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近松半二の死(ちかまつはんじのし)
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作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-27 10:39:01 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 | ||||||||||
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登場人物 (下の方よりは板橋をわたりて、醫者が供の男を連れて出づ。)
供の男 (枝折戸の外にて呼ぶ)頼まう。
おきよ はい、はい。
(奧の襖をあけて、女中おきよ出で、すぐに庭に降りて枝折戸をあけ、醫者を見て
醫者 御病人はどうだな。
おきよ けふもやはり机に向つてゐられます。
醫者 けふも机に……。(顏をしかめる)
おきよ (屏風の外にて)お醫者樣がおいでなされました。
(半二はだまつてゐる。)
おきよ もし、お醫者樣のお見舞でござります。
半二 (うるささうに)今はすこし忙がしいところだ。又お出で下さいと云つてくれ。
醫者 はゝ、相變らず我儘な病人だ。(おきよに)まあ、屏風をあけなさい。
(おきよは屏風をあけると、近松半二、五十九歳、寢床の上に坐りて机にむかひ、病中ながら淨瑠璃をかきつゞけてゐる。)
醫者 あいにくお天氣はすこし曇つたが、陽氣は大分春めいて來ましたな。
半二 (よんどころなく筆を
(おきよは奧に入る。)
醫者 今年はいつもよりも餘寒が長かつたから、急に又、暖かになるかも知れません。(云ひながら半二の顏を見る)そこで、どうです。ちつとは良いやうですな。
半二 (笑ふ)良いか惡いか自分にも判りませんが、なにしろ書きかけてゐる物が氣になるので、けふも朝から起きてゐました。
醫者 それがどうも
半二 おとなしくしてゐれば癒りませうか。
醫者 癒る、癒る。きつと癒ります。
半二 わたしも癒りたいのは山々だが……。それがどうもむづかしさうに思はれるので、せめて書きかけてゐる物だけをしまひまで仕上げて置きたいと、かうして床の上に起きてゐるのですから、我儘な奴だと叱らないで下さい。
醫者 どうも困るな、まあ、まあ、お脈を拜見。
(半二は澁々ながらに手を出せば、醫者は脈をみる。おきよは銅盥と手拭を持つて出で、醫者のそばに置きて奧に入る。鶯の聲。)
半二 どうです。きのふよりも惡くなりましたか。
醫者 さあ。(躊躇して)別に惡くなつたと云ふ程でもないが、なにしろ病人が床の上に起き直つて、よるも晝も書きづめでは、
(醫者は手を洗つてゐると、おきよは奧より茶を持つて出づ。)
醫者 いや、もうお構ひなさるな。くどいやうだが、半二どの。十日の辛抱が出來なければ、せめて三日か五日のあひだは、仕事を休んで寢てゐて下さい。かならず無理をしてはなりませんぞ。
半二 (うるさゝうに)はい、はい。
醫者 では、どうぞお大事に……。
(醫者はおきよに送られて、供の男と共に枝折戸の外へ出づ。半二はすぐに机の方へむき直りて筆を
供の男 これからどちらへ參ります。
醫者 やはり昨日の通りだ。
(二人は向うへ行きかゝる時、下のかたよりお作、十八九歳、祇園町の
お作 (呼びとめる)もし、もし……。
醫者 (みかへる)おゝ、お作どのか。
お作 (進みよる)早速でござりますが……。(内を
醫者 (嘆息して)お氣の毒だが、どうも宜しくない。
お作 (愁はしげに)惡うござりますか。
醫者 一日ましに惡くなるばかりだ。あれほどの大病人が起きてゐては、どうにもしやうがない。あんな無理をしてゐては、所詮長くは持つまいと思はれる。
お作 さうでござりませうな。
醫者 今殺すのは惜しい人だから、わたしも色々心配してゐるのだが。なにしろ強情だからな。まま、お前からもよく意見をして下さい。
お作 はい。
(醫者は供の男と共に向うへ去る。お作はそのあとを見送り、更に枝折戸の外より内をうかゞふ。鶯の聲。)
お作 御免下さりませ。
(半二は見返らず、一心に書きつづけてゐる。)
お作 (再び呼ぶ)御免くださりませ。
おきよ (奧より出づ)おゝ、お出でなされましたか。どうぞこちらへ……。
(お作は内に入る。)
おきよ (半二に)お作さんがお出でなされました。
(半二はやはり默つてゐる。お作は打つちやつて置けと眼で知らすれば、おきよはそこにある茶碗を片附けて奧に入る。お作は無言にて持參の桃の花を床の間に生ける。)
半二 (初めて氣がつく)おゝ、お作どの……いつの間にか來てゐたな。
お作 御氣分は如何でござります。
半二 どうも良くないやうだ。いや、良くないのが本當らしい。(床の間をみる)桃の花を持つて來てくれたか。おゝ、見事に咲いてゐる。(違ひ棚を指す)やがて三月の節句が來るので、子供のない家でも雛を飾つた。
お作 (雛を見る)よほど古いお雛樣のやうでござりますな。
半二 それは十二三年前に染太夫から貰つたのだが……。いや、それで
お作 あの「妹脊山」の淨瑠璃は近年の大當りであつたと、わたしも子供のときから聽いて居りました。去年も竹田の芝居で「妹脊山」が又出るといふので、わざ/\大阪まで見物にまゐりましたが、今度もやはり大層な評判でござりました。
半二 さうは云つても書きおろしの時にくらべると、半分も日數が打てない。わづか十二三年の違ひだが、操りが一年ごとに
(云ひかけて半二は咳き入る。お作は立寄つて脊を撫でさする。)
半二 この机は……。この机は門左衞門先生が形見のお机だ。先生はこの机で「
お作 御病氣のなかで、そのやうに氣をお揉みなされては惡うござります。歌舞伎が榮えて、あやつりが衰へたと申しても、廣い世間には淨瑠璃好きはまだ/\澤山ござります。
半二 淨瑠璃を聽く者はあるだらうが、操りを觀る者はだん/\に減つて來る。論より證據、竹本も豐竹も
(奧よりおきよは藥を持つて出づ。)
おきよ 大分お咳が出るやうでござりますな。
お作 丁度よいところへ……。(藥を受取る)さあ、お藥が出來ました。
(お作は半二に藥を飮ませる。)
おきよ (お作に)お醫者樣は少し仕事を止めてゐろと仰しやるのでござります。
お作 わたしもさう思つてゐますが……。(半二に)さつきから餘ほどお疲れのやうでござります。ちつお休みなされませ。
(お作とおきよは半二を寢かさうとすれば、半二は力なげに振拂ふ。)
半二 いや、なか/\寢てゐられない。醫者がなんと云はうとも筆を持ちながら倒れゝばわたしは本望だ。さあ、邪魔をしないで退いてくれ、退いてくれ。どうで長く生きられないのは自分にも判つてゐる。息の通つてゐるうちに、遣りかけてゐる仕事を片附けてしまはなければならないのだ。
(女ふたりは爭ひかねて、顏を見合せながら手を弛むれば、半二は机に
若者 御免くだされ。
おきよ はい、はい。
(おきよは縁を降りて出れば、庄吉も進み出づ。)
庄吉 おゝ、女中さん。道頓堀から又おなじみのおどけ者が參りました。
おきよ (笑ひながら)ほゝ、先日は失禮を……さあ、どうぞお通り下さりませ。
(おきよは枝折戸をあける。道頓堀といふ聲に、半二もお作も見返る。)
半二 なに、道頓堀……おゝ、庄吉どのか。
庄吉 けふは山科の隱れ家へ
半二 戸南瀬と小浪……。誰だな。
染太夫 先生。わたしでござります。
半二 おゝ、染太夫……。吉治さんも一緒か。
吉治 戸南瀬と小浪よりも、
染太夫 (庄吉をみかへる)いや、伴内はこの男が本役だ。
(染太夫、吉治、庄吉は笑ひながら縁にあがる。お作とおきよはそこらを片附ける。)
半二 この通りの狹いところへ病人が寢てゐるのだ。まあ、我慢して坐つてください。
(三人は會釋して坐る。)
半二 染太夫さん。今もおまへの噂をしてゐた所だ。
染太夫 (笑ひながら)噂は善い方か、惡い方かな。
庄吉 大かた
染太夫 やかましい。だまつてゐなさい。
半二 なに、いつかの「妹脊山」の雛の話をしてゐたのだ。(違ひ棚を指さす)あれ、あの人形の昔話さ。
染太夫 (うなづく)ほんにあの人形がまだ飾つてある。考へると昔のことだな。
吉治 そこで、御病氣は……。大阪でもみな案じて居りますが……。
庄吉 座元がお見舞ながら伺はなければならないのでござりますが、正月の芝居のあと始末がまだごた/\して居りますのでこの
半二 おゝ、虎屋の饅頭……。それを見ると、大阪がなつかしくなる。お見舞、たしかに頂戴しました。
庄吉 御挨拶では痛み入ります。(供の若者に)わたし達は少し手間取るであらうから、この状を持つて
若者 かしこまりました。
庄吉 きつと返事を貰つて來るのだぞ。さつき云ひ聞かせた
若者 はい、はい。手負ながらもぬからぬ本藏、萬事こゝろ得て居ります。(會釋して下のかたへ立去る)
庄吉 あいつめ、おれに輪をかけたおどけ者だ。
半二 折角遠方を來て下さつたが、この通りで何もお構ひ申すことも出來ない。お持たせの饅頭でも持ち出して、お茶をあげろ。
おきよ はい、はい。
(おきよとお作は奧に入る。)
庄吉 (見送る)お女中はかねてお馴染でござりますが、あの若い美しいお人は……。
染太夫 はゝ、庄吉どのは眼が早いな。
吉治 女と見れば、いつもこの通りだ。
庄吉 力彌さんのお屋敷へ、小浪が先廻りをしてゐるには驚きましたな。
半二 (笑ひながら)あれは祇園町の揚屋の娘で、お作といふのだ。
庄吉 はゝあ、祇園町の揚屋の娘……。道理で、派手な美しい娘だと思ひました。それが先生の御看病に參るのでござりますか。
吉治 お前はひどく氣になるとみえて、根ほり葉掘りの詮議だな。
半二 おやぢは先年死んでしまつて、今は女あるじだが、おふくろも娘も揃つての、淨瑠璃好きで、娘は淨瑠璃の稽古をするひまに、自分も慰みに淨瑠璃をかいて、とき/″\私のところへ添削を頼みに來るのだ。
庄吉 あの娘が自分で淨瑠璃をかきますか。それはいよ/\頼もしいことだ。あゝいふ娘に色つぽい心中物でも書かせて見たうござりますな。して、これまでにどんな物を書きました。
染太夫 いや、この男は惡い癖で、女の話をはじめたら際限がない。それよりも肝腎の用向きを早く話したらどうだ。
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