打印本文 打印本文 关闭窗口 关闭窗口

駈落(かけおち)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-6 9:12:10 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


     四

 菊枝はえりいじりながら表へ出て行った。
「ほんじゃにしあ、片岡さ寄れよ。おら、真っすぐに田さ行んから(父つぁんは田さ真っすぐに行ぎした)って……」
 春吉が背後うしろから声をかけたが、菊枝は何も答えなかった。彼女の眼には、いっぱい涙が溜まっていた。
 本当に、豊作とよさくさんの言った通りだ! と菊枝は思った。「馬鹿らしくって、こんな田舎にゃあいられねえ。東京さ行って電車の車掌にでもなれば、まさかこんなに、牛馬のように使われねえだって。それにこうしてたんじゃ、いつ一緒になれるか判んねえし……」こう豊作が、今朝、田の水を見に来て、彼女に草刈りを手伝いながら言った言葉が、今、菊枝の心に再び判然と浮かびあがって来た。
 豊作の家も、菊枝の家と同じように、貧しい、小さな小作百姓だった。なまじっか小作百姓をしているおかげで、豊作も菊枝も、日傭ひでまを取りに行く日でさえも、短い夏の夜を、暗いうちに起きて、朝のうちに自分の家の仕事をして行かねばならなかった。
 豊作さんは、あんなに言ってくれるんだがら、一層のことあの人と一緒に東京さ行ってしまおう! 菊枝は手拭てぬぐいの端を噛みしめながらこうつぶやいて、力なく歩いて行った。
 パラソル一本買ってもらわれねえなんて。――そうだわ、そうだわ、豊作さんの言った通りだ。「俺等おららみでえなもの、こんな田舎にいたんじゃ、うだつがあがらねぇ。田作れば小作料がたげえくって、さっぱり徳がねえし、馬鹿馬鹿し。日傭ひでま稼ぎに行ったって賃金がやすいし、なにしたって、売るもの廉ぐって、買うものたげんだから、町の奴等ばり徳さ。」と言った豊作の言葉を彼女は実際だと思った。
 町の人達が、田舎の金をみんな持って行ってしまうことは、爺さんも言っていた。自分の町場へ生まれなかったことを彼女は残念に思った。町場の娘達は、どんな貧しい家の娘でも、自分よりは幸福であるように彼女は思った。
 母さんが生きてでくれたら……と、菊枝は死んだ母のことを想い出した。涙がまた、ほろりとまろび出た。彼女は手拭いの端で眼をさえた。

     五

 その日、菊枝は一日中憂鬱ゆううつだった。
 明日は六社様のお祭りだ! 明後日は、祭りの翌日で、草臥くたびれ休みだ。彼方此方あちらこちらの田圃に散らばって田の草を取っている娘達は、皆んな歌ったり巫山戯ふざけたり、大変な元気だった。併し菊枝だけは、終日黙々としていた。
「菊枝つあん。明日、行ぎしべ?」と川向こうから声をかけた友達にも、彼女は、微笑みを口元に浮かべて首を振って見せただけであった。
 夜になって、片岡の家に日傭ひでまを取りに来た十幾人かは、夕飯の時から乾燥はしゃぎきっていた。今夜は勘定だ。明日は祭りだ。明後日は草臥くたびれ休みだ。その意識はみんなの心を浮き立たせていた。そうして巫山戯ふざけさせた。併し、菊枝と春吉とは父娘おやこ揃ってふさぎ込んでいた。他人が冗談を言っても、春吉と菊枝とは、微かな笑いしか笑わなかった。菊枝は常に落ち着いた娘ではあったが、今日は、落ち着き以上のものだった。
「菊! とっつあん、これがら町さ行って、髭剃ひげそって来っかんな。」
 帰りの途を、途中まで来ると、春吉はこう言って町の方へ行った。菊枝はそれにも、仄暗ほのぐらい中で、眼で挨拶したきりだった。併し、それから先の夜路を、豊作と二人だけの語らいを語ることの出来るのは、彼女にとっては、嬉しいことであった。
「ほんじゃ、明日の二時の汽車にしんべかな?」と豊作は、前々からの約束を、そして今朝のめを、再びそこに持ち出した。
「ほだね。ほうしっと、東京さは、何時いつ着ぐの?」
 菊枝の心の動きは、今は判然と決定されていた。ちかったとは言え、今朝の約束までには、自分の心のどこかに、自分ながら、疑わしい分子が折々頭をもたげていた。併し今は、なんの疑いもない決意に満たされていた。彼女は心に一種の衝動を感じた。全身が微かにふるえた。
「ほんじゃ、二時半までにゃ、停車場さ来んのだぞ。俺、先に行って、切符買って置っから…… ここの停車場でなぐ中新田なかにいだ停車場さ。」
「着物なんかはあ、なじょしんべね?」
「着物なんか、東京さ行ったら、俺、いい流行の着物買ってけるから……」
 いつか二人の手は、仄暗ほのやみの中に握り合わされていた。

上一页  [1] [2] [3] [4]  下一页 尾页




打印本文 打印本文 关闭窗口 关闭窗口