打印本文 打印本文 关闭窗口 关闭窗口

右門捕物帖(うもんとりものちょう)18 明月一夜騒動

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-7 9:26:30 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语

底本: 右門捕物帖(二)
出版社: 春陽文庫、春陽堂書店
初版発行日: 1982(昭和57)年9月15日
入力に使用: 1982(昭和57)年9月15日新装第1刷
校正に使用: 1999(平成11)年4月20日新装第6刷

 

右門捕物帖

明月一夜騒動

佐々木味津三




     1

 右門捕物とりもの第十八番てがらです。
 事の勃発ぼっぱついたしましたのは九月中旬。正確に申しますると、十三日のことでしたが、ご存じのごとくこの日は、俗に豆名月と称するお十三夜のお月見当夜です。ものの本によると、前の月、すなわち八月十五日のお月見には、芋におだんごをいただくから芋名月と称し、あとの月のこのお十三夜には枝豆をいただくから豆名月というのだそうですが、いずれにしても当今のようにむやみとごみごみした時代とはちがって諸事おおまかにそして、風流にできていたお時代なんですから、こういうふうな神代ながらの年中行事となると、市中をあげてみな風流人になったもので、当時の名所というのがまず第一に道灌山どうかんやま、つづいては上野山内、それから少しあだっぽいところになると花魁おいらん月見として今も語りぐさになっている吉原よしわら。だから、ほろりとさせる古い句にも、名月や座頭の妻の泣く夜かな――というのがありますが、しかし、それは長そで雅人風流人のみに許された境地で、無風流なることわがあいきょう者のおしゃべり屋伝六ごときがさつ者にいたっては、道灌山に名月がさえようと、座頭の美しい新妻にいづまが目のない夫のためにわが目を泣きはらそうと、ただ伝六には事件があって、口うるさくお株を始められる機会さえあればいいんですから、前回のへび使い小町騒動以来、かれこれ二カ月のうえもこっち、いっこう目ぼしい事件が起きませんでしたので、おりからまたあいにくの非番――、よくよくからだを持ち扱っているとみえて、鳴ること鳴ること、そこの縁先で、やお屋から取り寄せた枝豆をせっせと洗っている善光寺辰に、ガラガラとからだじゅうを鳴らしながら、八つ当たりに当たり散らしました。
「ちぇッ。兄弟がいのねえ野郎だな。あごだって調子のものなんだ。使わずにおきゃ、さびがくらあ。善根を施しておきゃ、来世は人並みの背に産んでくれるに相違ねえから、もっと仏心出して相手になれよ」
「…………」
「耳ゃねえのか!」
「…………」
「ちょッ。やけに目色変えて、豆ばかりいじくっていやがらあ。だから、豆公卿まめくげだなんかと陰口きかれるんだ。――ね、だんな! ちょっと、だんな!」
「…………」
「いやんなっちまうな。だんなまで、あっしをそでにするんですかい。あごなんぞなでりゃ、何がおもしれえんですか。からだ持ち扱っているんですから、人助けだと思って相手になっておくんなさいよ」
 あちらへ当たり、こちらへ当たって、八つ当たりに鳴らしていると――、玄関先に声がありました。
「頼もう! 頼もう!」
「よッ。やけに古風なせりふぬかしゃがるぞ。羅生門らしょうもんから鬼の使者でも来やがったのかな」
 ガチャガチャしてさえいたら、それでむしが納まるとみえて、しきりにひとりではしゃぎながら出ていったようでしたが、まもなく引き返してくると、鬼の首でもとったように手の中で一通の書状をひらひらさせながら、口やかましくいいました。
「そうれ、ごらんなさいよ。お羽黒山の雷さまだって、こんなにいい鳴り方はしねえんだ。あっしがせっかくさっきから根気よく鳴らしたんで、このとおり事件あなが天から降ってきたんですよ。ね、だんな! 早いところご覧なせえましよ。松平のお殿さまからのお差し紙でござえますから、きっとまた何か突発したにちげえござんせんぜ」
 しかし、案に相違して、そのお差し紙は、あすの吉例上覧お能に、警固のため出頭しろとのご命令書でしたから、ようやく納まりかかった伝六太鼓がまた鳴りかけようとしたとき――、今度はやさしくおとなう声がありました。
「ごめんあそばせ……ごめんあそばせ……」
「おっ! いい音がしたぞ、陰にこもった声のぐあいが、どうやら忙しくなりそうだぜ。――へえい、ただいま、ただいま参ります。少々お待ちくださいまし。ただいま伝六が参ります」
 なにも伝六が参りますと特に断わらないでもいいのに、罪のないやつで、しきりと衣紋えもんをつくりながら、気どり気どり出ていったようでしたが、矢玉のように駆け帰ってくると大車輪でした。
「辰ッ、何をまごまごしてるんだッ。貧乏ったらしい! 枝豆なんかをそんなところにさらしておくなよ! ――だんな、また何をおちついていらっしゃるんですかい! 天女ですよ! 天女がお降りあそばしたんですよ!」
 ひとりで心得、ひとりでせかせかとはしゃぎながら座敷を取りかたづけると、やがてしょうじあげてきた者は、まこと天女ではないかと思われる一個の容易ならぬ美人でした。年のころはどうふけて踏んでもまず二十一、二。あだめいた根下がりいちょうに、青々とした落としまゆの、ほんのりさした口紅に、におやかな色香の盛りを見せた容易ならぬ美形でしたから、いささか右門も胸にこたえたらしい面持ちで、いぶかりながら目をみはっていると、しかるにそれなる美形が、やにわになれなれしくいいました。
「しばらく……お久しゅうござんした」
「…………」
「ま! わたしですよ。お見忘れでござんすか。わたしですよ」
「…………?」
「去年の夏、お慈悲をかけていただいた、くし巻きのお由ですよ」
「えッ」
 右門のおどろいたのも道理。ご記憶のよいかたがたは、まだお忘れでないことと存じますが、第六番てがらの孝女お静の事件に、浅草でその現場を押え、悔悛かいしゅんの情じゅうぶんと見破ったところから、お手当にすべきところを特に見のがして慈悲をたれてやった掏摸すりの名手のあのくし巻きお由が、まる一カ年ぶりでいっそうのあだめいた姿とともに、ひょっくりと訪れてきたものでしたから、さすがの名人もことごとくおどろいたらしい様子でした。
「そうでござんしたか! ずいぶんとお変わりになりましたな。見れば、すっかり堅気におなりのようでござんすが、今は何をしておいででござんす」
「あの節のお慈悲が身にしみましたゆえ、あれからすっかり足を洗いまして、湯島の天神下で、これとこれの看板をあげているんでございますよ」
「なに、三味線と琴のお師匠をおやりでござんすか。ほほう、器用なおかたは何をおやりになってもご器用とみえますな。ときに、ご用向きはなんでござんす」
「じつは、ぜひにもだんなさまのお力をお借り申したいと存じまして、知り合いのお殿さまをお連れ申したんでござんすが、お会いくださいましょうかしら」
「会うはよろしゅうござんすが、いったいどういうお知り合いなんでござんす」
「お嬢さまに琴のおけいこしに上がっておりますんで、その知り合いなんでござんす」
「ふうむ、そうでござんすか。わざわざお越しなさったところを見ると、何かご内密のお頼みでござんすな」
「は、だんなさまの侠気おとこぎにおすがりいたしましたら、どんな秘密でもお守りくださいますからと、わたしがおすすめ申しまして、お連れしたんでございますよ」
「そうでござんすか。そう聞いては、どのようなお頼みかは存じませんが、あとへは引かれますまい。ようござんす! いかにもお頼まれいたしましょう!」
 りんとしていったことばに、いそいそとして表へ出ていった様子でしたが、まもなくお由のそこへ導いてきた者は、年のころ五十がらみの上品な、だが、どことなく零落の影の濃いご高家ふうな一人のお武家でした。
 こういうときの名人は、いつもそうなんですが、ことばをかけるまえにまず、じいっとはいってきたそのお武家の姿を、底光りする鋭いまなこで、静かに見ながめました。と同時です。まことに右門流のうちの右門流でした。
「いきなり失礼なことを申しますようでござりまするが、作法のご指南あそばしていられますな」
 ずぼしをさされたようにぎょッとうちおどろいたのを軽く押えながら、微笑しいしいいいました。
「いや、お驚きあそばしますにはあたりませぬ、おみ足の運びぐあい、お手のさばき、たしかに今川古流の作法と存じましたが、目違いでござりましたか」
「ご眼力恐れ入ってござる。いかにも、今川古流を指南いたす北村大学と申す者でござる。以後お見知りおきくだされい」
「そのごあいさつではかえって痛み入りましてござります。お顔の色は尋常でござりませぬのに、一糸乱れぬお身のこなし、さだめしお名あるご高家のおかたでござりましょうと存じまして、かく失礼なこと申しましたしだいでござりまするが、して、てまえにお頼みとは、どのようなことでござります」
「…………」
「いえお隠しあそばしますには及びませぬ。てまえもいささか人に知られた近藤右門、夢断じて口外いたしませぬゆえ、ご懸念なくお明かしくだされませ」
「かたじけない、かたじけない。それを聞いて大いに安堵あんどいたしたが、じつは将軍家からお預かり中のお能面が紛失したのでござるわ」
「えッ、すりゃまた容易ならぬ紛失物でござりまするが、どうした子細でさような貴品、お預かりなさっていたのでござります?」
「それがじつはちと申し憎いことでござるが、知ってのとおり、当節は諸家みな小笠原おがさわらばやり。そのため日増しに今川古流は世に捨てられて、お恥ずかしながら家名もろくろくささえることできぬほどの貧困に陥りましたゆえ、その由将軍家のお耳に達したとみえ、てまえ一家をお救いくださるご賢慮からでござろう。申すもかしこいことにござるが、上さまご秘蔵あそばす蓮華鬼女れんげきじょのご能面保管方をてまえにお申しつけくださって、保管料という名目のもとに、年金三百両あてお下げ渡しくださるならわしでござったのじゃ。なれども、なまじ高家なぞという格式あるため、年々費用出費はかさむばかり。そのため、ふとした心の迷いから、ご貴品と知りつつ、つい金に窮してさる質屋へ入れ質いたしおいたところ、けさほどお達しがござって、明十四日の上覧能に持参せよとのごじょうがござったゆえ、うろたえてようやく借用の百金を調達いたし、さきほど受け質に参ったのじゃが、しかるに、どうしたことやら――」
「質屋でいつのまにか紛失していたのでござりまするか」
「さようじゃ。それがちと奇態なのじゃわ。入れ質いたすとき、てまえと用人と、それなる質屋の番頭の十兵衛じゅうべえと申す者と、三人してしかと立ち会い、じゅうぶん堅固な封印いたしておいたのに、さきほどお箱を開いて見改め申したところ、てまえの印鑑をもって封じておいた封印はいささかも異状がないのに、中身のお能面だけがいつ抜きとられたものかからなのじゃ。なれども、身におちどのあることゆえ、あからさまに奉行所ぶぎょうしょへ駆けつけてまいることもならず、さりとて捨ておかばお宝の行くえもだいじと生きた心持ちもなく心痛しておったところへ、こちらのお由どのがお越しくださって、貴殿にご面識ある旨聞き及んだゆえ、家門の恥辱も顧みずに、こうしてお力借りに参ったのじゃ。なんとも不面目しだいな仕儀でござるが、老骨一期の願い――このとおりじゃ。このとおりじゃ」
 いうと、老武家は真実面目なさそうに、ところどころ痛々しげな霜の読まれるこうべを深々とうなだれました。またこれは面目ないのが当然でありましたろう。かりにも高家の列につながり、有職故実ゆうそくこじつ諸礼作法をもって鳴る名家の主が、いかに貧ゆえの苦しみからとはいいながら、上お将軍家からのお預かり物を、しかも保管料三百金というお慈悲付きのお預かり物を、入れるべきところに事を欠いて、七ツ屋に入牢にゅうろうさせるとは、もってのほかのふらち不行跡だったからです。けれども、われらの捕物名人むっつり右門は、つねに江戸まえの人情家でした。むしろ、世にいれられぬ名家の貧困からなる過失をあわれむもののように、きらきらとその目に玉なす露すらも宿しながら、いとたのもしげにいいました。
「ご心痛のほど、よくわかりました。事実はどうありましょうと、上さまご秘蔵のご名宝が紛失いたしたとあっては捨ておかれませぬゆえ、いかにもお力となりましょう」
「そうでござるか! かたじけない! かたじけない! このとおりじゃ! このとおりじゃ!」
「もったいない、お手をおあげくださりませ。そうと聞いてはあすの朝までにまにあわせねばなりませぬゆえ、すぐにも詮議せんぎにかかりましょうが、それなるからのお箱は、質屋に置いたままでござりましょうな」
「中身のないもの預けぬと申して、土蔵の中に置いたままでござるわ」
「質屋はどこでござります」
「湯島天神下のふじというのでござるわ」
「お屋敷もご近所でござりまするか」
「筋向かいじゃ」
「そうでござりまするか。――では、伝六ッ」
「…………」
「伝六はどこへ参った!」
 姿が見えないので、いぶかっているとき、およそあいきょう者です。
「どうでえ! どうでえ! この鳴り方をみろ! きょうは張りきってるんだから、いつもの伝六太鼓とは音が違うんだッ。お駕籠かごだろうと思って、もうちゃんと用意してまいりましたぜ」
「人見知りをしないやつだな。お人さまがいらっしゃるのに、そうガンガン鳴るな。雇ってきたのはいいが、何丁じゃ」
「ちぇッ、決まってるじゃござんせんか! だんなの分が一丁ですよ!」
「たまにできがいいと思や、そのとおりまがぬけてらあ。もう一丁つれてきな」
「えッ?」
「急いでいるんだ。たたらを踏んでいるまに、早くいってきなよ」
 二丁用意させると、いつもながらに、そつのない右門流でした。
「てまえの志でござります。ご高家のお殿さまが、八丁堀はっちょうぼりからこっそり帰ったと人目にかかりましては世間へのはばかりもござりましょうゆえ、ご遠慮なくお召しくださりませ。ついで、お由さん、ご婦人がおひろいでも気がききませんから、ご老体をお送りかたがた、湯島のお屋敷で待っていておくんなさいな。一、二ときたちましたら、なんとか目鼻をつけて、お知らせに参りましょうからな」
 北村大学とお由のふたりを駕籠で立たせておくと、自身は珍しやおひろいで、例のほろ苦い江戸まえの男ぶりを覆面ずきんの間からのぞかせながら、一本独鈷どっこの落とし差しを軽く素足の雪駄せったに運ばせると、ただちに湯島なる質屋三ツ藤へ行き向かいました。――秋たちこめた江戸は、松に栄えたほりばたあたり、柳並み木の行き行く道に、わびしげなわくら葉を散らして、豆名月の月の出にはもう半刻はんときとない暮れ六ツ少し手前でした。



打印本文 打印本文 关闭窗口 关闭窗口