女は
「おまえは人か鬼か。一体どこから来た」と、梁は訊いた。
「わたくしは
それを聞いて諸生らは喜んだ。梁にはまだ定まった妻がないので、神が楊州から彼に美人を送って来たのであろうと言った。梁もそうであろうかと思って、結局連れて帰って自分の妻としたが、あとで聞くと彼女は楊州でも人に知られた
梁はそれから十数年の後、大いに立身して高官にのぼった。妻は数人の子女を儲けて夫婦むつまじく暮らした。
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中国怪奇小説集(ちゅうごくかいきしょうせつしゅう)12続夷堅志・其他(金・元)
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作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-27 17:58:35 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 | |||
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女は 「おまえは人か鬼か。一体どこから来た」と、梁は訊いた。 「わたくしは それを聞いて諸生らは喜んだ。梁にはまだ定まった妻がないので、神が楊州から彼に美人を送って来たのであろうと言った。梁もそうであろうかと思って、結局連れて帰って自分の妻としたが、あとで聞くと彼女は楊州でも人に知られた 梁はそれから十数年の後、大いに立身して高官にのぼった。妻は数人の子女を儲けて夫婦むつまじく暮らした。 (同上)
張はすでに老いて、ただ一人の男の児を持っているだけであったが、その児が十四、五歳になった時に病死したので、張夫婦は老後の頼りを失った悲しみに泣き叫んで、わが子と共に死にたいと嘆いた。その翌日になっても死体を埋葬するに忍びないので、瓦を積んで 「わたしの児はまた活きて来る」と、彼は言った。 それを愚痴と笑う者もあれば、 「わたしの児は果たして生き返ったぞ」 瓦を 「はじめ 張はそれを聞いて、即刻に殺生のわざをやめることにした。彼は網や 「あなたも生き返っておいでになったのですか」 「わたしは死んだ覚えはない」と、僧は怪しんで答えた。 「わたくしは冥府へ行った時に、あなたを見ました」と、張の児は言った。「あなたは宮殿の角の 僧は大いにおどろいた。彼は腋の下に腫物を生じて、三年も癒えないのであった。そんなことを知ろう筈のない張の児に言い当てられて、彼は怖ろしくなった。彼はそれから一室に閉じ籠って毎日怠らずに経を呼んでいると、三年の後に腫物はおのずから癒えた。 (同上〉
馬絆 ![]() ![]() 途中のある駅に着いた時に、駅の役人が注意した。 「きょうももう暮れました。江のほとりには ![]() その言葉は ![]() そこで、 ![]() 「わたしは万里の遠方から来て、ここに仕官の身の上である。もし私に天禄があるならば、死ぬことはあるまい。天禄がなければ、あえて死を恐るるものではない」 時に月のひかり薄明るく、小さい家のような巨大な物がころげるように河のなかにはいった。風なまぐさく、浪もまたなまぐさく、 ![]() 「あれはなんだ」 「馬絆です」 「馬絆とはなんだ」 土地の者は手をふって答えない。 「なんという大胆なことを……。 「馬絆とはなんだ」と、 ![]() 「 馬絆といい、馬黄精といい、いずれも (遂昌雑録)
廬山の蟒蛇 そのうちに二人の 取り残された樵夫は声を限りに叫んだが、どうすることも出来なかった。巣に余っている蜜をすすってわずかに飢えを凌いでいながら、どこにか昇る路はないかと、石の裂け目を 穴は深く暗く、その奥に ある日、雷鳴がきこえると、穴のなかの物は俄かにのたくり出した。雷鳴が再びきこえると、物は穴から抜け出して行こうとするのである。 「どうで死ぬのは同じことだ」 樵夫は覚悟して、その (湛園静語)
答刺罕 「答刺罕と書いてあるのは、朝廷から封ぜられたのですか。それとも本人の 「夫人の先祖が (山居新話)
道士、潮を退く 然るに、 やがて使者が迎いに行ったが、真人はその 彼は法服に着かえ、鉄符をたずさえて舟に登った。大勢の人びとは岸にあつまって眺めていると、金の それから数日の後、別のところに 道士が塩官州へくだったのち、朝廷からさらに天師に命令があったので、天師も (隠居通議)
底本:「中国怪奇小説集」光文社 1994(平成6)年4月20日第1刷発行 ※校正には、1999(平成11)年11月5日3刷を使用しました。 入力:tatsuki 校正:小林繁雄 2003年7月31日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。 ●表記について
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