鈴木三重吉童話集 |
岩波文庫、岩波書店 |
1996(平成8)年11月18日第1刷 |
1996(平成8)年11月18日第1刷 |
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鈴木三重吉童話全集 |
文泉堂書店 |
1975(昭和50)年 |
岡の上に百姓のお家がありました。家がびんぼうで手つだいの人をやとうことも出来ないので、小さな男の子が、お父さんと一しょにはたらいていました。男の子は、まいにち野へ出たり、こくもつ小屋の中で仕事をしたりして、いちんちじゅう休みなくはたらきました。そして、夕方になるとやっと一時間だけ、かってにあそぶ時間をもらいました。 そのときには、男の子は、いつもきまって、もう一つうしろの岡の上へ出かけました。そこへ上ると、何十町か向うの岡の上に、金の窓のついたお家が見えました。男の子は、まいにち、そのきれいな窓を見にいきました。窓はいつも、しばらくの間きらきらと、まぶしいほど光っています。そのうちに家の人が戸をしめると見えて、きゅうに、ひょいと光がきえます。そして、もう、ただのお家とちっともかわらなくなってしまいます。男の子は、日ぐれだから金の窓もしめるのだなと思って、じぶんもお家へかえって、牛乳とパンを食べて寝るのでした。 或日お父さんは、男の子をよんで、 「おまいはほんとによくはたらいておくれだ。そのごほうびに、きょうは一日おひまを上げるから、どこへでもいってお出で。ただ、このおやすみは、神さまが下さったのだということをわすれてはいけないよ。うかうかくらしてしまわないで、何かいいことをおぼえて来なければ。」と言いました。 男の子はたいそうよろこびました。では、今日こそは、あの金の窓の家へいって見ようと思って、お母さまから、パンを一きれもらって、それをポケットにおしこんで出ていきました。 男の子にはたのしい遠足でした。はだしのまま歩いていくと、往来の白いほこりの上に足のあとがつきました。うしろをふりかえって見ると、じぶんのその足あとがながくつづいています。足あとは、どこまでもじぶんに、ついて来てくれるように見えました。それから、じぶんの影法師も、じぶんのするとおりに、一しょにおどり上ったり、走ったりしてついて来ました。男の子にはそれがゆかいでたまりませんでした。 そのうちに、だんだんにおなかがすいて来ました。男の子は道ばたのいけがきのまえを流れている、小さな川のふちにすわって、パンを食べました。そして、すきとおった、きれいな水をすくって飲みました。それから、食べあましたかたいパンの皮は、小さくくだいて、あたりへふりまいておきました。そうしておけば、小鳥が来て食べます。これはお母さんからおそわったことでした。 男の子はふたたびどんどん歩きました。そして、ようやくのことで、たかい、まっ青な、いつも見る岡の下へつきました。男の子はその岡を上っていきますと、れいのお家がありました。しかしそばへ来て見ると、そのお家の窓はただのガラス窓で、金なぞはどこにもはまってはいませんでした。男の子はすっかりあてがはずれたので、それこそ泣き出したいくらいにがっかりしました。 と、お家からおばさんが出て来ました。そして何かご用ですかと、やさしく聞いてくれました。男の子は、 「私は、うちの後の岡の上から見える、このお家の金の窓を見に来たのです。でも、そんな窓はなくて、ただガラスがはまっているだけですね。」と言いました。おばさんは、くびをふって、 「私の家はびんぼうな百姓ですもの。金などが窓についているはずはありません。金よりもガラスの方があかるくていいんですよ。」 こう言って笑いながら、男の子を戸口の石だんにこしをかけさせて、お牛乳を一ぱいと、パンを一きれもって来てくれました。おばさんは、それから、男の子とちょうどおない年ぐらいの女の子をよび出しました。そして、二人でおあそびなさいというように、うなずいて見せて、ふたたびお家へはいって仕事をしました。 その小さな女の子も、じぶんとおなじように、はだしのままで、黒っ茶けた木綿の上着を着ていました。しかし、その髪の毛は、ちょうど、男の子がいつも見ている光った窓のように、きれいな金色をしていました。それから目は、ま昼の空のようにまっ青にすんでいました。 女の子は、にこにこしながら、男の子をさそって、お家の牛を見せてくれました。それは、ひたいに白い星のある、黒い小牛でした。男の子はじぶんのお家の、四つ足の白い、栗の皮のような赤い色の牛のことを話しました。女の子は、そこいらになっているりんごを一つもいで、二人で食べました。二人はすっかりなかよしになりました。 男の子は、金の窓のことを女の子に話しました。女の子は、 「ええ、私もまいにち見ていますわ。でも、それは、あっちの方にあるんですよ。あなたはあべこべの方へ来たんですわ。」といいました。 「いらっしゃい。こっちへ来ると見えるのよ。」と、女の子はお家のそばの、すこしたかいところへ男の子をつれていきました。そして、金の窓は見えるときがきまっているのだといいました。男の子は、ああきまっている、お日さまがはいるときに見えるのだと答えました。 二人は小だかいところへ上りました。女の子は、 「ああ、今ちょうど見えます。ほら、ごらんなさい。」といいながら、向うの岡の方をゆびさしました。 「ああ、あんなところにもある。」と男の子はびっくりして見入りました。しかし、よく見ると、それは岡の上のじぶんの家でした。男の子はびっくりして、私はもうお家へかえるといい出しました。そして、もう一年もだいじにポケットにしまっていた、赤いすじが一すじはいった、白い、きれいな小さな石を、女の子にやりました。それから、とちの実を三つ、びろうどのようなつやのある、赤いのと、ぽちぽちのついたのと、牛乳のような白い色をしたのと、その三つをやりました。そして、またこんどくるからといって、おおいそぎで走ってかえりました。女の子は、男の子があわててかけてかえるのを、びっくりして見おくっていました。きらきらした夕日の中に、いつまでも立って見ていました。 男の子は、息をもやすめないで、どんどん走ってかえりました。しかし道がずいぶんとおいのでお家へついたときには、もうすっかり暗くなっていました。 じぶんのお家の窓からは、ランプのあかりと、ろのたき火とが、黄色く赤く見えていました。ちょうど、さっき岡の上から見たときとおなじように、きれいにかがやいていました。男の子は、戸をあけてはいりました。お母さんは立って来て、頬ずりをしてむかえました。小さな妹も、よちよちかけて来ました。お父さんはろのそばにすわったまま、にこにこしていました。お母さんは、 「どこへいって来たの? おもしろかった?」と聞きました。 「ええ、ずいぶんゆかいでしたよ。」と男の子は、うれしそうにいいました。 「何かいいことをおぼえて来たかい?」とお父さんが聞きました。 「私は、じぶんたちのこのお家にも、金の窓がついているということをおそわって来ました。」と、男の子はこたえました。
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