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中国怪奇小説集(ちゅうごくかいきしょうせつしゅう)06宣室志(唐)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-27 17:45:31 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


   玄陰池

 太原たいげんの商人に石憲せきけんという者があった。唐の長慶ちょうけい二年の夏、北方へあきないに行って、雁門関がんもんかんを出た。時は夏の日盛りで、旅行はすこぶる難儀であるので、彼は路ばたの大樹の下に寝ころんでいるうちに、いつかうとうとと眠ってしまった。
 たちまちにそこへ一人の僧があらわれた。かれは褐色かっしょく法衣ころもを着て、その顔も風体ふうていもなんだか異様にみえたが、せきにむかって親しげに話しかけた。
「われわれは五台山の南にいおりを構えていた者でござるが、そのあたりは森も深く、水も深く、塵俗じんぞくを遠く離れたところでござれば、あなたも一緒にお出でなさらぬか。さもないと、あなたは暑さにあたって死にましょうぞ」
 実際暑さに苦しんでいるので、石はその言うがままに誘われてゆくと、西のかた五、六里のところに果たして密林があって、大勢の僧が水のなかを泳ぎまわっていた。
「これは玄陰池げんいんちといい、わが徒はここに水浴して暑気を凌ぐのでござる」
 僧はこう説明して、彼を案内した。石はそのあとに付いて池のまわりをめぐっているうちに、ふと気の付いたのは大勢の僧の顔がみな一様で、どの人の眼鼻も少しもことなっていないことであった。やがて日が暮れかかると、僧はまた言った。
「お聴きなされ、衆僧がこれから梵音ぼんおんを唱え始めます」
 石は池のほとりに立って耳をかたむけていると、たちまちに水中の僧らが一斉に声をそろえて、なにかわからない梵音を唱え出した。その声が甚だ騒々しいと思っていると、一人の僧が水中から手を出して彼を引いた。
「あなたも試しにはいって御覧ごらんなされ。決して怖いことはござらぬ」
 引かるるままに彼は池にはいっていると、その水の冷たいこと氷のごとく、思わずぞっと身ぶるいすると共に、半日の夢は醒めた。彼はやはり元の大樹の下に眠っていたのである。しかしその衣服はびしょ湿れになっていて、からだには悪寒さむけがするので、彼は早々にそこを立ち去って、近所の村びとの家に一夜を明かした。
 翌日は気分もくなったので、きのうの通りにあるき出すと、路ばたにかわずの鳴く声がそうぞうしくきこえた。それがかの僧らのいわゆる梵音に甚だ似ているので、彼は俄かに思い当ることがあった。夢のうちの記憶をたどりながら、五、六里ほども西の方角へたずねて行くと、そこには深い森もあり、大きい池もあった。池のなかにはたくさんの蛙が浮かんでいた。
「坊主の正体はこれであったか」
 彼はその蛙を片端から殺し尽くした。

   鼠の群れ

 洛陽らくよう李氏りしの家があった。代々の家訓で、生き物を殺さないことになっているので、大きい家に一匹の猫をも飼わなかった。鼠を殺すのをむが故である。
 唐の宝応ほうおう年中、李の家で親友を大勢よびあつめて、広間で飯を食うことになった。一同が着席したときに、門外に不思議のことが起ったと、奉公人らが知らせて来た。
「何百匹という鼠の群れが門の外にあつまって、なにか嬉しそうに前足をあげて叩いて居ります」
「それは不思議だ。見て来よう」
 主人も客も珍しがってどやどやと座敷を出て行った。その人びとが残らず出尽くしたときに、古い家が突然にくずれ落ちた。かれらは鼠に救われたのである。家が頽れると共に、鼠はみな散りぢりに立ち去った。

   陳巌の妻

 舞陽ぶようの人、陳巌ちんがんという者が東呉とうご寓居ぐうきょしていた。唐の景龍けいりゅうの末年に、かれは孝廉こうれんにあげられて都へゆく途中、渭南いなんの道で一人の女に逢った。かれは白衣はくいをつけた美女で、たもとをもって口をおおいながら泣き叫んでいるのである。
 見すごしかねてその子細をきくと、女は泣きながら答えた。
「わたくしはの人で、こうという姓の者でございます。父はこころざしの高い人物として、湘楚しょうそのあいだに知られて居りましたが、山林に隠れて富貴栄達ふっきえいたつを望みませんでした。しかしはい国のりゅうという人とは親しい友達でありまして、その関係からわたくしはその劉家へ縁付えんづくことになりました。それから丁度十年になりまして、自分としてはなんの過失あやまちもないつもりで居りますのに、夫は昨年から更に氏の娘をめとりましたので、家内に風波が絶えません。又その女が気の強い乱暴な生まれ付きで、わたくしのような者にはしょせん同棲はできません。そんなわけで、逃げ出したような、逐い出されたような形で、劉家を立ち退いたのでございますが、どこへ行くという目的めあてもないので、こうして路頭ろとうに迷っているのでございます」
 陳は律義りちぎ一方の人物であるので、初対面の女の訴えることをすべて信用してしまった。なにしろ行く先がなくては困るであろうと、一緒に連れ立って行くうちに、いつか夫婦のような関係が結ばれて、都へのぼって後も永崇里えいそうりというところに同棲していた。然るにこの女、最初のあいだは大層つつましやかであったが、だんだんに乱暴の本性ほんしょうをあらわして、時には気ちがいのようになって我が夫に食ってかかることもあるので、飛んだ者と夫婦になったと、陳も今さら悔んでいた。
 ある日、陳が外出すると、その留守のあいだに妻は夫の衣類をことごとく庭先へ持ち出して、みなずたずたに引き裂いたばかりか、夕方になって陳が戻って来ると、彼女は門を閉じて入れないのである。陳も怒って、門を叩き破って踏み込むと、前に言ったような始末であるので、彼はいよいよ怒った。
「なんで夫の着物を破ってしまったのだ」
 その返事の代りに、妻は夫にむしり付いた。そうして、今度はその着ている物をむやみに引き裂くばかりか、顔を引っ掻く、手に食いつくという大乱暴に、陳もほとほと持て余していると、その騒動を聞きつけて、近所の人や往来の者がみな門口かどぐちにあつまって来た。そのなかに※(「赤+おおざと」、第3水準1-92-70)居士かくこじという人があった。かれは邪をはらい、魔をくだすの術をよく知っていた。
 居士は表から女の泣き声を聞いて、あたりの人にささやいた。
「あれは人間ではない。山に棲むけものに相違ない」
 それを陳に教えた者があったので、陳は早速に居士を招じ入れると、妻はその姿をみて俄かに懼れた。居士は一紙の墨符ぼくふを書いて、くうにむかってなげうつと、妻はひと声高く叫んで、屋根がわらの上に飛びあがった。居士はつづいて一紙の丹符たんぷをかいて投げつけると、妻は屋根から転げ落ちて死んだ。それは一匹の猿であった。
 その後、別に何の祟りもなかったが、陳はあまりの不思議に渭南をたずねて、果たしてそこに劉という家があるかと聞き合わせると、その家は郊外にあった。主人の劉は陳に向ってこんな話をした。
「わたしはかつて弋陽よくようじょうを勤めていたことがあります。その土地には猿が多いので、わたしの家にも一匹を飼っていました。それから十年ほど経って、友達が一匹の黒い犬を持って来てくれたので、これも一緒に飼っておくと、なにぶんにも犬と猿とは仲が悪く、猿は犬にまれて何処へか逃げて行ってしまいました」



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