五
この不吉な夜から三日後の午前九時に、ヘルマンは――の尼寺に赴いた。そこで伯爵夫人の告別式が挙行されたのである。なんら後悔の情は起こさなかったが、「おまえがこの老夫人の
彼は宗教に対して信仰などをいだいていなかったのであるが、今や非常に迷信的になってきて、死んだ伯爵夫人が自分の生涯に不吉な影響をこうむらせるかもしれないと信じられたので、彼女のおゆるしを願うためにその葬式に列席しようと決心したのであった。
教会には人がいっぱいであった。ヘルマンはようように人垣を分けて行った。
誰も泣いているものはなかった。涙というものは一つの愛情である。しかるに、伯爵夫人はあまりにも年をとり過ぎていたので、彼女の死に心を打たれたものもなく、一族の人たちもとうから彼女を死んだ者扱いにしていたのである。
ある有名な僧侶が葬式の説教をはじめた。彼は単純で、しかも
「ついに死の女神は、信仰ふかき心をもってあの世の夫に一身を捧げていた彼女をお迎えなされました」と、彼は言った。
ヘルマンも柩のある所へ行こうと思った。彼は冷たい石の上にひざまずいて、しばらくそのままにしていたが、やがて伯爵夫人の死に顔と同じように
この出来事がすこしのあいだ、陰鬱な葬儀の
その日のヘルマンは
彼が眼をさました時は、もう夜になっていたので、月のひかりが部屋のなかへさし込んでいた。時計をみると三時を十五分過ぎていた。もうどうしても寝られないので、彼はベッドに腰をかけて、老伯爵夫人の葬式のことを考え出した。
あたかもそのとき何者かが往来からその部屋の窓を見ていたが、またすぐに通り過ぎた。ヘルマンは別に気にもとめずにいると、それからまた二、三分の後、控えの間のドアのあく音がきこえた。ヘルマンはその伝令下士がいつものように、夜遊びをして酔っ払って帰って来たものと思ったが、どうも聞き慣れない
――と思うと、真っ白な着物をきた女が部屋にはいって来た。ヘルマンは自分の老いたる乳母と勘違いをして、どうして真夜中に来たのであろうと驚いていると、その白い着物の女は部屋を横切って、彼の前に突っ立った。――ヘルマンはそれが伯爵夫人であることに気がついた。
「わたしは不本意ながらあなたの所へ来ました」と、彼女はしっかりした声で言った。「わたしはあなたの懇願を
こう言って、彼女は静かにうしろを向くと、足を引き摺るようにドアの方へ行って、たちまちに消えてしまった。ヘルマンは表のドアのあけたてする音を耳にしたかと思うと、やがてまた、何者かが窓から覗いているのを見た。
ヘルマンはしばらく我れに