この青蛙堂の広間で、俳句や
主人からそれぞれに紹介されて、例のごとくに
「例会は大抵午後五時か六時からお集まりを願うことになって居りますが、こんにちはお話し下さる
きょうの席上に新しい顔の多い
「支那の怪奇談と申しましても、ただ漫然と怪談を語るのも無意義であるというお説もございますので、皆様がたにお願い申しまして、遠くは
さらに一言申し添えて置きたいと存じますのは、それらの〈志怪の書〉が遠い昔から我が国に輸入されまして、わが文学や伝説にいかなる影響をあたえたかということでございます。かの『今昔物語』を始めとして、室町時代、徳川時代の小説類、ほとんどみな支那小説の影響を
そんなわけでありますから、明治以前の文学や伝説を研究するには、どうしても先ず
ひと口に小説筆記と申しましても、その範囲があまりに広汎になりますので、こんにちは
主人の挨拶はまだ長かったが、大体の趣意はこんなことであったと記憶している。それが終って、きょうの講演者が代るがわるに講話を始めた。火ともし頃に晩餐が出て、一時間ほど休憩。それから再び講話に移って、最後の『閲微草堂筆記』を終ったのは、夜の十一時を過ぐる頃であった。さらに茶菓の御馳走になって、十二時を合図に散会。秋雨
この日の講話が速記者幾人によって速記されていたことを知っているので、わたしはその後に青蛙堂を訪問して、その速記の原稿を借り出して来て、最初から繰り返して読んだ。速記のやや
言うまでもないことであるが、これらの書はみなその分量の多いものであるから、勿論その全部が紹介されているわけではない。
原本には