月光の下に
五人の少年たちが、熱心に谷博士を救いだすことを検事に頼んだので、氷室検事の決心はようやくきまった。 「よろしい。それでは今夜半を期して、研究所の最地階へ忍(しの)びこむことにしよう」 検事は、部下を集めて、手配のことを相談した。 このとき、気が変になった娘と思われていた少女姿の山形警部が、いろいろと研究所内の事情について、よい参考になることをしゃべった。ことに、最地階の出入り口の錠(じょう)のことと、それがその階上のどんなところへつづいているかということ、この二つはたいへん参考になった。 (なぜこの娘に山形警部のたましいがのりうつっているのか分からんが……)と警官たちの多くは、そう思った。 (しかしとにかく、今しゃべっているのは山形警部のたましいにちがいない) へんてこな気持だった。 でも、会議が進むにつれ、みじかい少女服を着た娘の発言は重視(じゅうし)され、そして彼女はだんだん山形警部としてのあつかいをうけるようになった。 会議が終ると、女体(じょたい)の山形警部は、食事をとってそのあと、ねむいねむいといって、寝床(ねどこ)をとってもらって、その中にもぐりこんだ。 そのあとは、本部の中は、怪少女の話でもちきりだった。若い警官も年をとった警官も、それぞれにいろいろな想像をして、議論をたたかわした。だがはっきりした証拠(しょうこ)は、どこにもないのだ。なにしろ、山形警部は依然(いぜん)として行方不明である。山形警部の肉体は今どこにどうしているのか、それが今も発見されないままなのだ。それが分からない以上、なぜ山形警部のたましいが、あの少女にのりうつったのか、それは解けない謎(なぞ)だった。そして決行の夜が来た。 研究所を見張っている警官隊からは、たえず報告が来る。目下、研究所の地上の各階では、機械人間(ロボット)が働いている。彼らは、研究所の動力や暖房(だんぼう)のことをまちがいなく管理していた。また、機械人間製造の方でも、たくさんの機械人間が働いていた。しかし生産された機械人間は、このところ売れゆきがよくないので、倉庫にたまる一方であった。夕方になると、製造工場はお休みとなる。あとは研究所の日常の生活を担当している機械人間だけが、用のあるときだけ働いている。研究所の灯火(とうか)は、夜のふけるにつれ、不用な部屋の分は一つ一つ消されていき、だんだんさびしさを増すのであった。夜中になって、東の山端(やまはし)から、片われ月がぬっと顔を出した。それを合図にして、氷室検事がひきいる捜査隊は、研究所をめがけて、じりじりと忍びよった。この隊には、五少年も加わっていたし、それからまた、女体の山形警部も、警官に取りまかれて厳重(げんじゅう)に保護されながら、ついてきていた。 ある一つの窓の警報器が故障になっていて、そこをあけてはいれば、研究所をまもっているくろがねの怪物どもを立ちさわがせることなく、忍びいれるという調べがついていた。 一行は、この窓にとりついた。すみきった月光がじゃまではあったが、警報器がならないかぎり、まず心配なしである。氷室検事は外に見張員(みはりいん)をのこすと、残りの者をひきつれて窓から中へすべりこんだ。 そこは一階だった。玄関と奥の中間のところにある窓だった。 それから先の案内は、女体の山形警部にまさる者はなかった。 警部は先に立ち、そのうしろに護衛の警官が三人つづいた。もしもこの怪女がへんな行動をしそうだったら、ただちにとりおさえる手はずになっていた。が、女体の山形警部はわるびれず、奥へすすんだ。そして秘密の出入り口を教えた。 ところがここに困難がひかえているものと予想された。というのは、最地階から山形警部が出てくるときには、この秘密の出入り口の鍵は内がわにあったから、探しだしてすぐ使うことができた。しかし今警官隊は、外がわからはいろうとしている。錠前(じょうまえ)も鍵も向こうがわにあるのだ。どうしたら、錠前や鍵に手がとどくだろうか。それを心配しながら、検事の命令で、警官の一人が、力いっぱい戸をおした。 「あッ、開いた」 意外にも、戸は苦もなく開いた。錠がかかっていなかったのである。警官たちはよろこんだ。検事もよろこんだが、反射的に、(これは用心しなければいけない。相手はわなをしかけて待っているのかもしれない)と思った。 一同は、全身の注意力を目と耳にあつめ、足音をしのんで、最地階へはいっていった。警官の手ににぎられたピストルは、じっとりとつめたい汗にうるおっていた。だんだんと奥へ進む。 女体の山形警部が、いよいよどんづまりの場所へ来たことを手まねでしらせた。そして彼女は、声をしのんでいった。 「この扉をひらけば実験室だ。そこに博士は椅子にしばられ、怪人はおそろしい顔をして、器械をあやつっているんだ。扉をやぶったら、どっと一せいにとびこむのだ。一度にかかれば、なんとか怪人をとりおさえることができるかもしれん」 警部は、やっぱり怪人の力をおそれていることが分かった。そこで彼女はうしろへさげられた。 運命を決する死の扉か[#「か」は底本では「が」と誤植]、望みかなう扉か、扉に力が加えられた。扉はかるくひらいた。「それッ」と一同はとびこんだ。あッと目を見はるほどの宏大(こうだい)な実験室だった。 その部屋のまん中に、谷博士が椅子に腰をかけている。 「あ、谷博士だ!」 警官よりも少年たちが、先に博士の前へとんでいった。意外、また意外。 博士は荒縄(あらなわ)で椅子に厳重にしばりつけられていると思いのほか、博士をしばっているものは見えなかった。博士はしずかに椅子から立ちあがった。 「おお、君たちはわしを心配して、とびこんできてくれたのか。うれしいぞ」 博士は少年たちをむかえて、なつかしそうにそういった。 「谷博士、ここに来られた皆さんも、ぜひ先生を無事にお救いしなくてはならないと、危険をおかして来られたのです。こちらが氷室検事です」 「やあ、氷室さんですか。ご苦労さまです。あつくお礼を申します」 博士は手をのばして、検事と握手した。 「博士、目はどうされたんですか。繃帯(ほうたい)をとっておいでですね。もう目はお見えになるらしいですね」 戸山君が、さっきからふしぎに思っていることを、博士にたずねた。 「ありがとう、目はすっかりなおったよ。もうよく見えるようになった。わしはうれしくてならない」 「それはよかったですね。おからだの方も、病院にいられたときとちがい、ずっと、お元気に見えますが……」 「はははは、わしの家へもどって来たから、元気になったんだね。やっぱり自分の家が一番くすりだ」 「ああ、そうですか」 博士と少年の話を、もどかしそうに聞いていた検事は、 「もし、谷博士。職権をもっておたずねいたしますが、ここに怪人がいたはずですが、今どこにおりますか。お教えねがいたい」 と、怪物X号の存在を質問した。 「おお、そのことじゃ。わしは、諸君につつしんで報告する。あの怪物は、わしの手でもってしとめたよ」 「しとめたとおっしゃるのですか。すると博士が怪人をとりおさえたといわれるのですか」 氷室検事は、博士のことばを信じかねた。 「そうですわい。お疑いはもっともじゃ。わしは諸君に、その証拠を見せます。それを見れば万事はお分かりになろう。こっちへ来たまえ」 博士はそういうと、うしろ向きになって、奥の方へ歩きだした。 それッと、検事は部下たちに目くばせして、博士のうしろに油断(ゆだん)なくついていかせた。検事自身は博士と並んでいく。 「怪人はどこにいるのですか」 「冷蔵室の中においてある。この部屋だ。今開ける」 それは大金庫の扉のような見かけを持って背の高い金属製の大扉であった。博士は扉の上の目盛盤(めもりばん)をいくつかまわしたあとで、ハンドルを握り、ぐッとまわして手前へ引いた。すると大きな扉はかるくひらいた。中からさッとひえびえとした気流が流れだして、検事たちの顔をなでた。 「大した低温(ていおん)ではないから、そのままおはいりなさい」 博士は先頭に立ってはいった。一同は気味わるいのをがまんして、うしろに従った。 中はたいへん広く、中くらいの倉庫ほどあった。博士はずんずんと奥へはいって、そこにある小部屋の引き戸をあけて、その中へはいった。がらんとした殺風景(さっぷうけい)な棚(たな)ばかりの部屋であった。その棚の一つを博士は指さした。 「ほらこれだ。これが君たちが探していた悪漢(あっかん)の死体だ」 怪人の死体とは! なるほど、カンバスの布(ぬの)をかぶって棚の上に横たわっているのは、人間ぐらいの大きさのものだった。博士はカンバスをめくった。 「あッ、たしかに火辻軍平(ひつじぐんぺい)だ」 死刑囚だった火辻軍平のからだにちがいない。よく見ると頭蓋がひらかれ、脳髄のはいっていたところはからっぽだ。 「わしは、責任を感じています。わしの作ったX号という電臓(でんぞう)は、死刑囚火辻のからだを利用していたのだ。電臓はこの中にはいっていたのだ」 と、博士は、空虚(くうきょ)な頭の殻(から)の中を指さした。 「そのX号の電臓とやらは、どうしたんですか」 「うむ、それこそおそるべきものなのだ。わしはX号を高圧電気によって殺した。そして今は死んでしまったX号の電臓はここにしまってある」 そういって、別の戸棚をひらいた。そこには大きなガラスの器に厳重に密封せられて、脳髄のようなものが保存されていた。 「これが、氷室君たちを悩ませ、わしを苦しめた恐るべきX号の死体なんじゃ。もうこれで諸君も天下の人々も安心してよいのじゃ」 「ふーん、これがあのおそろしい力を持っていたX号の電臓ですか」 検事たちは、目をガラス容器に近づけて歎息(たんそく)をついた。人間の脳髄によく似ている。しかし色が違う。これはいやに紫がかっている。人間の脳髄は灰色だ。またこの電臓は人間の脳髄より一まわりも大きい。 「これで安心していいわけかな」 「どうだかなあ」 五少年のうちの戸山君がそっと首をふって横目で谷博士の顔をじろりと見た。
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