一
誰かが
誰もがあっと言わせるようなことを言わないのは、誰もあっと言わせるような話の種を持っていないということになる。そのうちに一座のジョンスが最近ヨークシャーにおける銃猟の冒険談をはじめると、今度はボストンのトンプキンス氏が、人間の労働供給の原則を
それによると、アッチソンやトペカやサンタ・フェ方面に
すると、今度はトムボラ氏が、彼の祖国のイタリー統一は、あたかも偉大なるヨーロッパの造兵
この上にくわしくこの会合の光景を描写する必要はあるまい。要するに、私たちの会話なるものは、いたずらに
誰かがシガーを注文したので、私たちはその人のほうを見かえった。その人はブリスバーンといって、常に人びとの注目の
「不思議なこともあればあるものさ」と、ブリスバーンは口をひらいた。
どの人もみな話をやめてしまった。彼の声はそんなに大きくはなかったが、お座なりの会話を見抜いて、鋭利なナイフでそれを断ち切るような独特の
「まったく不思議な話というのは、幽霊の話なんだがね。いったい人間という奴は、誰か幽霊を見た者があるかどうかと、いつでも聞きたがるものだが、僕はその幽霊を見たね」
「馬鹿な」
「君がかい」
「まさか本気じゃあるまいね、ブリスバーン君」
「いやしくも知識階級の男子として、そんな馬鹿な」
こういったような言葉が同時に、ブリスバーンの話に浴びせかけられた。なんだ、つまらないといったような顔をして、一座の面めんはみなシガーを取り寄せると、
僕は長いあいだ船に乗っているので、
僕は今でもよくそれを覚えている。それは七月のある暑い朝であった。検疫所から来る一艘の汽船を待っている間、税関吏たちはふらふらと波止場を歩いていたが、その姿は特に
汽船が着くと、例の客引きたちはいち早く
カムチャツカというのは僕の好きな船の一つであった。僕があえて「あった」という言葉を使うのは、もう今ではその船をたいして好まないのみならず、実は二度と再びその船で航海したいなどという愛着はさらさら無いからである。まあ、黙って聞いておいでなさい。そのカムチャツカという船は船尾は馬鹿に綺麗だが、船首の方はなるたけ船を水に
「下の寝台の百五号だ」と、大西洋を航海することは、
給仕は僕の旅行鞄と外套と、それから毛布を受け取った。僕はそのときの彼の顔の表情を忘れろと言っても、おそらく忘れられないであろう。むろん、かれは顔色を変えたのではない。奇蹟ですら自然の常軌を変えることは出来ないと、著名な神学者連も保証しているのであるから、僕も彼が顔色を真っ蒼にしたのではないというのにあえて
「では、ど……」と、こう低い声で言って、彼は僕を案内して、地獄(船の下部)へ導いて行った時、この給仕は少し酔っているなと心のなかで思ったが、僕は別になんにも言わずに、その後からついていった。
百五号の寝台は左舷のずっとあとのほうにあったが、この寝台については別に取り立てて言うほどのこともなかった。カムチャツカ号の上部にある寝台の大部分は皆そうであったが、この下の寝台も二段になっていた。寝台はたっぷりしていて、北アメリカインディアンの心に
給仕は僕の手提げ鞄を下に置くと、いかにも逃げ出したいような顔をして、僕を見た。おそらくほかの乗客たちのところへ行って、祝儀にありつこうというのであろう。そこで、僕もこうした職務の人たちを手なずけておくほうが便利であると思って、すぐさま彼に小銭をやった。
「どうぞ行き届きませんところは、ご遠慮なくおっしゃってください」と、彼はその小銭をポケットに入れながら言った。
しかもその声のうちには、僕をびっくりさせるような
その日一日は別に変わったこともなかった。カムチャツカ号は定刻に出帆した。海路は静穏、天気は蒸し暑かったが、船が動いていたので
最初の二回ほど食堂へ出てみないうちは、この船の食事が良いか悪いか、あるいは普通か、見当がつかない。船が
大西洋を一度や二度航海するのとは違って、われわれのように
船に乗った最初の晩、僕は特に
僕が寝床へもぐり込んでから、ややしばらくしてその男ははいって来た。彼は、僕の見ることのできた範囲では、非常に
そこで、僕は彼と近づきになりたくないものだと思ったので、彼と顔を合わさないようにするために、彼の日常の習慣を研究しておこうと考えながら眠ってしまった。その以来、もし彼が早く起きれば、僕は彼よりも遅く起き、もし彼がいつまでも寝なければ、僕は彼よりもさきに寝床へもぐり込んでしまうようにしていた。むろん、僕は彼がいかなる人物であるかを知ろうとはしなかった。もし一度こういう種類の男の