桜咲く島 春のかはたれ |
洛陽堂 |
1912(明治45)年2月24日 |
1912(明治45)年2月24日 |
1912(明治45)年2月24日 |
近代デジタルライブラリー(http://kindai.ndl.go.jp/)で公開されている当該書籍画像に基づいて、作業しました。 |
桜さく島
春のかはたれ
竹久夢二
[#ここから罫囲み、手書き文字] 暮れゆく春のかなしさは 歌ふをきけや爪弾の 「おもひきれとは死ねとの謎か 死ぬりや野山の土となる」 [#ここで罫囲み、手書き文字終わり] [#改ページ]
隅田川
「春信」の 女の髪をすべりたる 黄楊の小櫛か 月の影。 「どうせ売られる身ぢやほどに 静かに漕やれ 勘太殿」 [#改ページ]
人買
秋の日は 赤い蜻蛉のかはたれに 塀の蔭から青頭巾。
やれ人買ぢや、人買ぢや 何処へ迯げようぞ、隠れようぞ。 赤い蜻蛉が飛びまわる。 [#改ページ]
御籤
思ひあまりて御籤を引けば なんとせうぞの凶と出る。 いつそ打明け話さうか ひとりで泣いて済さうか。 えヽなんとせう川柳。 [#改ページ]
雀の子
トコ ドンドコ ピイ ヒヤラヒヤア 麦の上をば風が吹く。
役者の群にはぐれたる 子供心のはかなさは ……うちの浦のちさの木に 雀が三羽とうまつて 一羽の雀がいふことにや ゆふべ御座つた花嫁御 何が悲しゆてお泣きやるぞ お泣きやるぞ……………… 今のわが身につまされて ほろりほろりと泣いてゆく。 [#改ページ]
白い薬
黄な袋のセメンエン 熱ある舌にしみる時。 暗い空から雪が降る。
炬燵の上の黒猫の 青い瞳の光る時。 柩の屋根へ雨が降る。 [#改ページ]
街の五月
……チン ツン くどけば なぁびく チツツン ツントン 相生の松……
口三味線の足拍子 空気草履の柔かさ。 肩のうへでは花色の 日傘がまわる絵がまわる。
……またいついつもの約束の チンツン 日をまつ 時まつ 暮をまあつ…… [#改ページ]
越後の山
角兵衛獅子の悲しさは 親が太鼓打ちや、子が踊る。 股の下から峠を見れば もしや越後の山かと思ひ 泣いてたもれなとも/″\に。
角兵衛獅子の身の辛さ 輪廻はめぐる小車の 蜻蛉がへりの日も暮れて 旅籠をとるにも銭はなし 逢の土山雨が降る。 [#改ページ]
夏のかはたれ
一や 二や お駒さん。 煙草の けむりは 丈八つあん………… とん/\とんとつく手鞠。 白い指からはなれて見れど 未練が残るといつたよに やるせないよに往来する。 ゆら/\ゆれる伊達帯から 江戸紫の日が暮れる。 三や 四や 夕霧さん……… [#改ページ]
夢
春の夜の、夢の一つはかくなりき。 丹塗の欄の長廊に 散りくる花を舞扇 うけて笑みたる「歌麿の 女」の青き眉を見き。
冬の夜の、夢一つはかくなりき。 黒き頭巾を被りたる 人買の背に泣いじやくり 山の岬をまわる時、 「廣重の海」ちらと見き。 [#改ページ]
雪の降る日
雪の降る日は、駒鳥[#ルビの「こまどり」は底本では「こま り」]の 紅い胸毛のおど/\と 風に吹かれるやるせなさ。
雪の降る日に、小雀は 赤い木の実が食べたさに そっと見に出るいぢらしさ。 [#改ページ]
揺籃の記臆
(ねんねしなされ。まだ日は高い 暮りやお寺の鐘がなぁる。)
村のはづれにちら/\するは 虫か蛍か人魂か。 さうじやない/\。母さんの 点けさしやんした雪洞が 風に吹れてゐるわいな。
(ねんねしなされ。まだ夜は夜中 明りやお寺の鐘がなぁる。)
山のうへをばふわ/\飛ぶは 鳥か獣か三ヶ月か。 さうじやない/\。母さんの 小袖に染めた牡丹の花が 雨に降られてゐるわいな。 [#改ページ]
文
雲に別れて野に降りし 雨のこヽろのやるせなさ 思ひまゐらせ候※[#「まいらせそろ」の草書体文字、コマ22-左-4]
空になげたる彩文は 森にかヽりし虹かいな。 [#改ページ]
芝居ごと
雪の降る夜のかなしさに 姉の小袖をそと被つぎ 「……でんちうじや、はりひぢじや 島さん、紺さん、なかのりさん……」 踊りくたびれ「袖萩」の 肩に小袖をうちかけて 涙ながらの 芝居事 「寒かろうとて着せまする」
このまあつもる雪わいの。 [#改ページ]
折鶴
行灯のかげにとつおいつ 娘ごころの羞しや 何と答もしら紙の 膝のうへにて鶴を折る。 [#改ページ]
青い窓
隣のとなさん、何処へいた。 向ふのお山へ花摘みに 露草 つら/\月見草。 一枝折れば、ぱっと散る 二枝折れば、ぱっと散る 三枝がさきに日が暮れて
東の紺屋へ宿とろか、 南の紺屋へ宿とろか。 東の紺屋は赤い窓、 南の紺屋は青い窓。 南の紺屋へ宿とれば、 夜着は短かし夜は長し。 うつら/\とするうちに 青い窓から夜があけた。
●表記について
- このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
- [#…]は、入力者による注を表す記号です。
- 「くの字点」は「/\」で、「濁点付きくの字点」は「/″\」で表しました。
- この作品には、JIS X 0213にない、以下の文字が用いられています。(数字は、底本中の出現「ページ-行」数。)これらの文字は本文内では「※[#…]」の形で示しました。
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