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手品(てじな)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-6 9:30:37 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语

底本: 佐左木俊郎選集
出版社: 英宝社
初版発行日: 1984(昭和59)年4月14日

 

 口上

 雪深い東北の山ひだの中の村落にも、正月は福寿草のように、何かしら明るい影を持って終始する。貧しい生活ながら、季節の行事としての、古風な慣習を伝えて、そこに僅かに明るい光の射すのを待ち望んでいるのである。併し、これらの古風な伝習も、そんなにもう長くは続かないであろう。
 それらの古風な慣習の一つに「チャセゴ」というのがある。正月の十五日の晩には、吹雪でない限り子供は子供達で、また大人は大人達で、チャセゴまわる。子供達は、よいのうちから、一団の群雀むらすずめのように、部落内の軒から軒を(アキの方からチャセゴに参った。)と怒鳴ってまわるのだが、すると、家の中から(何を持って参った?)と聞き返すのである。子供達はそこで(ぜにかねとザクザクと持って参った。)と一斉に呼び返す。そこで、二切ればかりずつの餅が、子供達各自の手に恵まれるのである。
 大人達のチャセゴは、軒々を一軒ごとに廻るのではなく、部落内の、または隣部落の地主とか素封家そほうかとかの歳祝としいわいの家を目がけて蝟集いしゅうするのであった。それも、ただ(アキの方からチャセゴに参った。)というばかりでは無く、何かと趣向をらして行くのである。歳祝いをする家でも生活がゆたかなだけに、膳部をにぎやかにして、村人達が七福神とか、春駒とか、高砂たかさごとかと、趣向をらして、チャセゴに来てくれるのを待っているのである。

     一

 子供達が飛び出して行ってしまうと、薄暗い電燈の下は、急にひっそりして来た。
「チャセゴの餓鬼がきどもが来んべから、早くはあ寝るべかな。」
 妻のおきんは榾火ほだびを突つきながら言った。
「馬鹿なっ! そんなことは出来るもんでねえ。我家われえの餓鬼どもだって行ってるんじゃねえか。」
 まんは口をげるようにしてげだらけの炉縁ろぶちへ、煙管きせるたたきつけるようにしていった。
 瞬間、急に戸外が騒々しくなってきて、無数の小さな地響きが戸口を目掛けて雑踏ざっとうして来た。万夫婦は、思わず戸口の方へ眼をやった。戸口では急にもついが始まり、板戸がコトリと鳴って月の出前の薄暗うすやみを五、六寸ばかりひろげられた。
「アキの方からチャセゴに参った。」
 引き明けた戸口から、石でも投げ付けるように、小さな声が一斉いっせいに叫び立てた。万夫婦は吃驚びっくりして声も出なかった。子供達の叫び声は続いた。
「アキの方からチャセゴに参った。」
「何を持って参った?」
「銭と金とザクザク持って参った。」
 子供達はまたも声をそろえて叫び返した。
「そうかそうか。銭と金とザクザクと持って参ったか。そりゃあ目出たいことだ。這入はいれ這入れ。お祝いするから、こっちさ這入れ。」
 万は夢からでもめたようにして、幾分周章あわて気味に言った。子供達は我先われさきと、小突き合いながら、うしおのように雪崩なだれ込んで来た。しかし、その一団の先に立っているのは、万の長男だった。次男も三男も混じっていた。
「なあんだ兵吉じゃねえか。仁助にすけも三吉もか。馬鹿野郎ども。我家さチャセゴに来る奴、あっか。馬鹿。」
 万はあきれて、炉縁ろぶちへまたも煙管きせるを叩き付けながらいった。
「本当に馬鹿な孩子わらしどもだよ。」
 妻のおきんもそう言ったが、しかし、部屋の片隅へ餅桶もちおけを取りに立って行った。
「さあさ、ここに並べ。そうでねえと、貴様達は一人で二度も三度ももらおうからな。」
 万はそう言いながらあががまちへ立って行った。
「俺そんなことしねえ。俺そんなことしねえ。」
 子供達は、口々に言いながら上り框へ一列に並んだ。
「駄目だ駄目だ。そんなこと言っても、に取れねえ。もらった奴は先に外へ出ろ。」
 万はそう言って、妻のおきんが運んで来た餅桶の中から二切れずつの餅を取っては、子供達の手にくばって行った。そして子供達は全部外へ飛び出したが、兵吉と仁吉と三吉とは、父親と母親との顔を見比べるようにしながら、土間に突っ立っていた。
「阿呆め! 余計な者連れて来やがって、一升餅損したぞ。そら汝等にしらにもやるから、くれてやった餅ばあ、早く行ってもらい返して来い。」
 おきんはそう言って、自分の子供達の手にも、二切れずつの餅をのせてやった。しかし、子供達は餅をもらってしまうと、そんな愚痴ぐちなど聞いてはいなかった。頓狂とんきょうな声を上げながら戸外に待っている悪垂あくたれ仲間の方へ飛んで行った。
「これじゃあ、俺も、おとなしくしちゃいられねえ。吉田様の歳祝いにでも行ってくるべ。」
 万は軽い興奮で言った。
「歳祝に行ったって一升餅持って帰れめえし、それより後のチャセゴの来ねえうちに早く寝た方がいい。」
「馬鹿! 一升餅くらいで、一里からの雪路ゆきみち、吉田様まで、誰が行くものか。おれの欲しいの、餅なんかじゃねえ。銀のさかずきを欲しいのだ。」
「欲しくたって……」
「吉田様じゃあ、歳祝いというと、二千だか三千だか、自慢たらしく銀の杯出しゃがるから、餅の代わりにもらって来てやるべ。」
 万は炉端ろばたへ行って出掛ける前の煙草たばこを、せわしく吸いながら言うのだった。

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