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弓道中祖伝(きゅうどうちゅうそでん)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-2 7:27:59 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语



 自分の部下を目前において、二人まで射倒された雉四郎は、怒りで思慮を失ってしまった。箭に対して刀を構えようとはせず、持っていた槍を引きそばめ、衆の先頭へ走り出た。
「やあおのれよくもよくも、我等の味方を箭先にかけ、二人までも射て取ったな。もはや許さぬ、槍を喰らって、この世をおさらば、往生遂げろ!」
 叫びながら驀進まっしぐらに、正次目掛けて走りかかった。
(いよいよ此奴こやつを!)と日置正次、引きしぼり保った十三束三伏ぞくみつぶせ柳葉やなぎはの箭先に胸板を狙い、やや間近過ぎると思いながらも、ひょうふっとばかり切って放した。
 狙いあやまたず胸板を射抜き、本矧もとはぎまでも貫いた。
 末期の悲鳴、凄く残し、槍を落とすとドッと背後へ、雉四郎は仆れて死んだ。頭目を討たれたあばら組の余衆、競ってかかる勇気はなく、雉四郎の死骸さえ打ち捨て、ドーッと裏門からなだれ出た。

 半刻はんときあまりも経った頃、正次と篠姫と和田兵庫とが、書院でつつましく話していた。正次の前には三宝に載せた「養由基」の一巻があった。姫から正次へ譲られたものである。「養由基」を譲るに足るような武士を、この館へ幾人となく誘い、弓道をこれまで試みたが、今日までふさわしい人物に逢わず、失望を重ねていたところ、今日になって貴殿とお逢いすることが出来た。「養由基」をお譲りする人物に、うってつけに似つかわしい立派な貴殿に。――こういう意味の事を和田兵庫は云った。
「恩地雉四郎と申す男、決してわらわの一族では是無これなく、赤松家の不頼の浪人であり、以前から妾に想いを懸け、『養由基』ともども奪い取ろうと、無礼にも心掛けて居りました悪漢、それをお討ち取り下されましたこと、有難きしあわせにござります。今日まで彼の要望のぞみを延ばし、切刃詰まった今日になって、貴郎あなた様に討っていただきましたことも、ご縁があったからでござりましょう」
 こういう意味のことを篠姫も云って、助けられたことを喜んだ。
「今後のご起居いかがなされます?」
 こう正次は心配そうに訊いた。
「実は明日大内家より、迎いの人数参りますことに、とり定めある儀にござります。その人数に連れられまして、九州へ妾下向いたします。雉四郎の難題を今日まで、引き延ばして居りましたのもそれがためで、さらに今日一日を引き延ばし、明日になった時難を避け、立ち去る所存でござりました」
 こう篠姫は微笑しながら云った。
「きわどい所でござりましたな、私も日中和田兵庫殿に、お目にかかる事出来ませなんだならば『養由基』のお譲りを受けるという、またとあるくもない幸運に、外れるところでござりました」
「ご縁があったからでござります」
 とりが啼いて明星が消え、朝がすがすがしく訪れて来た時、美々びびしく着飾った武士達が多勢、立派な輿を二挺舁ぎ、この館を訪れた。大内家からの迎えであった。
「おさらば」「ご無事で」と別離の挨拶!
 挨拶を交わせて名残惜しそうに篠姫とそうして和田兵庫とは、日置正次と立ち別れた。楠氏の正統篠姫は、翠華漾々平和の国、周防大内家へ行ったのである。

 准南子えなんじニ曰ク「養由基ヨウユウキ楊葉ヨウヨウヲ射ル、百発百中、恭王キョウオウ猟シテ白猿ヲ見ル、樹ヲメグッテヲ避ク、王、由基ニ命ジ之ヲ射シム、由基始メ弓ヲ調ベ矢ヲム、猿スナワチ樹ヲ抱イテサケブ」
 それ程までに秀でた漢土弓道の大家、その養由基の射法の極意を、完全に記した『養由基』一巻、手写した人は大楠公であった。その養由基を譲り受けて以来、日置弾正正次へきだんじょうまさつぐは、故郷に帰って研鑽百練、日置流の一派を編み出した。これを本朝弓道の中祖、斯界の人々仰がぬ者なく、日置流より出て吉田よしだ流あり、竹林ちくりん派、雪荷せっか派、出雲いづも派あり、下って左近右衛門さこんえもん派あり、大蔵おおくら派、印西いんざい派、ことごとく日置流より出て居るという。





底本:「国枝史郎伝奇全集 巻五」未知谷
   1993(平成5)年7月20日初版発行
初出:「キング」
   1932(昭和7)年6月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:阿和泉拓
校正:湯地光弘
2005年5月16日作成
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