事どころではない。自殺の事ばかり考えている。そうして、酒を飲む場所へまっすぐに行く。 「いらっしゃい」 「飲もう。きょうはまた、ばかに 「わるくないでしょう? あなたの 「きょうは、夫婦喧嘩でね、 子供より親が大事、と思いたい。子供よりも、その親のほうが弱いのだ。 桜桃が出た。 私の家では、子供たちに、ぜいたくなものを食べさせない。子供たちは、桜桃など、見た事も無いかもしれない。食べさせたら、よろこぶだろう。父が持って帰ったら、よろこぶだろう。 しかし、父は、大皿に盛られた桜桃を、極めてまずそうに食べては種を 底本:角川文庫「人間失格・桜桃」角川書店 1989(平成元)年4月10日初版発行 入力:高橋美奈子 校正:瀬戸さえ子 1999年4月8日公開 2004年2月23日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。 ●表記について
|
打印本文 关闭窗口 |