むかし むかし あるところに |
童話屋 |
1996(平成8)年6月24日 |
1996(平成8)年7月10日第2刷 |
日本童話宝玉集(上中下版) |
童話春秋社 |
1948(昭和23)~1949(昭和24)年発行 |
一
むかし、むかし、丹後(たんご)の国水(みず)の江(え)の浦(うら)に、浦島太郎というりょうしがありました。 浦島太郎は、毎日つりざおをかついでは海へ出かけて、たい[#「たい」に傍点]や、かつお[#「かつお」に傍点]などのおさかなをつって、おとうさんおかあさんをやしなっていました。 ある日、浦島はいつものとおり海へ出て、一日おさかなをつって、帰ってきました。途中(とちゅう)、子どもが五、六人往来(おうらい)にあつまって、がやがやいっていました。何(なに)かとおもって浦島がのぞいてみると、小さいかめの子を一ぴきつかまえて、棒(ぼう)でつついたり、石でたたいたり、さんざんにいじめているのです。浦島は見かねて、 「まあ、そんなかわいそうなことをするものではない。いい子だから」 と、とめましたが、子どもたちはきき入れようともしないで、 「なんだい。なんだい、かまうもんかい」 といいながら、またかめの子を、あおむけにひっくりかえして、足でけったり、砂(すな)のなかにうずめたりしました。浦島はますますかわいそうにおもって、 「じゃあ、おじさんがおあし[#「おあし」に傍点]をあげるから、そのかめの子を売っておくれ」 といいますと、こどもたちは、 「うんうん、おあし[#「おあし」に傍点]をくれるならやってもいい」 といって、手を出しました。そこで浦島はおあし[#「おあし」に傍点]をやってかめの子をもらいうけました。 子どもたちは、 「おじさん、ありがとう。また買っておくれよ」 と、わいわいいいながら、行ってしまいました。 そのあとで浦島は、こうら[#「こうら」に傍点]からそっと出したかめの首(くび)をやさしくなでてやって、 「やれやれ、あぶないところだった。さあもうお帰りお帰り」 といって、わざわざ、かめを海ばたまで持って行ってはなしてやりました。かめはさもうれしそうに、首や手足をうごかして、やがて、ぶくぶくあわをたてながら、水のなかにふかくしずんで行ってしまいました。 それから二、三日たって、浦島はまた舟にのって海へつりに出かけました。遠い沖(おき)のほうまでもこぎ出して、一生(いっしょう)けんめいおさかなをつっていますと、ふとうしろのほうで 「浦島さん、浦島さん」 とよぶ声がしました。おやとおもってふりかえってみますと、だれも人のかげは見えません。その代(かわ)り、いつのまにか、一ぴきのかめが、舟のそばにきていました。 浦島がふしぎそうな顔をしていると、 「わたくしは、先日助(たす)けていただいたかめでございます。きょうはちょっとそのお礼(れい)にまいりました」 かめがこういったので、浦島はびっくりしました。 「まあ、そうかい。わざわざ礼なんぞいいにくるにはおよばないのに」 「でも、ほんとうにありがとうございました。ときに、浦島さん、あなたはりゅう[#「りゅう」に傍点]宮(ぐう)をごらんになったことがありますか」 「いや、話にはきいているが、まだ見たことはないよ」 「ではほんのお礼のしるしに、わたくしがりゅう[#「りゅう」に傍点]宮を見せて上げたいとおもいますがいかがでしょう」 「へえ、それはおもしろいね。ぜひ行ってみたいが、それはなんでも海の底にあるということではないか。どうして行くつもりだね。わたしにはとてもそこまでおよいでは行けないよ」 「なに、わけはございません。わたくしの背中(せなか)におのりください」 かめはこういって、背中を出しました。浦島は半分きみわるくおもいながら、いわれるままに、かめの背中にのりました。 かめはすぐに白い波(なみ)を切って、ずんずんおよいで行きました。ざあざあいう波の音がだんだん遠(とお)くなって、青い青い水の底へ、ただもう夢(ゆめ)のようにはこばれて行きますと、ふと、そこらがかっとあかるくなって、白玉(しらたま)のようにきれいな砂(すな)の道(みち)がつづいて、むこうにりっぱな門が見えました。その奥(おく)にきらきら光って、目のくらむような金銀のいらかが、たかくそびえていました。 「さあ、りゅう[#「りゅう」に傍点]宮(ぐう)へまいりました」 かめはこういって、浦島を背中(せなか)からおろして、 「しばらくお待ちください」 といったまま、門のなかへはいって行きました。
二
まもなく、かめはまた出てきて、 「さあ、こちらへ」 と、浦島を御殿(ごてん)のなかへ案内(あんない)しました。たい[#「たい」に傍点]や、ひらめ[#「ひらめ」に傍点]やかれい[#「かれい」に傍点]や、いろいろのおさかなが、ものめずらしそうな目で見ているなかをとおって、はいって行きますと、乙姫(おとひめ)さまがおおぜいの腰元(こしもと)をつれて、お迎(むか)えに出てきました。やがて乙姫(おとひめ)さまについて、浦島はずんずん奥(おく)へとおって行きました。めのう[#「めのう」に傍点]の天井(てんじょう)にさんご[#「さんご」に傍点]の柱、廊下(ろうか)にはるり[#「るり」に傍点]がしきつめてありました。こわごわその上をあるいて行きますと、どこからともなくいいにおいがして、たのしい楽(がく)の音(ね)がきこえてきました。 やがて、水晶(すいしょう)の壁(かべ)に、いろいろの宝石(ほうせき)をちりばめた大広間(おおひろま)にとおりますと、 「浦島さん、ようこそおいでくださいました。先日はかめのいのちをお助(たす)けくださいまして、まことにありがとうございます。なんにもおもてなしはございませんが、どうぞゆっくりおあそびくださいまし」 と、乙姫さまはいって、ていねいにおじぎしました。やがて、たい[#「たい」に傍点]をかしらに、かつお[#「かつお」に傍点]だの、ふぐ[#「ふぐ」に傍点]だの、えび[#「えび」に傍点]だの、たこ[#「たこ」に傍点]だの、大小いろいろのおさかなが、めずらしいごちそうを山とはこんできて、にぎやかなお酒盛(さかもり)がはじまりました。きれいな腰元(こしもと)たちは、歌をうたったり踊(おど)りをおどったりしました。浦島はただもう夢(ゆめ)のなかで夢を見ているようでした。 ごちそうがすむと、浦島はまた乙姫さまの案内(あんない)で、御殿(ごてん)のなかをのこらず見せてもらいました。どのおへやも、どのおへやも、めずらしい宝石でかざり立ててありますからそのうつくしさは、とても口やことばではいえないくらいでした。ひととおり見てしまうと、乙姫(おとひめ)さまは、 「こんどは四季のけしきをお目にかけましょう」 といって、まず、東の戸をおあけになりました。そこは春のけしきで、いちめん、ぼうっとかすんだなかに、さくらの花が、うつくしい絵のように咲き乱(みだ)れていました。青青(あおあお)としたやなぎの枝(えだ)が風になびいて、そのなかで小鳥がないたり、ちょうちょうが舞(ま)ったりしていました。 次に、南の戸をおあけになりました。そこは夏のけしきで、垣根(かきね)には白いう[#「う」に傍点]の花が咲いて、お庭の木の青葉(あおば)のなかでは、せみやひぐらし[#「ひぐらし」に傍点]がないていました。お池には赤と白のはすの花が咲いて、その葉の上には、水晶(すいしょう)の珠(たま)のように露(つゆ)がたまっていました。お池のふちには、きれいなさざ波(なみ)が立って、おしどり[#「おしどり」に傍点]やかも[#「かも」に傍点]がうかんでいました。 次に西の戸をおあけになりました。そこは秋のけしきで花壇(かだん)のなかには、黄ぎく、白(しら)ぎくが咲き乱れて、ぷんといいかおりを立てました。むこうを見ると、かっともえ立つようなもみじの林の奥(おく)に、白い霧(きり)がたちこめていて、しかのなく声がかなしくきこえました。 いちばんおしまいに、北の戸をおあけになりました。そこは冬のけしきで、野には散(ち)りのこった枯葉(かれは)の上に、霜(しも)がきらきら光っていました。山から谷にかけて、雪がまっ白に降り埋(うず)んだなかから、柴(しば)をたくけむりがほそぼそとあがっていました。 浦島は何を見ても、おどろきあきれて、目ばかり見はっていました。そのうちだんだんぼうっとしてきて、お酒に酔(よ)った人のようになって、何もかもわすれてしまいました。
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