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石を愛するもの(いしをあいするもの)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-14 6:11:44 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语

底本: 日本の名随筆88 石
出版社: 作品社
初版発行日: 1990(平成2)年2月25日
入力に使用: 1996(平成8)年8月25日第5刷
校正に使用: 1990(平成2)年2月25日第1刷

底本の親本: 樹下石上
出版社: 創元社
初版発行日: 1931(昭和6)年10月

 

  一

 いろんなものを愛撫し尽した果が、石に来るといふことをよく聞いた。屠琴塢は多くの物を玩賞したが、一番好きなのは石だつた。一生かかつて奇石三十六枚を貯へ、それを三十六峰に見立てて、一つびとつ凝つた名前をつけ、客があるとそれを見せびらかせたものださうだ。鄭板橋はまた好んで石を描いたが、その石といふ石がみんな醜くて、ずばぬけて雄偉なのには、見る人がびつくりしたといふことだ。東坡が『石は文にして醜だ。』といつたのを思ひ合せると、石の醜さを描いたり、愛したりするところに、ほんたうに石を愛するものの本領が見えてゐる筈だ。

 宋代の書家として名声を馳せた米元章は、誰よりもすぐれて石を愛した人であつた。淮南軍の知事になつたとき、役所の庭にふしぎな、醜い形をした大きな石があるのを見て、大よろこびによろこび、早速衣冠をととのへてそれにお辞儀をした。そして
『兄弟。あなたにお目にかかつて、こんな嬉しいことはありません。』
 といつて、石を兄弟扱ひにしたものだ。この大げさな振舞が上役人に聞えて、元章はたうとう役を罷められてしまつたが、彼が石に対する愛情は、いきなり声をあげて
『兄弟……』
 と、懐しさうに呼びかけないではゐられなかつたのに見ても、それが如何に深いものであつたかが解るだらう。

 霊璧は変つた石を産するので名高いところだが、米元章はそこからあまり遠くない郡で役人をしてゐたことがあつた。大の石好きが、石の産地近くに来たのだから堪らない。元章は昼も夜も石を集めては、それを玩んでゐるばかしで、一向役所のつとめは見向かうともしないので、仕事が滞つて仕方がなかつた。ところへ、丁度楊次公が按察使として見廻りにやつて来た。楊次公は、元章とは眤懇のなかだつたが、役目の手前黙つてもゐられないので、苦りきつていつた。
『近頃世間の噂を聞くと、また例の癖が昂じてゐるさうだね。石に溺れて役向きを疎にするやうでは、お上への聞えもおもしろくなからうといふものだて。』
 米元章は上役のとげのある言葉を聞いても、ただにやにや笑つてゐるばかしで、返事をしなかつた。そして暫くすると、左の袖から一つの石を取出して、按察使に見せびらかした。
『といつてみたところで、こんな石に出会つてみれば、誰だつて愛さないわけにゆかないぢやありませんか。』
 楊次公は見るともなしにその石を見た。玉のやうに潤ひがあつて、峰も洞もちやんと具つた立派な石だつた。だが、この役人はそしらぬ顔ですましてゐた。すると、米元章はその石をそつと袖のなかに返しながら、今度はまた右の袖から一つの石を取出して見せた。
『どうです。こんな石を手に入れてみれば、誰だつて愛さないわけに往かないぢやありませんか。』
 その石は色も形も前のものに較べて、一段と秀れたものだつた。米元章はそれを手のひらに載せて、やるせない愛撫の眼でいたはつて見せた。楊次公は少しも顔色を柔げなかつた。
 米元章はその石をもとのやうに袖のなかに返したかと思ふと、今度はまた内ふところから、大切さうに第三の石を取出した。按察使はそれを見て、思はず胸を躍らせた。黒く重り合つた峰のたたずまひ、白い水の流れ、洞穴と小径との交錯、――まるで玉で刻んだ小天地のやうな味ひは、とてもこの世のものとは思はれなかつた。
『どうです。これを見たら、どんな人だって、愛さないわけにはゆきますまい。』
 嬉しくてたまらなささうな米元章の言葉を、うはの空に聞きながら、楊次公は呻くやうに言つた。
『ほんたうにさうだ。私だつて愛する…………』
 そしてすばしこく相手の手からその石をひつさらつたかと思ふと、獣のやうな狡猾さと敏捷さとをもつて、いきなり外へ駆け出して往つた。
 門の外には車が待たせてあつた。楊次公はそれに飛び乗るが早いか、体躯からだ中を口のやうにして叫んだ。
『逃げろ。逃げろ。早く、早く……』

     二

 明国の末に瞿稼軒といふ忠節の人があつた。倒れかかつた国家の柱石として、いろいろ復興の画策につとめたが、時の勢はどうすることもできないで、守つてゐる城は、清兵のために攻め落されて、自分は捕虜の身となつた。
 彼は舁がれて独秀山の山路を通りかかつた。ふと、大きな樹の蔭に見馴れない変つた形をした石が生き物のやうにかいつくばつて、醜い顔で天をふり仰いでゐるのを見た。彼は自分を舁いでゐる兵卒を呼びとめた。
『おい。一寸ここにおろしてくれ。あの不思議な石が眼についたから。』
 彼はつねから庭石が好きだつたので、今捕虜として舁がれて往く途中でも、石を見つけてはそのまま別れてゆくに忍びなかつたのだ。
 兵卒は承知した。地べたにおろされた瞿稼軒は、側に寄つてためつすがめつ石の形相を見てゐたが、やがて襟を正して丁寧にお辞儀をした。
『ここでお前さんに出逢つたのは、ほんたうに幸福だつた。どうか永く側においてもらひたいものだ。』
 彼は人に話しかけるやうにいつた。そしていつまで経つても立上らうとしなかつた。





底本:「日本の名随筆」作品社
   1990(平成2)年2月25日第1刷発行
   1996(平成8)年8月25日第5刷発行
底本の親本:「樹下石上」創元社
   1931(昭和6)年10月発行
入力:門田裕志
校正:高柳典子
2005年5月4日作成
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