打印本文 打印本文 关闭窗口 关闭窗口

漫言一則(まんげんいっそく)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-31 11:02:59 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语

底本: 現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集
出版社: 筑摩書房
初版発行日: 1969(昭和44)年6月5日
入力に使用: 1985(昭和60)年11月10日初版第15刷
校正に使用: 1977(昭和52)年4月20日初版第7刷

 

われかつて徒然草つれ/″\ぐさを読みける時、撰みて持つべき友の中に病ひある人を数へたり。いかにも奥ゆかしき悟りきつたる言葉と思ひて友にも語りける事ありけり。然るに頃者このごろ米国の宣教師某を訪ひたる時、其卓上に日常のいましめを記せるを見る。其中に言へる事あり、病ある人を友として親しむ可からずと。
 われつて英人なる宣教師某と相携へて花を艶陽の中ばに観る。わが花を賞するの心はわが時を惜む情より多かりければ、花王樹下に佇立ちよりつする事やゝしばらくせり。某即ち怪んで曰く、何事の面白きぞ。余曰く、この花の面白からずと思はるゝ所ありや、われはこの花に対して魂魄こんぱく既に花心にありと言ひけるに、驚いて再び曰ふ、さてもさても日本は風趣に富める国かな。われら実際的の国民なる英人に取りては、ても花の下に終日浮かれぞめくの興をむさぼることは覚束おぼつかなしと。
 偶然の事なれども、以て東西人心の異なれるを知るに足るべし。われは花なき邦に生れて富める人とならんよりも、花ある邦に生れて貧しき世を送らん事を楽しむ。

(明治二十五年四月)




 



底本:「現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集」筑摩書房
   1969(昭和44)年6月5日初版第1刷発行
   1985(昭和60)年11月10日初版第15刷発行
初出:「函東會報告誌 二三號」小田原・函東會
   1892(明治25)年4月19日
入力:kamille
校正:鈴木厚司
2005年5月18日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • 「濁点付きくの字点」は「/″\」で表しました。
[1] [2] [下一页]



打印本文 打印本文 关闭窗口 关闭窗口