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或る男の恋文書式(あるおとこのこいぶみしょしき)
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作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-26 7:22:06 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 | ||||||||||||||
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お別れしてから、あの煙草屋の角のポストの処まで、無我夢中で私が走つたのを御存じですか。あれはあなたにお別れしたくない心が、一種の反動作用を、私の行為の上に現はしましたの。それから私、走りながらも夢中の夢のやうに考へましたことは私がもし一寸でもふりかへつたら私はまたあなたの方へ……いえ[#「え」はくずし字、21-6]つひにあなたへ走りかへつて、永遠にあなたから離れられない、あの月夜の、月の雫が太く一本下界に落ちて、そのまゝ停つたやうに真新らしく白く木肌をかゞやかした電柱の下にしよんぼりと私を見送つてたつてゐらつしやつたであらうあなたのおそばから。それから私は、夢中で走りながら、まだこゝろのなかで、はつきり意識したことがありましたの。それは、あなたが、私の走るうしろ姿を見送る眼に、これはまた、同じ月の雫でも、実に、それを濃まやかにあなたの眼に点附したやうなあなたのお涙が……それが、あなたの特長である、幅広の二重まぶたの所へあふれ出てしまはないうち、つまりそのお涙をたゝへたまゝのあなたのお眼によつて、昨夜のお別れの最後のなかからなくなる私の姿を完全にみまもつていたゞき度いといふ意慾を、あの夢中で走る私の胸にはつきりと私、意識してゐましたの。 まだ以上、このラブレターの続きはあるのですが、もはや書き続ける根気もありません。なぜなら、このラブレターは筆者が自分の熱情をもつて恋人にでも送つたらうと思はれたら大変な違ひのものなのですから。これは、或る女が、ある男から恋愛を強ひられて拒絶した。するとその男性から、『せめてこの様なラブレターでも時折は書き送つて下さい。小生は目下あまりに寂しい境遇にゐる。』と強要せられた時、その同封のなかにこのラブレターの文範がいれてありました。いふまでもなく、それゆゑ以上のラブレター文範はその男性が御苦労様にも、そのある女に自分から書いて示したものであります。ユーモラスな哀感をかんじながら私がそれを読んでゐますと、傍からそれをもらつた女性が『じようだんではありませんわ、私にそんなひまがありますか。』とふくれてをりましたが、それでもやはりその女性にも、ふくれるそばから口辺につい現はる微笑がありました。
昭和二・五
底本:「日本の名随筆 別巻36 恋文」作品社 1994(平成4)年2月25日第1刷発行 1999(平成9)年7月10日第2刷発行 底本の親本:「岡本かの子全集 第十四巻」冬樹社 1977(昭和52)年5月第1刷発行 入力:門田裕志 校正:林 幸雄 2002年12月4日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。 ●表記について
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