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朝(あさ)
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作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-16 6:41:13 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 |
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私は遊ぶ事が何よりも好きなので、家で仕事をしていながらも、友あり遠方より来るのをいつもひそかに心待ちにしている状態で、玄関が、がらっとあくと 「あ、これは、お仕事中ですね。」 「いや、なに。」 そうしてその客と一緒に遊びに出る。 けれども、それではいつまでも何も仕事が出来ないので、某所に秘密の仕事部屋を設ける事にしたのである。それはどこにあるのか、家の者にも知らせていない。毎朝、九時 仕事部屋。 しかし、その部屋は、女のひとの部屋なのである。その若い女のひとが、朝早く日本橋の 愛人とか何とか、そんなものでは無い。私がそのひとのお母さんを知っていて、そうしてそのお母さんは、或る事情で、その娘さんとわかれわかれになって、いまは東北のほうで暮しているのである。そうして時たま私に手紙を寄こして、その娘の縁談に就いて、私の意見を求めたりなどして、私もその候補者の青年と しかし、いまではそのお母さんよりも、娘さんのほうが、よけいに私を信頼しているように、どうも、そうらしく私には思われて来た。 「キクちゃん。こないだ、あなたの未来の 「そう? どうでした? すこうし、キザね。そうでしょう?」 「まあ、でも、あんなところさ。そりゃもう、 「そりゃ、そうね。」 娘さんは、その青年とあっさり結婚する気でいるようであった。 先夜、私は大酒を飲んだ。いや、大酒を飲むのは、毎夜の事であって、なにも珍らしい事ではないけれども、その日、仕事場からの帰りに、駅のところで久し振りの友人と逢い、さっそく私のなじみのおでんやに案内して大いに飲み、そろそろ酒が苦痛になりかけて来た時に、雑誌社の 「とめてくれ。うちまで歩いて行けそうもないんだ。このままで、寝ちまうからね。たのむよ。」 私は、こたつに足をつっこみ、 夜中に、ふと眼がさめた。まっくらである。数秒間、私は自分のうちで寝ているような気がしていた。足を少しうごかして、自分が足袋をはいているままで寝ているのに ああ、このような経験を、私はこれまで、何百回、何千回、くりかえした事か。 私は、 「お寒くありません?」 と、キクちゃんが、くらやみの中で言った。 私と直角に、こたつに足を突込んで寝ているようである。 「いや、寒くない。」 私は上半身を起して、 「窓から小便してもいいかね。」 と言った。 「かまいませんわ。そのほうが簡単でいいわ。」 「キクちゃんも、時々やるんじゃねえか。」 私は立上って、 「停電ですの。」 とキクちゃんが小声で言った。 私は手さぐりで、そろそろ窓のほうに行き、キクちゃんのからだに 「こりゃ、いけねえ。」 と私はひとりごとのように 「キクちゃんの机の上に、クレーヴの奥方という本があったね。」 私はまた以前のとおりに、からだを横たえながら言う。 「あの頃の貴婦人はね、宮殿のお庭や、また廊下の階段の下の暗いところなどで、平気で小便をしたものなんだ。窓から小便をするという事も、だから、本来は貴族的な事なんだ。」 「お酒お飲みになるんだったら、ありますわ。貴族は、寝ながら飲むんでしょう?」 飲みたかった。しかし、飲んだら、あぶないと思った。 「いや、貴族は暗黒をいとうものだ、元来が キクちゃんは黙って起きた。 そうして、蝋燭に火が点ぜられた。私は、ほっとした。もうこれで今夜は、何事も仕出かさずにすむと思った。 「どこへ置きましょう。」 「 「お酒は? コップで?」 「深夜の酒は、コップに 私は キクちゃんは、にやにや笑いながら、大きいコップにお酒をなみなみと注いで持って来た。 「まだ、もう一ぱいぶんくらい、ございますわ。」 「いや、これだけでいい。」 私はコップを受け取って、ぐいぐい飲んで、飲みほし、仰向に寝た。 「さあ、もう一眠りだ。キクちゃんも、おやすみ。」 キクちゃんも仰向けに、私と直角に寝て、そうしてまつげの長い大きい眼を、しきりにパチパチさせて眠りそうもない。 私は黙って本箱の上の、蝋燭の 「この蝋燭は短いね。もうすぐ、なくなるよ。もっと長い蝋燭が無いのかね。」 「それだけですの。」 私は黙した。天に祈りたい気持であった。あの蝋燭が尽きないうちに私が眠るか、またはコップ一ぱいの酔いが覚めてしまうか、どちらかでないと、キクちゃんが、あぶない。 焔はちろちろ燃えて、少しずつ少しずつ短かくなって行くけれども、私はちっとも眠くならず、またコップ酒の酔いもさめるどころか、五体を熱くして、ずんずん私を大胆にするばかりなのである。 思わず、私は 「足袋をおぬぎになったら?」 「なぜ?」 「そのほうが、あたたかいわよ。」 私は言われるままに足袋を脱いだ。 これはもういけない。蝋燭が消えたら、それまでだ。 私は覚悟しかけた。 焔は暗くなり、それから しらじらと夜が明けていたのである。 部屋は薄明るく、もはや、くらやみではなかったのである。 私は起きて、帰る身支度をした。 (「新思潮」昭和二十二年七月号) 底本:「グッド・バイ」新潮文庫、新潮社 1972(昭和47)年7月30日発行 1989(平成1)年3月20日37刷改版 1999(平成11)年6月10日56刷 入力:蒋龍 校正:鈴木厚司 2004年2月19日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。 ●表記について
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