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今後の寺院生活に対する私考(こんごのじいんせいかつにたいするしこう)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-5 10:12:46 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语

底本: 堕落論
出版社: 新潮社
初版発行日: 2000(平成12)年6月1日
入力に使用: 2004(平成16)年4月20日5刷
校正に使用: 2005(平成17)年2月10日6刷

 

寺院に特殊な生活があるとすれば禁欲生活より外にはないと思われます。しかし一般人間に即した生活すなわち情欲や物欲に即した生活のあることを忘れる訳には行きません。寺院の人々は禁欲生活を過重し勝ちでとかく所謂いわゆる煩悩ぼんのうに即した生活の中にも道徳律や悟脱の力のあることを忘れている様です。禁欲生活が道徳的にすぐれている理由もなく、又特に早く悟れる理由もありません。生活はその人の信条で生きるもので要するに何でもかまいませんが、愛欲のきずなもあきらめられない。禁欲生活の外分も保ちたいなんてのは、随分あさまし過ぎると思われます。むしろ一般の欲に即した生活を土台にして出直すのが本統ではありますまいか。





底本:「堕落論」新潮文庫、新潮社
   2000(平成12)年6月1日発行
   2004(平成16)年4月20日5刷
初出:「涅槃 第1巻第2号」
   1927(昭和2)年3月1日発行
入力:うてな
校正:noriko saito
2006年7月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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