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やがて博士の甥の丈太郎が、警官に護られて、階段の下から姿を現わした。彼は気障ではあるが思いの外キチンとした服装をしている瘠せ型の青年だった。 丈太郎は伯父の死体を見ると、ハラハラと泪を滾した。そして後をふりかえって係官の前にツカツカと進むより、ヒステリックな声で喚きたてた。 「だ、誰が、この善良なる伯父を殺したのです。ああ僕が心配していた事が到頭事実になって現れたのです。だから僕は伯父さんの所から出てゆくのに気が進まなかったんです。さあ、早く犯人を逮捕して下さい」 検事と課長とは、ちょっと顔を見合せた。 「オイ丈太郎。君はなかなか芝居がうまいようだが、その手に乗るようなわれわれでないぞ」 と、大江山は一喝をくらわせた。 「なにが芝居です。そんなことを云う遑があったら、なぜ貴方がたはもっと大局に目を濺がないのです。貴方がたの不注意で、いま国家のために懸けがえのない人造人間研究家が殺害されたのです。国家の大なる損失です。伯父に匹敵する研究家が、わが国に一人でも居ると思うのですか」 これには大江山も参ってしまった。かねがね竹田博士の身辺を保護する必要のあることを考えないではなかった。しかしいろいろな手不足のため、心配していながらも、博士の保護を実践しなかったことは確かに手落である。 大江山が敗色濃いのを見てとって、雁金検事が代って丈太郎にたずねた。 「すると君は、外国のスパイかなんかのことを云っているようだが、なにかそんな話を知っているのかネ」 「そんな話は、こっちで伺いたいくらいのものですよ。しかし私だって、すこしは気がついていますよ。この向うのサンタマリア病院の内科医ジョン・マクレオなんざ、ずいぶん奇怪な行動をしているじゃありませんか。僕は向うの国の興信録をしらべてみましたが、医者としてマクレオの名なんか見当りませんよ。それにあいつの目の鋭いことはどうです。彼奴は物差こそ持っていないが、ひと目睨めば大砲の寸法も分っちまうという目測の大家に違いありませんよ。あんな奴が、帝都の白昼を悠々歩いているなんざ、全く愕きますよ」 (そうか。あのジョン・マクレオという内科医が、そうなのか)と帆村は胸の中で自ら問い自ら答えた。それこそ、今夜、あの病院の玄関でウララ夫人を擁していた男に違いない。 検事はそこでギロリと眼を光らせ、傍に馬のような荒い鼻息をたてている帯広警部の太い腹をついて云った。 「――サンタマリア病院のジョン・マクレオだ。現場不在証明を調べること」 警部は返事の代りに、お尻のポケットから手帖を出して書きこんだ。 馬詰丈太郎は煙草を一本口にくわえて、いささか得意げであった。 「オイ馬詰」と突然叫んだのは大江山捜査課長であった。 「他人の話なんか、お前に聞かされないでもいいんだ。それよりお前の現場不在証明を聞こうじゃないか。博士の殺害された今夜の八時前後、お前は一体何処にいたんだ。それを云え」 「私が何処にいたというのですか、折角ですが、それは別に御参考にはなりませんよ」 と丈太郎は自信たっぷりだった。 「くわしくいうと、私は今夜七時三十分から八時五十分までJOAKにいましたよ」 「なんだ放送局にか。そこで何をしていたんだ」 「なにって……」と彼は答えるのをやめて、煙草を口に持っていって美味そうに喫った。 「AKの文芸部に訊いてごらんになれば分りますよ。つまり早くいうと、私の書いたラジオドラマが今夜八時から三十分間、放送されたのです。出演者はPCLの連中でしたがネ。そんなわけで私はずっとAKのスタディオにつめていたんです。なんなら貰って来た原作ならびに演出料の袋をお目にかけてもいいのですが」 「あああの『空襲葬送曲』というやつですネ」 と帆村が横合から口を出した。 「そうです。お聞き下さったですか」 「ええ聞きましたよ。なかなか面白かったですよ。あの地の文章を読んでいたのは、千葉早智子ですか」 「ええええそうです。どうかしましたか」 「いや、今夜はお早智女史、いやに雄壮な声を出していましたネ」 「それはそうでしょう。戦争ものですからネ。緊張するのも無理はありません」 二人は事件をそっちのけにして、ラジオドラマの話に熱中していた。 こっちでは大江山課長が雁金検事の前に近づいていった。 「ウララ夫人を早く捜しださにゃいけませんネ。一度外から帰って来て、死んでいる博士をそのままにして外へ出たという行動は腑に落ちませんネ。警察とか医師とかにすぐ電話すべきが本当ですからネ」 「君、あの留守番のばあやは大丈夫かネ」 「あああれは大丈夫ですよ。老人なんで、なにが出来るものですか」 「しかし君、人造人間が博士を殺したことが分れば、そんな生きた人間を調べても何にもならんじゃないか」 「いや、人造人間に霊魂がない限り、これは生きた人間の仕業に違いありませんよ」 「うん、この点をハッキリしたいんだがネ、どうも機械というやつは、苦手だ。この人造人間がどうして動くかということがハッキリ分るといいんだが。そうだ、帆村に調べさせよう」 「それがいいですね」 そこで帆村が呼ばれて、この人造人間はどうして動くかを調べるように命ぜられた。 「さあ僕にも、まだ分ってはいないが、馬詰丈太郎氏は、博士の助手を永らくしていたというから、一つ訊いてみましょう」 帆村は馬詰をつれて、人造人間の前へいった。そしてどうすれば動くかと訊ねた。 「そうですね。僕はこの新型の人造人間については知らないんだが、一つ中を開けて見てみましょう」 そういって彼は物慣れた手つきでドライバーを手にとり、人造人間の胴中をしめつけている鉄扉のネジを外していった。間もなく人造人間の膓が露出した。膓といっても人造人間のことだから細々とした機械がギッシリ詰っていて、その間を赤青黄紫と色とりどりの紐線が縦横無尽に引張りまわされているのであった。なんという複雑な構造だろう。竹田博士の素晴しい脳力のほどがハッキリ窺われるような気がした。ことに帆村たちの注意を引いたものは、下腹部に置かれた電池からの放電により、心臓部附近に小さい赤電球と青電球とがチカチカと代り番に点滅し、そして大小いくつかの歯車が、ギリギリギリと精確に廻転している光景だった。霊魂はないにしても、この機械人間の心臓も肺臓も、まさにチャンと活動しているのであった。 「――こっちが増幅器で、こっちが継電器ですよ」と馬詰はドライバーの先で機械を指した。 「これが身体を直立させるジャイロです。こっちが腕を動かす電磁石装置。こっちのが脚の方です。左右二つに分れていますでしょう。首の方もついでに解剖してみましょう」 馬詰は医学者のようにいとも無造作に、人造人間の鉄仮面を剥ぎとった。 「ほら、これが口の代りになる高声器です。ほほう、この人造人間は目が見えませんよ。光電管がついていますけれど、電線が外れています。これが耳の働きをするマイクロフォン」 「ちょっと待ってくれたまえ」と帆村が手をあげた。 「するとこの人造人間はどうすれば動くかといえば、結局このマイクに何か信号音を送ってやればいいのだネ」 「まあ今のところ、機械の接続はそうなっていますね」 「ハハア――すると、どんな信号音を送ってやれば、どんな風に動くかという人造人間操縦信号簿といったようなものがなければならぬ。さあ皆さん。その辺を探してみて下さい」 「よオし、人造人間操縦信号薄か。――」 そこで係官の指揮で、刑事たちは一勢に部屋の中を宝捜しのように匍いまわった。 「あッ、これじゃないかなア」 一人の刑事が、機械戸棚と後の壁との間に落ちこんでいる一冊の薄い帳面をみつけて摘みだした。 その帳面の表紙には「ロボットQ型8号の暗号表」と認めてあった。 「うむ、Q型8号とは、この人造人間ですよ。ホラ、その鉄枠の上にペンキで書いてある」 係官は、その暗号表を引張りあいながら覗きこんだ。 「ほうほう、荒天――首ヲ左ニ曲ゲル。魚雷――首ヲ前後ニ振ル。なるほど、いろんな暗号が書いてあるぞ。偵察――『時間ガ来タ』ト発言スル。滑走――膝ヲ折ル。……これでみると、人造人間を動かす号令は、短かい単語ばかりだ」 「これを見ると、号令単語は四、五十もありますね」 「オヤ、これはおかしい。どうも変だと思ったら、暗号表が一枚、ひき破られているよ。うむ、これは重大な発見だ。おい皆、破れた暗号表の一枚を探してみろ」 刑事たちは課長の命令で、再びその辺を丹念に捜してみた。しかし彼等はついにそれを捜しあてることができなかった。 「どうも、ないようですよ」 「そうか。ウム、よしよし。それで分ったぞ。やっぱりこれは人造人間に霊魂があったわけでなく、やっぱり生きている人間が、この人造人間を示唆したのだ。犯人はその暗号表を持っているのに相違ない」 大江山課長は、決然と云い切った。 とにかく博士の居るこの部屋で、誰かが人造人間に号令をかけたのに相違ない。それが誰だか分れば、この事件は解決するのであった。さあ、誰がこの部屋に入って、号令することが出来るか。 ウララ夫人であろうか。馬詰丈太郎だろうか。または怪外人ジョン・マクレオ医師であろうか。それとも外の人物だろうか。 ばあやにつき調べてみると、博士はいつも七時から七時半までを夕食の時間にあて、それが済むと一服の睡眠剤をのみ、今博士の死体が横たわっているベッドにもぐりこんで九時半まで丁度二時間というものを熟睡して、その後深夜に続く研究の精力を貯えるのが習慣になっているそうである。 すると今夜も博士の夕食後の睡眠中に、何者かがこの部屋に忍びよって、人造人間の前に死の呪文を唱えたに違いない。博士殺害の手段は、ようやく朧気ながらも見当がついて来た。 「さあ、誰が号令したのだろう」 係官は鳩首協議した。 「この上は、関係者を全部検挙して、そのアリバイを確かめるより外ありませんネ」 と大江山は云った。 そのとき帆村探偵は、部屋の片隅に腰を下して、例の暗号表を幾度も熱心に読みかえしていた。
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