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幕末維新懐古談(ばくまついしんかいこだん)12 名高かった店などの印象
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作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/9/15 7:14:35 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 | ||||||||||||||||
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雷門に接近した並木には、門に向って左側に「山屋」という有名な酒屋があった( 清瀬から手前に 内田から手前に 堂は六角堂で、本尊は 駒形は江戸の名所の中でも有名であることは誰も知るところ……何代目かの遊女 さて、駒形堂から 諏訪町では向って左が諏訪神社、師匠東雲の店は社の筋向うの右側にあったのです。町の中ほどには 小間物屋の紅勘と近接した横丁には「みめより」という こう話して行くと、記憶は記憶を生んで、何処まで行くか分りませんから、雷門へひとまず帰って、門へ向って左側、広小路へ出ましょう。 此所にはまた 観音堂に向っては右が三社権現、それから矢大臣門( 門を出ると直ぐ左に「大みつ」といった名代な酒屋があった。チロリで 「重箱の帰りか、しゃれているぜ」などいったもの。 花川戸から、ずっと、もう一つ河岸の横町が 「待乳沈んで、 山谷堀には また元の道へ引き返して、雷門の前通りを花川戸へ曲がる 観音の地内は、仁王門から右へ弁天山へ曲がる角に 雷門から仁王門までの、今日の 雷門は有名ほど立派なものではなく、平屋の 仁王門は楼門です。楼上には釈迦に十六羅漢があるはず。楼下の左右には金剛力士の像が立っている。 仲店の中間、左側が伝法院で、これは浅草寺の本坊である。庭がなかなか立派で、この構えを出ると、直ぐ裏は、もう田圃で、左側は田原町の後ろになっており、 伝法院の庭を抜け、田圃の間の ざっと略図のようなものでいうと、こんな風な地形となる。 ![]() 底本:「幕末維新懐古談」岩波文庫、岩波書店 1995(平成7)年1月17日第1刷発行 底本の親本:「光雲懐古談」万里閣書房 1929(昭和4)年1月刊 入力:網迫、土屋隆 校正:しだひろし 2006年2月14日作成 2006年6月21日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。 ●表記について
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