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続獄中記(ぞくごくちゅうき)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-26 7:06:00 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


 手枷足枷
 やはりこの千葉でのことだ。
 ある日の夕方、三、四人の看守が何かガチャガチャ言わせながら靴音高くやって来るので、何事かと思ってそっと例の「のぞき穴」から見ていると、てんでに幾つもの手錠を持って、僕の向いの室の戸を開けた。その室には、その日の朝、しばらく明いていたあとへ新しい男がはいったのであった。
「いいから立て!」
 真先きにはいった看守が、お辞儀をしているその男に、大きな声であびせかけた。その男はおずおずしながら立ちあがった。まだ二十五、六の、色の白いごく無邪気らしい男だった。
「両手を前へ出せ!」
 再びその看守は怒鳴るように叫んだ。そしてその間にほかの看守等もどやどやと靴ばきのまま室の中へはいった。何をしているのかは見えない。ただ手錠をしきりにガチャガチャ言わしているのと、これじゃ小さいとか大きいとか看守等がお互いに話しているのとで、その男に手錠をはめているのだという察しだけはついた。
「今時分になって、何だってあんなことをするんだろう。」
 初めは僕は、その男に手錠をはめて、どこかへ連れ出すのかと思った。そんな時か、あるいはあばれて仕末に終えない時かのほかには、手錠をはめるのをまだ見たことがなかった。その男は来てからまだ一度もあばれたこともなければ、声一つ出したこともなかった。しかし看守等は、その男の腕にうまくはまる手錠をはめてしまうと、「さあ、よし、これで寝ろ」と言いすててさっさと帰ってしまった。僕にはどうしてもその意味が分らなかった。
 翌朝早く、また二、三人の看守がその男の室に来て、こんどはその手錠をはずして持って帰った。僕はますますその意味が分らなくなった。
 昼頃になって、雑役が仕事の麻束を持って来た時に、僕は看守のすきを窺って聞いた。
「何だい、あの向いの奴は?」
「うん、何でもないんだよ。今まで向うの雑房にいたんだがね。首をつって仕方がないんで、とうとうこっちへ移されちゃったんだ。それで、夜じゅう、ああして手錠をはめられて、からだが利かないようにされてるんだよ。」
 こうして、夜になると手錠をはめられ、朝になるとそれをはずされて、それが幾日も、幾日も、たしか二、三カ月は続いたかと思う。僕はその男が何で自殺しようとしたのか、その理由は知らなかった。ただ、もう三度も四度も、五度も六度も、首をつりかけたりあるいはすでにつっていたりするのを発見された、ということだけを聞いた。
 そしてある晩、その男が両手を後ろにして帯のところで手錠をはめられているのを見て、どうしてあんな風をして寝られるだろうと思って、試みに僕も手拭で苦心して両手を後ろでくくりつけて寝て見た。初めはからだを横にして寝て見たが、肩や腕が痛くて堪らんので、こんどはうつ伏せになった。しかしそれではなお苦しいので、またからだを前とは反対に横にした。こうして一晩じゅう転輾して見ようかとも思ったが、どうしても堪えられないで、すぐに手拭を解いてしまった。
 それから、これは僕等のとは違う建物にいた男だが、湯へ往復する道で、やはり手錠をはめて、足枷までもはめて、そして重い分銅のようなものを鎖で引きずって歩いているのによく出食わした。
 その男もやはり二十五、六の、細面の、どちらかと言えば優男であった。
 分銅のようないわゆるダ(漢字を忘れた)という奴を引きずって歩かせる、という徴罰のあることは、かねて聞いていた。かつて幼年学校時代に、陸軍監獄の参観に行って、そのダの実物を見たこともあった。しかし、それともう一つの、何でも革具で、ハンドルを廻すとそれがぎゅうぎゅうからだを締めつけるという、そして二、三分もそれを続けるとどんな男でも真蒼になってしまうというのは、今ではもうほとんど使わないということは、その時にも聞いた。
 しかるに今、そのダを引きずっているのを、眼の前に見るのだ。その男は、一列になった大勢の一番あとに、両足を引きずるようにして、のろのろというよりもむしろようやく足を運んで行った。が、その足の運びかたよりも、さらに見るに堪えなかったのは、その気味の悪いほど蒼ざめた顔の色と、やはり同じように蒼ざめた痩せ細ったその手足とであった。
 どんな悪いことをしてこんな懲罰を食っているのか、またいつからこんな目に遭っているのか、僕は誰にもそれを聞く機会がなかった。また誰にもそれを聞いて見る勇気がなかった。よしまた、それを知ったところで、それが何になるとも思った。
 おしゃべりの僕等の仲間も、その男に会った時には、みな黙ってただ顔を見合せた。いつも僕の隣りにいた荒畑は泣き出しそうな顔をして眉をぴりぴりさせた。そして誰も、その男の方をちょっと振りむいただけで、幾秒間の間でも直視しているものはなかった。

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