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だが、右門主従がいで向かうと同時に、目色を変えてあわただしく立ち上がりながらそのあとを追った三人づれの、同じような同心隊がありました。まことに久しぶりでのお目見えですが、あとからの三人づれは、だれでもないあのおなじみのあばたの敬四郎とその一党でした。こやつは二番てがらの生首事件と、六番てがらの村正事件と、つづいて八番てがらほりもの事件に、つごう三回顔をさらして、三回が三回右門と張り合い、三回ともに打ち負かされたあげく、最後の八番てがらの
「ちぇッ、身のほどを知らねえ親方だな。あのいもづらのだんなが、またしつこく追っかけてきましたぜ」
いわれて右門もはじめてそれと気がついたようでしたが、しかしわれらの捕物名人は、その秀麗な面のように、心がらのすがすがしいいたって大腹な寛仁長者でした。
「ほほう、さすがは敬公だな。おめえのように、そうがみがみとたなおろしをするもんじゃねえよ。きょうここに詰めかけていた与力同心は、南北あわせて何十騎いたか知らねえが、今の変なあの一番を見て、こいつ臭そうだなとにらんだものは、おれをのぞいてあの敬四郎一人だけじゃねえか。了見はちっと気に食わねえが、さすが腕っききだけがものはあるから、ほめてやれよ、ほめてやれよ」
「だって、あのげじげじ、きっとまただんなのじゃまをしますぜ」
いっているまに、右門と顔を合わせて、こづらにくいせせら笑いをその醜い顔に見せていたようでしたが、ふたりをつきのけるようにしながら駆けぬけると、案の定もう功を争いだしたものでしたから、おこぜのごとくカンカンになってしまったものは義憤児伝六でありました。
「それ、ご覧なせえまし、いううちに、もうじゃまだてを始めたんじゃござんせんか。だんなもあの江戸錦を洗ってみるお考えだったんでがしょう」
「そうだよ」
「なら、だんなのほうがひと足はええんだから、こっちへ玉をさらったらどうですか」
「まあそう鳴るなよ、鳴るなよ。おれの知恵は、いつだって出どころが違うじゃねえか。ほしいものならやっときな――」
それを右門はあくまでもすがすがしい大腹で、微笑を含みながら見ながめていましたが、そのときはからずも、いま出どころが違うといった右門のその明知の鏡にちらりと映じ写ったものは、そこのしたくべやの明け荷の前に、腕組みをしている一人の
「思うに、そちの思案していることも、今のあの奇怪至極な勝負に胸を痛めてのことじゃろうと察するが、どうじゃ、違ったか」
「へえい……」
「ではわからぬ。どうじゃ、違ったか」
「いいえ、おめがねどおりでござんす」
「するとなんじゃな、やっぱりあの一番は、わしのにらんだとおり八百長ではなかったのじゃな」
「ええ、もう八百長どころか、どうしてあんな遺恨相撲になったかと、いっしょうけんめいそれを思案していたのでごんす」
「ほほうのう。やっぱり、遺恨相撲じゃったか。わしもちらりとあの秀の浦とやらいう西方相撲の仕切りぐあいを見たとき、あやつの目のうちにただならぬ殺気が見えたゆえ、どうもおかしいなと思うていたのじゃが、ではなんじゃな。そちの口裏から推しはかってみるに、今までふたりは遺恨なぞ含むようなかかり合いはなかったというのじゃな」
「ええ、もう遺恨どころか、もともとあの野郎どもは相べやで、そのうえ相
「ほほう、西方相撲のあのときの妙な手つきは、あれが鉄砲というのか」
「ええ、そうでごんす。それも、あの野郎の鉄砲とくると、がらはちまちまっとしていてちっせえが、わっちたち仲間でもおじ毛立つくれえな命取りでごんしてな。あの野郎からその鉄砲をくらって、今まで三人も土俵で命をとられたやつがあるんで、
果然、右門のいぶかしとにらんだとおり、表面ただの珍奇と見えたあれなる結び相撲のかくれた裏面のうちには、容易ならぬ封じ手の命までをもねらおうとした遺恨が含まれていたとはっきりわかったものでしたから、もう事がここまであばかれてまいりますれば、いよいよこの先はわれらの捕物名人の
そこで、従来の右門ならば、つねにかれの好んで用いるからめて攻めの吟味方法によって、まず第一に江戸錦その者を洗いたて、いかなる原因によってそれなる相手がたの秀の浦から、関取りたちもおじ毛立つと称されている命取りの鉄砲をかまされようとまでされるにいたったか、それを
雨となるか、あらしとなるか、いかなる遺恨子細によってかかる封じ手を用いようとするにいたったか、事は疑問の
「え? 秀の浦でごんすかい。あの野郎は、だれかごひいき筋のお客から、お酒のごちそうがあるんだとか申しまして、ほんの今ひと足先にけえりましたよ」
はせつけて秀の浦の在否をきくと、惜しいことにひと足違いでたち帰ったあとといったので、右門はいささかの
「バカ野郎ども! おれさまたちが御用があるっていうのに、なぜ無断でけえしたんだ!」
「だって、からだがあきゃ、こっちの気ままでごんすからね。あの野郎もきょうの一番で、うめえご祝儀にあずかれると思ったか、まるくなってけえりましたよ」
「どっちへ行ったかわからねえか」
「さあね。どことも行き先ゃいわねえようでしたが、ここをまっすぐ北のほうへめえりましたよ」
だいたいの方角がわかりましたものでしたから、右門はまだぶつぶつ鳴っている伝六を促して、ただちにそのあとを追いました。なにしろ、小男の醜男の相撲取りという特徴のある相手でしたので、道々足を取りながら追っていくと、牛込御門のほうを目ざしていったという事実が判明したものでしたから、右門は居合わした詰め所の御門番衆について、それから先の行き先を尋ねました。
「いましがた色の黒い出っ歯の相撲取りがここを通ったはずでござりまするが、さだめしご門鑑改めをしたのでありましょうな」
「ええ、いたしました。秀の浦とやら、姫の浦とやら申したようでござりまするが、あいつのことでござりまするか」
「さよう。ご門を外へ出てからどちらへ参ったか、お気づきではござりませなんだか」
「それがちょっと妙なんでございますよ。相撲取りなどが乗るにしては分にすぎた
しだいに秀の浦の身辺が、疑問と不審の黒雲に包まれだしましたものでしたから、右門はわざわざ出馬したかいがあるといいたげな面持ちで、すぐさま言われたとおり、濠端を四ツ谷目ざして追いかけました。