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半七捕物帳(はんしちとりものちょう)47 金の蝋燭

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/8/28 18:46:48 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


     四

 お由は下総しもうさの松戸の生まれで、去年の三月からこの家に奉公して、今まで長年ちょうねんしているのであった。ことし十八で、いわゆる山出しの世間見ずではあるが、正直一方に働くのを取得とりえに、主人夫婦にも目をかけられていた。そういう女であるから、宗兵衛夫婦のあいだにどんな秘密がひそんでいるかを勿論知っている筈はなかった。彼女は幸次郎に嚇されて、ただふるえているばかりであったが、それでも途切れ途切れにこれだけの事を語り出した。
「旦那とおかみさんとは去年の夏頃からたびたび喧嘩をしていました。去年の暮に一旦別れるような話もありましたが、まあ其の儘になっていたのです。今月の二日の晩に、おかみさんは宵から出て行きましたが、出先でまた旦那と喧嘩をしたと見えて、散らし髪になって真っ蒼な顔をして帰って来て、癪が起ったと云って暫く横になっていました。それから奥へはいって何か探し物でもしている様子でしたが、やがてわたくしを呼んで、本所まで駕籠を一挺頼んで来てくれというので、すぐに表通りの辻倉へ呼びに行きました。おかみさんがその駕籠に乗って出たあとへ、ひと足違いで旦那が帰って来ましたから、おかみさんはこうこうですと話しますと、旦那はすぐに奥へはいって、これも何か探し物をしているようでしたが、わたくしには何も云わずに、あわてて表へ出て行きました。その晩の四ツ過ぎに、旦那はひとりで帰って来ましたが、おかみさんはそれぎり帰りません。旦那の話では、おかみさんは体が悪いので箱根へ湯治にやったということでした」
「それは二日の晩のことで、旦那はそれから毎日どうしていた」と、半七は訊いた。
「それから毎日どっかへ出て行きました。ゆうべも日が暮れてから帰って来て、わたくしにお湯へ行って来いと云いますから、近所のお湯屋へ行って来ますと、その留守のあいだに旦那は着物を着かえて、小さい包みを持って、旅へ出るような支度をしていて、おれもこれから箱根まで行って、十日とおかばかりすると帰って来ると云い置いて出ました」
 きのうの今日であるから、お由はまだ両国の噂を聞いていないのであった。正直者の彼女は旦那のいうことを一途いちずに信じて、おかみさんの帰らないのをさのみ怪しんでもいなかったらしい。半七は更に訊いた。
「おかみさんは駕籠に乗って、本所のどこへ行ったか知らねえか」
「本所と聞いたばかりで、どこへ行ったか存じません」
「本所に親類か知人しるべでもあるのか」
「本所からは増さんという人が時々に見えますが、うちはどこにあるのか存じません」
「おかみさんの駕籠は辻倉だね」
「そうでございます」
「じゃあ、表の辻倉まで行って来てくれ」と、半七は幸次郎に云いつけた。「二日の晩にここのおかみさんをかついで行った駕籠屋を調べて、本所のどこまで送ったか訊きただして来るのだ」
 幸次郎はすぐに出て行った。その帰るのを待っているひまに、半七は家内を見まわると、寄付き、茶の間、座敷、納戸なんど、女中部屋の五間いつまで、さすがは小金でも貸して暮らしているだけに、家内はきちんと片付いて、小綺麗に住んでいるらしく見えた。台所へ出ると、柱には細長い竹の紙屑籠が掛けてあった。
「おい。この紙屑はこのごろ売ったかえ」
「屑屋さんは先月の晦日みそかに来て、それぎり参りません」と、お由は答えた。
 半七は紙屑籠をおろして、念のために紙屑をつかみ出した。それを一々ひろげて丹念に調べているうちに、底の方から半紙の屑を発見した。半紙は幾きれにも引き裂いて丸めてあるので、その皺を伸ばして継ぎ合わせてみると、女の筆の走り書きで、書いては消し、消しては書き、どうも思うように書けないので、中途で引き裂いて紙屑籠へ押し込んでしまったらしい。したがって、文意はよく判らないが、ともかくも、「五年前のことを忘れたか――不人情な男――死んで恨みを晴らしてやる――蝋燭が物を云う――」と、これだけの事はおぼろげに推察された。
 蝋燭が物を云うは、お光の口からも洩らされているので、別に新らしい発見でもなかったが、五年前のことを忘れたか――この一句は半七の胸に強く響いた。それによると、金の蝋燭にからんだ一種の秘密は五年以前の出来事であるらしい。江戸城本丸の金蔵破りは先々月の六日であるから、五年以前の出来事と無関係であるのは判り切っている。金蔵やぶりの盗賊が証拠湮滅いんめつのために、小判を地金に鋳潰して蝋燭に作り換えたものではないかと、今までひそかに見込みを付けていたのであるが、その推定は土台から引っくり返されることになった。五年以前の秘密、それが何であるかを改めて詮索しなければならないと、半七は思った。
 勿論、一つの犯罪を探索しているうちに、その見込み違いから、更に犯罪を発見するような例は、これまでにもしばしば経験があるので、半七は今さら驚くという程でもなかったが、見込み違いは確かに見込み違いである。彼は一種の失望を感じた。
 そこへ幸次郎が威勢よく飛び込んで来た。彼は半七を座敷へひき戻して口早にささやいた。
「親分、さかなはやっぱり大きいようです。辻倉の若い者に訊いたら、ここのおかみさんを乗せて行った先は、本所のももんじい屋の近所の錺屋かざりやだそうですよ」
 ゆく先が錺屋というので、彼は大いに意気込んでいるらしいが、今の半七の考えはもう違っていた。然し金の蝋燭をかかえて身を投げた女――それが、古今に例のない不思議の出来事であるだけに、彼の職業的興味は再び湧き起った。それが五年前の出来事であるにもせよ、金蔵やぶりと無関係であるにもせよ、進んでその秘密をあばかなければならないと思うにつけて、金の蝋燭と錺屋、そこに離るべからざる連絡を見いだしたのを喜んだ。彼はお由を座敷へ呼んで訊いた。
「おい、本所から来る増さんというのは、錺屋かえ」
「はい。錺屋さんだそうでございます」
「なんの用で来るのか知らねえか」
「やっぱりお金を借りに来るようです」
「この女じゃあらちが明きますめえ」と、幸次郎は催促するように云った。「なにしろ早いが勝だから、すぐ本所へ廻りましょう」
「むむ。出かけよう」
 お由には当分おとなしくしているように云い聞かせて置いて、半七と幸次郎は更に本所へむかった。駒止こまどめ橋の近所で錺屋の増さんと訊くと、すぐに知れた。
「あの店におしゃべりらしいかかあがいる。あすこへ寄って内聞ないぎをしてみろ」
 半七に指図されて、幸次郎は路ばたの魚屋へ立ち寄った。店さきで盤台を洗っている女房に話しかけて、錺屋の噂を聞き出すと、果たして彼女は口軽にいろいろのことをしゃべった。錺屋の増蔵は三十二三で、去年の春に女房に死に別れ、今では小僧と二人暮らしの男世帯である。腕はなかなかにいい職人であるが、女房をなくしてから道楽を始めて、諸方に義理の悪い借金が出来たらしいという。それで大抵の見当も付いたので、二人は錺屋へたずねて行くと、小僧がぼんやりと店に坐っていて、親方は二階に寝ていると答えた。
 呼びおろされて出て来た増蔵はほろよい機嫌であったが、これは山出しのお由とちがって、江戸生え抜きの職人であるだけに、半七らが唯の人でないことに早くも気がついたらしく、俄かに形をあらためて丁寧に挨拶した。
「わたくしは増蔵でございますが、なんぞ御用でございますか」
「おれは三河町の半七だが、内の者はまだ誰も来ねえかね」
「いえ、どなたも……」と、増蔵は不安らしく相手の顔をみあげた。
「まだここらまでは廻って来ねえか。遅い奴らだな。じゃあ、すぐに御用に取りかかろう。本来ならば番屋へ引っ張って行くのだが、近所の手前もあるだろうから、ここで訊くことにするよ」
 小僧を奥へ追いやって、半七は店にあがり込んだ。よもやとは思うものの野暮やぼに立ち騒いだらば直ぐに押える積りで、幸次郎は店さきに腰をかけていた。
 しかし相手は案外におとなしく、半七の調べに対して正直に答えた。
「まことに恐れ入りました。実はきのう両国の仮橋の下から女の死骸が揚がって、それが金の蝋燭をかかえていたという噂を聞きまして、すぐに訊きに行きますと、確かに見おぼえのある人でしたから、そこで正直にお係りのお方に申し上げようかと思ったのですが、なんだか気が咎めて其のままそっと帰って来てしまいました。それがためにいろいろお手数てかずをかけまして相済みません」
「おめえは以前から田町の宗兵衛を識っているのか」
「いえ、去年の九月頃からでございます。実は去年の正月に女房をなくしまして、それからちっとばかり道楽を始めたので、ふところがだんだん苦しくなりまして……。そのうちに、吉原の若い者の喜助という者と懇意になりまして、その喜助が袖摺稲荷の近所にいる宗兵衛という金貸しを識っているというので、喜助の世話でそこから小金を借りることになって、それからまあ足を近く出這入りをするようになりました」
「宗兵衛からよっぽど借りたか」
「一度にたんと借りたことはございません。せいぜい二か三歩でしたが、それでもだんだんに元利が溜まってしまいまして、今では七、八両になって居ります」
「七、八両……。職人にしては大金だ。それを宗兵衛は催促しねえのか」
「ちっとも催促しないで、いつもいい顔をして貸してくれました。あとで考えると、それには少し思惑おもわくのあることで……。先月のはじめに田町の家へたずねて参りますと、宗兵衛は一本の大きい蝋燭を出して見せまして、おまえは商売だから金銀細工の地金屋じがねやを知っているだろう。これを一度に持って行くとおかしく思われるから、幾つかに分けて方々の地金屋へ持って行って、相当の相場で売って来てくれ。その働き賃には今までの借金を帳消しにするばかりでなく、相場によっては又幾らかの手数料をやるというのです。わたくしも慾が手伝って、無分別に請け合って、一本の蝋燭をあずかって帰って、念のために蝋燭の横っ腹へ小さい穴をあけて見ると、なるほど金がはいっているのです。金無垢きんむくの伸べ棒を芯にした蝋燭……不思議な物もあるものだと思うに付けて、わたくしは又急に気味が悪くなりました。宗兵衛という人はどうしてこんな物を持っているのだろうと、翌日また出直して仔細を訊きに行きました」
「宗兵衛はなんと云った」
「おまえは知るまいが、京大阪の金持は泥坊の用心に、こういう物をこしらえて置く。どんな泥坊が徒党を組んで押し込んで来ても、蝋燭なんぞには眼をかけないから、こうして隠して置くのが一番確かだ。もう一つには、それが通用の小判であると、自分もとかくに手を付けて使い勝だから、地金のままで仕舞って置くのが無事だということになっている。町屋まちやばかりでなく、諸大名の屋敷でも軍用金はこうして貯えて置くのだと、そう云うのです」
 そんなことが本当にあるか無いかを、半七もよく知らなかった。幸次郎は勿論知らなかった。二人は唯だまっていると、増蔵は猶も語りつづけた。
「それでまあ不審は晴れたのですが、わたくしのような貧乏人が金のかたまりを持ち歩いても、どこでも滅多めったに取り合ってくれそうもありませんから、どうしたものかと考えているうちに、つい花どきだものですから田町へ行って又一両借りてしまいました。そんなわけで、いよいよ退引のっぴきならない羽目はめになって、わたくしも困っているところへ、この二日の晩に宗兵衛のおかみさんが駕籠で乗り付けて来て、ここの家にあずけてある蝋燭をかえしてくれというのです。その様子が何だかおかしい。おかみさんは散らし髪で眼の色が変っていて、どうも唯事ではないらしく、夫婦喧嘩でもして来たらしいので、大事の品をうっかり渡していいかどうだかと、わたくしは又困っていると、おかみさんは凄いような顔をして是非渡せと云う。そうなると、猶さら不安になって来て、旦那が来なければ渡されないと云う。いや、渡せと云う。しまいには喧嘩腰になって争っているところへ、いい塩梅あんばいに宗兵衛も駕籠に乗って来てくれました。その顔をみても、おかみさんは黙っていて口を利きません。それを宗兵衛が無理に二階へ連れて行って、どういう風になだめたか知りませんが、まあ仲直りをしたような様子で、夫婦は無事に二階を降りて来ました。もう四ツ時分だから駕籠を呼ばせようかと云いましたが、そこらへ出て辻駕籠を拾うからと云って、二人は細雨こさめのふる中を出て行きました」
「その蝋燭はどうした」
「女房がやかましいから一旦返してくれと宗兵衛が云うので、わたくしも厄介払いをしたような心持で、すぐに返してやりました。その時におかみさんは、まだ何本かの蝋燭を重そうに抱えているようでした」
「それからどうした」
「それから先のことはなんにも知りません。夫婦は無事に田町へ婦ったものだと思っていると、実に案外の始末でびっくりしました。たぶん帰り路で二度の喧嘩をはじめて、おかみさんは両国の仮橋から飛び込んだのだろうと思います。宗兵衛はどうしたのか、田町へ様子を見に行こうと思いながら、うっかり出て行って飛んだ係り合いになっても詰まらない。といって、知らん顔をしているのも義理が悪いようで、なんだか心持が好くないもんですから、昼間から湯にはいって一杯飲んで、二階で横になっていたところです」
 気の弱い職人の申し立てはこれで終った。

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