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右門捕物帖(うもんとりものちょう)26 七七の橙

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-7 9:44:29 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


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 こがらし冷たい寒ながら、にかにかと日が照りだして、小春日といえば小春日のほどのよい七草びよりです。――待つほどに首尾よくいったとみえて、気早にもあの三宝の飾りだいだいまでもこわきにしながら、おおいばりでその伝六が姿を見せました。
「どうやら、つじうらは上吉らしいな。珍しく気がきいているようだが、橙までも持ってきて、ホシのがんはついたかい」
「大つき大つき! あっしだっても、たまにゃてがらをするときだってあるんだ。いえ、なにね、こうなりゃもう締めあげるにしても何をするにしても、このなぞなぞの七つ橙が大慈大悲の玉手箱なんだからと思って、ご持参あそばしたんですよ。さっそくあの野郎をさそい出して、うまいことカマをかけたらね――」
「手もなくどろを吐いたか!」
「大吐きですよ。お番所勤めをしている者がばくちをやるといっちゃ聞こえがわるいが、そこはそれ、お釈迦しゃかさまのおっしゃるうそも方便というやつさアね。あの三下奴をちょいと向こうかどまで連れていってね、どうでえ、わけえの、おいらもさいころは大好きなんだ。おめえがべらべらっとひと口しゃべりゃ、だんなばくちのいいカモばかりそろっているたまりべやを教えてやるが、どこのだれから親分が頼まれたのか、ないしょにしゃべっちまいなよと、いろけたっぷりににおわしたらね。えっへへ――」
「しゃべったのかい」
「みんごとしゃべったからこそ、えっへへ、おてがらだというんですよ。じつあ、あの町奴め、さかさねこの伝兵衛でんべえとかいう野郎でね。ねぐらがまた大笑いなことに、八丁堀とは目と鼻の日本橋馬喰町ばくろうちょうの大根河岸がしだとぬかしゃがるんだ。そこへ行きゃ、七つの駕籠かきどもが数珠じゅずつなぎになってころがっているはずだからね。野郎どもを締めあげりゃ、頼み手はいうまでもないこと、何もかもなぞなぞの正体がわかるというんですよ。どんなもんです。伝六様だっても、ときどきは味をやるんですよ」
「なるほど、味なてがらかもしれねえ。こうなりゃおまえさんまかせだ、橙を落とさねえようにして、はええところ伝兵衛とやらのねぐらへ案内してみな」
 得たりや応とばかり、鼻高々として伝六が案内していったのは、話のその大根河岸なるさかさねこ伝兵衛のひと構えです。
「しッ。静かに! 静かに! 口を割らしてこのねぐらのありかを吐かしたな、おいらのてがらなんだ。これから先ゃ、伝六様がおおいばりなんだからね、そんなにとんとん足音をさせりゃ聞こえるじゃござんせんか。いずれ、数珠つなぎにしてこかし込んであるへやは、どこかうちの奥のほうにちげえねえからね、こっそりと庭先へ回ってみましょうよ」
 じつにいい気な男でした。少しばかりのてがらに得々として、名人右門をしかりしかり、息をころして内庭へ回りながら、子分べやらしいひと間の障子をそっとのぞいてみると、なるほどいるのです。すべてでは十四人。その十四人の駕籠かきどもが、ひとり残らず厳重なさるぐつわをかまされて、高手小手にくくされながら、まるで芋虫のようにごろごろと投げ込まれてあるのでした。
「ちくしょうめッ。ねこ伝の野郎、ふてえまねをしやがったね。べらべらしゃべられちゃならねえというんで、さるぐつわをかましておいたにちげえねんだ。ね! だんな! いいでやしょうね? なにもあっしがだんなをそでにするってえわけじゃねえんだが、あの三下奴を抱きこんでどろを吐かせたからこそ、ぞうさなくネタが上がることにもなったんだからね。このてがらの半分は、伝六様もおすそ分けにあずかりてえんだ。野郎どもはあっしが締めあげますぜ」
「いいとも、やってみな」
 ぱっとおどり入ったそのけはいを聞きつけたとみえて、ばらばらと奥のへやから駆けだしながら行く手をさえぎったのは、七、八人の子分どもです。
「ひょっとこみてえな野郎が来やがったなッ。どこのどやつだ! 名を名のれッ。どこから迷ってきやがったんだッ」
「なんだと! やい! ひょっとこみてえな野郎たアだれにいうんだッ。どなたさまにおっしゃるんだッ。つらで啖呵たんかをきるんじゃねえ! この十手が啖呵をおきりあそばすんだ。あれを見ろッ、あそこの格子窓こうしまどの向こうからのぞいていらっしゃるだんなの顔をみろッ。音に名だけえむっつり右門のだんなは、ああいうこくのあるお顔をしていらっしゃるんだッ。ひょっとこなぞとぬかしゃがって、気をつけろい! 一の子分の伝六様たアおいらだよ!」
「…………」
「…………」
 十手も啖呵たんかもものをいったのではないが、われこそその一の子分と巻き舌でぱんぱんと名のったむっつり右門の名がきいたのです。ぎょっとしながら、町奴どもがたじたじとなってあとへ引いたのを、意気揚々として伝六がくくされているさるぐつわの面々のところへ近づくと、なかなかに味な締め方でした。
「情けに刃向こうやいばはねえといってな、武蔵むさし坊弁慶でせえも、ほろりとなりゃ形見に片そでを置いてくるんだ、伝六様はむだをいわねえ。な! ほら! このとおりさるぐつわをはずしてやらあ。知ってることはみんないいな」
「なんです? 何をいうんですかい」
「とぼけるねえ! 右門のだんなのせりふを請け売りするんじゃねえが、大手責めも十八番、からめ手責めも十八番、合わせて三十六番の責め手を持っていらっしゃるおいらだよ。すっぱりいやいいんだ。隠さずにすっぱり白状すりゃいいんだよ」
「わからねえおかただね。ぱんぱんと、ひとりでいいこころもちそうに啖呵たんかをおきりのようですが、いってえ何を白状するんですかい」
「決まってるんだッ。どこのどやつに頼まれて、こんなろくでもねえ飾りだいだいをぐるぐると駕籠かごなんぞに乗せて持ちまわったか、それを白状すりゃいいんだよ」
「こいつアおどろいた。変な言いがかりはつけっこなしにしてもらいましょうぜ。どこのどやつに頼まれたんだとおっしゃいましたが、気味のわるい橙運びをわっちとらに頼んだのは、ここのうちのねこ伝親分ですよ」
「なにッ。なんだと! やい! もういっぺんいってみろ! 何がなんだと!」
「いえとおっしゃりゃなんべんでもいいますがね。運べといって頼んだのは、まさにまさしくここの親分なんですよ。わっちとらも駕籠かき渡世の人足になって、こんなおかしなめに出会ったのははじめてなんだ。日本橋から須田町まで最初に運んでいったのは、このひとつなわにくくされているあっしたちふたりですがね。景気よく小判を一枚投げ出してむやみとただ運べといったんで、正月そうそういいかせぎだとばかり、欲得ずくでなんの気なしに須田町まで飛ばしていったら、あそこに受け駕籠が一丁待ち構えておって、橙を何こうに移したかと思うといっしょに、ぽかぽかとこちらの子分衆にたたきのめされたあげくの果てが、ここへしょっぴかれて、このざまなんですよ。七駕籠七組みの兄弟がみんなその伝なんだ。文句があるなら、ねこ伝親分を締めあげなせえよ」
「ウフフフ。アハハハ。ウフウフアハハハ……」
 聞いて格子窓こうしまどの外からおかしくてたまらないといったように、いとも朗らかにうち笑ったのは名人右門です。
「わはは。ウフフ。伝あにい、あっさりとやられたな、どうせおめえのやるこった。ちっとおおできすぎると思っておったら、案の定これだよ。ウフフ。アハハハハ。くやしかろうが、さっきの三下奴にみんごとやられたね」
「ちぇッ。何がおかしいんですかい! 笑いごっちゃねえんだ。しゃくにさわるね。笑いごっちゃねえんですよ!――やい! 野郎ッ。野郎たち!」
 事の案外な結果に、すっかり男を下げて、すっかり腹をたてたのは伝六でした。
「やい! 野郎どもッ、人足たち! まさかに今いったことはうそじゃあるめえな!」
「ばかばかしい。たたかれて、のめされて、さんざんなめに会ったものが、うそなんぞいってなんの足しになりますかよ! うそだったら、十四人みんながくくされちゃおりませんよ」
「ちくしょうめッ。くやしいね。あの三下奴め、ぬうとしたつらアしてやがって、一杯はめりゃがったんだ。べらぼうめ。さかさねこだか曲がりねこだかしらねえが、ねこ伝ふぜいになめられてたまるけえ。おんなじ身内だ、ここにいる子分どもを締め上げりゃ、頼み手がわかるにちげえねえから、ね! だんな! やっつけますぜ! だまされたと思やくやしいんだッ。荒療治でぎゅうとしめあげますぜ! やい! げじげじのかぶとむし! 前へ出ろッ」
 腹だちまぎれに伝六がかみつこうとしたのを、
「ウフフ。よしな、よしな。荒療治は古手だよ。よしな、よしな――」
 静かにうち笑って名人が押し止めると、いいようもよくおちつき払っていったことでした。
「袋があるんだ。知恵の実のざくざくはいった袋がな。荒療治荒責めはおいらの手じゃねえんだよ。七つの橙さえ手もとにありゃ、なんとかまた知恵袋の口が開かアね。ひとなでなでながら、ぴかぴかとがんをつけてやるから、気を直してついてきな」
「でも、くやしいね!」
「くやしかろうと思えばこそ、霊験あらたかなあごをなでてやるといってるんだ。もう用はねえ。十四人の人足たちゃなわじり切って、けえしてやんな。では、行くぜ。橙を落とすなよ。――身内のやつら、おやかましゅう」
 すうと胸のすくような男まえです。悪あがきをせずに、なぞの橙を伝六にかかえさせながら、さっさと引き揚げていったところは、いわずと知れた八丁堀のお組屋敷でした。
 しかも、帰りつくや同時です。ずらずらと目の前に七つのその橙を押し並べながら、そろりそろりとあごをなでなで、じろりと鋭い一瞥いちべつをくれたかと見えるや、果然、知恵の袋の口があいたとみえて、さえまさった声がたちまちずばりと放たれました。
「七つともに、この橙はみな落ち残りだな!」
「え! なんですかい。おっかねえくれえだな。ぴかりとひと光りひかったかと思うと、もうそれだからね。なんのことですかい」
「この七つの橙は、みんな落ち残りだといってるんだよ」
「はあてね。妙なことをおっしゃいましたが、その落ち残りとかいうのは、なんのことですかい」
「少なくとも四年か五年、どの橙も落ちずに木に残っていたひね橙ばかりだといってるんだ。このほぞをみろ。一年成りの若実だったら、すんなりとしてもっと青々としておるが、臍がこのとおりしなびて節くれだっているのは、まさしく落ち残りの証拠だよ。ことによると――」
「ことによると、なんでござんす!」
「昔から橙は縁起かつぎのお飾りに使われている品だ。そのなかでも三年五年の落ち残りとなりゃ、ざらにある品じゃねえ。朝の七ツどきから七つの駕籠に移し替えて、人目にかからぬよう持ち運んだとかぬかしておったが、数も七つ、刻も七ツ、駕籠も七つと気味のわりい七ずくめから察するに、どうやらこりゃただのいたずらじゃねえかもしれねえぜ。ましてや、持ちまわったところはご将軍さまのお住まいのお城のぐるりだ。凶か吉か何のおまじないか知らねえが、どっちにしてもただごとじゃねえぞ!」
「ちくしょうめッ。さあいけねえ! さあいけねえ! さあいけねえぞ! 容易ならんことになりゃがったね。さあいけねえぞ!」
 ことごとくうろたえて、伝六がことごとくあわてだしたのは当然でした。
「気に入らねえんだ。食い物だけに、あっしゃ橙なんぞをおまじないにしたことがしゃくにさわるんですよ! なんでしょうな! え! ちょっと! なんのおまじないでしょうね!」
「…………」
「じれってえな! そんなに思わせぶりをしねえで、すぱっといやアいいんだ、すぱっとね、こんなものを七つの駕籠で七ツどきから持ちまわりゃ、なんのおまじないになるんですかい。ね! ちょっと! え? だんな!」
「騒々しいやつだね。黙ってろ。なんのおまじないかわからねえからこそ、こうしてじっと考え込んでいるじゃねえか。気味のわりい細工がしてあるかもしれねえ。中を改めてみるから、その三宝をちょっとこっちへ貸しな」
 引きよせて三宝の上にその一個をうちのせながら、すういと静かにわきざしでまっ二つに切り裂いたせつな! 果然、中からにょっきりと奇怪なひと品が現われました。針です! 針です! ぶきみに妖々ようようぎすまされた長い針なのです。
「ちくしょうッ。気味のわりいものが出やがったね。ぞおッとなりゃがった! なんです! なんです!」
「…………」
「え! だんな! 針じゃござんせんか! ミスヤのもめん針にしちゃ長すぎるし、畳針にしちゃ短すぎるし、なんです! なんです! いってえなんの針ですかい!」
 やかましくそばから鳴りたったのを、黙々としながらあごをなでなで、ややしばしじいっと見守っていましたが、やがて、ずばりとさえまさった一語が放たれました。
「含み針だッ。たしかにこりゃ含み針だぜ!」
「え……?」
「一太刀たち、二やり、三鎖鎌くさりがま、四には手裏剣、五に含み針と数え歌にもあるじゃねえか。口に含んでこれを一本急所に吹き込んだら、大の男も命をとられるというあの含み針だよ。しかも、こりゃまさしく山住流やまずみりゅうの含み針だ。三角にとがったこの先をみろ。村雨流むらさめりゅう、一伝流と含み針にもいろいろあるが、針の先の三角にとがっているのは山住流自慢のくふうだよ。ここまでがんがつきゃ、もうお手のものだ。そろそろと、伝六ッ――」
「ありがてえ! 駕籠かごですかい! 駕籠ですかい! ざまあみろッ。だからいわねえこっちゃねえんだ。もぞりとひとなであごをなでりゃ、このとおりぱんぱんと眼がつくんだからね、景気よくぶっ飛ばすようにちょっくらと駕籠をめっけてめえりますから、お待ちなせえよ」
 わがことのようにおどり上がって駆けだそうとしたとき、
「お願いでござります! お願いでござります! たいへんなことになりました。お願いでござります!」
 あわただしげに表先から呼びたてる声が耳を打ちました。
「どなたか早くお顔をお貸しくだせえまし! たいへんなことになったのでごぜえます! お早くだれかお顔をお貸しくだせえまし!」
「うるせえな! 何がどうしたというんだ。それどころじゃねえ、いま大忙しなんだよ。用があったら庭へ回りゃいいんだ。だれだよ! だれだよ! どこのどいつなんだ!」
「お騒がせいたしましてあいすみませぬ。では、ごめんなんし。そちらへ参ります。――さっきはどうも失礼。どこのどやつでもねえ、あそこでお目にかかったあっしでごぜえますよ」
 声といっしょにぺこりと頭をさげながら、ぬうとその庭先にのぞいた顔は、だれでもないあの土橋ご門のわきで親分さかさねこ伝兵衛の影にかくれながら、しきりとさいころをいじくっていた三下奴です。――見ながめるや同時に伝六のいきりたったのは当然でした。
「ちくしょうッ。うぬかッ、うぬかッ、さっきはよくもおいらをはめりゃあがったな! なんの用があってうしゃがったんだッ。まだだまし足りねえので[#「足りねえので」は底本では「足りええので」]、またのめのめと来やがったか!」
「冗、冗、冗談じゃござんせんよ! さっきはさっき、今は今なんでごぜえます。じつあ、親分が、あの親分がね、死んだんです! 殺されたんです! 突然と変な死に方をしちまったんですよ!」
「なにッ。え、そりゃほんとうかい! ほんとうかい! いつ、どこで、どんな死に方しやがったんだ」
「うちなんです! 大根河岸のあのうちなんですがね。だんなたちと別れてうちへけえってくるとまもなく、庭先からだれか呼ぶ声がありましたんでね、なにげなく親分が縁側まで出ていったと思ったら、もうどたりとひっくりけえちまったんですよ。なんしろ、死に方が尋常じゃねえからね、さっきはさっき、今は今と大急ぎにだんなたちのところへお知らせに飛んでめえったんです」
「ちくしょうめッ、さあことだッ。さあことだッ。またややこしいことになりやがったですぜ! だんな! だんな! どうするんですかい! え! だんな! どうなさるんですかい!」
「ウフフ、やったな。がんがん騒ぐなよ。雲行きが変われば変わったで、また手はあるんだ。筋書きどおりかもしれねえ。早く駕籠の用意しな」
 うち騒ぐかと思いのほかに、名人はいたって静かでした。ご用駕籠を仕立てさせて、のっそりと腰うちすえながら飛ばせていったところは、話のその大根河岸がしです。



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