怪船黒竜丸
話変って、こちらは四馬頭目を救いだしたヘリコプターである。 海岸通りの万国堂のうえをはなれると、進路をしだいに西にとり、須磨から明石のほうへやってきたが、そこで急に進路をかえると、南方の海上へでていった。そして、淡路島の東海岸ぞいに、大阪湾の出口のほうへでていったが、やがて淡路の島影から、意味ありげに明滅する灯火をみると、しだいにその上空へすすんでいった。 ヘリコプターに向って、発火信号をしているのは淡路の島かげに停泊した、三百トンくらいの小汽船、その名を黒竜丸という。 ヘリコプターは黒竜丸のうえまでくると、ピタリと進行をとめ、しだいに下降してくる。やがて縄梯子のさきが甲板にふれると、四馬剣尺はよたよたと、縄梯子から甲板におり立った。それを見て、バラバラとそばへ寄ってきたのは木戸と仙場甲二郎。波立二はヘリコプターの操縦をしているのである。 四馬剣尺は甲板に仁王立ちになり、 「おまえたちは向うへいけ。それから五分たったら、机博士をおれの部屋へつれてこい。よいか、わかったか。わかったら早くいけ」 「しかし、首領、首尾はどうだったのです。本物の黄金メダルの半ペラは、手に入ったのですか」 「そんなことはどうでもいい。早くいけといえばいかんか」 首領はわれがねのような声で怒号した。これは四馬剣尺の不機嫌なときの特徴である。そんなときにうっかりさからうと、毒棒の見舞いをうけるおそれがある。さわらぬ神に祟りなしとばかりに、木戸と仙場甲二郎は、こそこそと甲板から下へおりていったが、そのすがたが見えなくなってから、四馬剣尺はよたよたと歩きだした。 不思議なことに、四馬剣尺、いついかなる場合でも、自分の歩くところを乾分のものに見られるのを、ひどく嫌うくせがあった。唯一度、机博士にレントゲンにかけられたときいっしょに博士の部屋までいったが、そのときとても毒棒で、机博士を脅かして、決してうしろを向かせなかった。そして、部下にあうときは、いつもあの竜の彫物のある大きな椅子によっているのだ。 それはさておき、五分たって木戸と波立二が、机博士をひったてて頭目の部屋へ入っていくと、四馬剣尺はいつものように、大きな椅子にふんぞりかえっていた。 「どうだ、机博士」四馬剣尺はわれがねのような声で、 「肩の傷はなおったか。貴様があんなところへメダルをかくしておくものだから、つい荒療治もせにゃならん。しかも貴様があんなに苦労して、手に入れたり、かくしたりしていた黄金メダルの半ペラが、贋物だったというのだから、こんないい面の皮はない。は、は、は、人を呪わば穴二つとはこのことだな」 「ちがう、ちがう、そんなはずはない」 木戸と波立二に、左右から手をとられた机博士は、金切声をふりしぼった。 「あれが贋物だなんて、そんな、そんな……あれは時代のついた古代金貨だ」 「そうよ、時代のついた古代金貨だ。しかし、やっぱり贋物なんだ。まあ聞け、机博士、そのわけをいま話してやろう」 四馬剣尺はゆらりと椅子から乗りだすと、 「貴様も知ってのとおり、あのメダルは、海賊王デルマが、埋めた財宝のありかをしるして二つにわり、ひとつをオクタン、ひとつをヘザールというふたりの部下に譲ったのだ。このヘザールの子孫というのがこのおれ、即ち四馬剣尺様だ。それからオクタンの子孫というのが、あの戸倉八十丸じゃ。ヘザールの子孫もオクタンの子孫も、宝をさがして東洋の国々を遍歴しているうちに、代々東洋人と結婚したから、しだいに東洋人の血が濃くなっていったのじゃ。ところで、海賊王デルマにはもう一人、ツクーワという部下がおったが、こいつは肚黒いやつで、デルマを裏切ったことがあるので、放逐されて宝のわけまえにあずからなかった。それを怨んでツクーワは、ヘザールとオクタンの持っている半ペラを、しつこく狙っていたが、ただ一度だけ、オクタンの半ペラを手に入れたことがある。そのときツクーワはその半ペラの贋物をこさえておいたのだが、その後間もなく、オクタンにつかまり、殺されて、半ペラは本物も贋物も、ふたつともオクタンの手に入ったのじゃ。貴様が手に入れて、虎の子のように後生大事にしていたのは、即ち、その昔ツクーワのつくった贋物で、しかも、ツクーワとは誰あろう、机博士、貴様の先祖だぞ。どうだ、これでわかったろう。先祖がつくった贋物に、子孫のものが欺かれる。世の中にこれほど滑稽なことがあろうか。わっはっはっ!」 われ鐘のような声で笑いとばされ、机博士はいっぺんにペシャンコになった。四馬剣尺はしばらく、腹をかかえてわらっていたが、やがてやっと笑いやめると、 「いや、しかし、机博士、おれはやっぱり貴様に礼をいわねばならぬわい。おれは今夜、戸倉のやつがチャンウーという中国人に化けていることを知って、忍びこんで、本物を吐きださせようと拷問したが、強情なやつでとうとう吐きださなかった。それで、ものはためしに贋物で間にあわそうと思っているのだ。これがヘザールからつたわった扇型の半ペラ、これは本物だ。それからこっちが、机博士の肩の肉からでてきた、三日月型の半ペラ、こいつはいまいうとおり贋物だ」 と、四馬剣尺がデスクのうえにならべてみせた。二つの黄金メダルの半ペラをみて、木戸と波立二が思わずあっと顔見合せた。 「頭目、そ、その扇型のやつはどうしたのです。それはいつか、猫女めに横奪りされたはずじゃありませんか」 木戸の言葉に、四馬剣尺ははっとした様子だったが、すぐさりげなくせせら笑って、 「なに、猫女から取りもどしたのよ。たかが知れた猫女、取り戻すのに雑作はないわい。さて、この半ペラをふたつあわすと、われ目も文句もぴったりあう、だから、ここに彫ってあるこの文句は、贋物とはいえ、本物どおりに彫ったにちがいないと思うんだ。みろ、これが苦心の末、おれが翻訳した文章なのだ」 四馬剣尺が、ふところより取りだした紙片をみて、机博士は禿鷹のようにどんらんな眼を光らせた。 そこには、こんなことが書いてある。
三日月型の分 わが秘密を とする者はいさ 人して仲よく り聖骨を守る のあとに現われ メダル右破片 左の穴に同時 ただちに 強く押すべし 正しく従うなら らの前に開かれん
扇型の分 うけつがん かいをやめ両 ヘクザ館の塔にのぼ 二匹の鰐魚を取除きそ たるそれぞれの穴に金 を右の穴に左破片を に押入れ、それより ふたつのメダルを 汝らわが命令に ば金庫は自ら汝
戦闘準備
残虐な悪魔の頭目、四馬剣尺のために、両脚に大火傷をした戸倉八十丸老人は、あれからすぐに、病院へかつぎこまれたが、さいわい、その後、経過は良好で、一週間もすると、ステッキ片手に、病院の庭を、散歩できるようになった。 その戸倉老人を、毎日のように見舞いにくるのは、少年探偵団の同志五人。探偵長株の春木少年をはじめとして、牛丸平太郎に田畑、横光、小玉の三少年である。 戸倉老人というひとは、海賊の宝を追うて生涯をはげしい冒険にささげてきただけに、いまだ家庭のあたたかみというものを知らず、ましてや、子供の可愛さなど、いままで一度も考えたことのないひとだが、今度、こうして思わぬ負傷をし、病院で退屈をもてあましている折柄、毎日のように少年たちの見舞いをうけると、いまさら子供の可愛さ、無邪気さというものをひしひしと感じ、平和な生活へのあこがれを、日一日と強くするのであった。 「ああ、おれももう年だ。一日も早く危険な冒険の世界から足をあらって、毎日こうして、子供たちと楽しく暮していきたいものだ」 戸倉老人の心には、そういう考えがしだいに深くなっていくのだが、少年たちはそれと反対に、戸倉老人の口から過ぎこしかたの冒険談をきくことを、このうえもなくよろこんだ。 アフリカの猛獣狩り、熱帯での鰐退治、サワラ砂漠の砂嵐、さてはまた、嵐に遭遇して、無人島へ吹きよせられた難破船の話など、戸倉老人の口から綿々として語りつがれるとき、少年たちはどんなに血を湧かせ、肉を躍らせたことだろう。少年たちは、いつの日にか、自分たちも、そういう冒険談の主人公になってみたいと夢想するのだった。 ああ、戸倉老人が平和を愛し、少年たちが、冒険に憧れる、そこにこそ、人生の本当のすがたがあり、世界の進歩も、それなくしては得られないのだ。 それはさておき、今日も今日とて、見舞いにきてくれた五少年をあつめて、戸倉老人が楽しそうに昔の思い出を語っているところへ、やってきたのが秋吉警部。 「やあ、相変らず、みんなきてるな」 「ああ、警部さん、今日は」 「警部さん、今日は」 少年探偵団の同志五人が、帽子をとって、警部ににこにこ挨拶をするのを、戸倉老人は眼を細めて眺めながら、 「警部さん、聞いて下さい。この子たちが毎日きてくれるので、わしはどんなに楽しみだか知れません。ちかごろではもう、すっかり子供にかえった気持ちで、いつまでも、こうして、平和に暮したいと思うくらいです」 「ははははは、あなたも変りましたな。しかし戸倉さん、あなたが、そういうふうに平和を愛されるようになったのは結構だが、そのまえに、ぜひとも解決しておかねばならぬ問題がありましょう」 「むろんです。あの四馬剣尺のことでしょう。わしはもちろん、最後まであいつと闘う決心じゃが、警部さん、その後、あいつらの動勢について、何か情報が入りましたか」 「はあ、若干の情報は入っています。しかし、戸倉さん、それよりまえにお聞きしたいのだが、あなたと四馬剣尺とは、いったい、どういう関係なのですか」 それをきくと戸倉老人は、しばらく眼をつむって考えていたが、やがてかっとそれを開くと、 「いや、お話しましょう。もう、こうなっては、何もかも洗いざらい打明けて、あなたがたの御援助をこうよりほかにみちはない。まあ、聞いて下さい。こういうわけです」 と、そこで戸倉老人が打明けたのは、いつか山姫山の山小屋で、春木、牛丸の二少年に語ってきかせた話だが、戸倉老人はさらに言葉をついで、 「つまり、海賊王デルマから、黄金メダルの半ペラを譲られた、オクタン、ヘザールの二人の子孫というのが、この戸倉と、四馬剣尺のふたりだが、この四馬剣尺というのは、まことに疑問の人物で、わしの聞いているところでは、ヘザールの子孫というのは、幼いときに病気にかかって、それきり身体が発育せず、いままでは小男になっているということを耳にした。それでも、年頃になると結婚して、娘がひとりできたということだが、まさか、その娘が、あの横綱のような大女であるはずがない。だから、わしにはどうも、あの四馬剣尺という覆面の頭目が何者だか、さっぱり見当がつかんのじゃ」 戸倉老人の話をきいて、春木少年はキラリと眼をひからせたが、かれが口をひらくまえに、秋吉警部がからだを乗りだして、 「なるほど、なるほど、それでだいたい事情はわかりましたが、いつか殺されたチャンフーというのは……」 「ああ、あれですか」老人はちょっと暗い顔をして、 「あれは、まったく可哀そうなことをしました。なにあれは、わしの双生児でもなんでもない。海外を放浪中、わしに生きうつしなところから、何かの役に立つだろうと思って、ひろってきた男じゃ。四馬剣尺の眼をくらますために、わしはチャンフーと名乗って、あの万国骨董堂をひらいたが、わしはしじゅう、出歩かねばならぬからだじゃ。そこで、近所のものに怪しまれてはならぬと思って、わしの留守中は、いつもあの男に影武者をつとめさせていたのじゃ。それがあのようなことになって……」 戸倉老人は眼をしばたたいたが、なるほど、これで、はじめてわかった。いつか山姫山の山小屋で、戸倉老人が断乎として、チャンフーが殺されたなんて、そんなことはありえないのじゃ、といい放った言葉の意味が、これではじめて、納得できるのである。 まことのチャンフーとは、戸倉老人自身であったのだ。 「なるほど、それでだいたいの事情はわかりました。それでは、私のほうに入った情報をお話しましょう」 秋吉警部は手帳をひらいて、 「御老人からいつか、淡路島一帯を捜索してみてくれというお話があったので、あちらの警察とも連絡をとって、虱つぶしに島内から、その沿岸をしらべたのですが、すると果然、耳よりな情報が入ったのです。まず、そのひとつは、淡路島の周囲[#ルビの「しゅうい」は底本では「しゅい」]を、おりおり、怪しげな汽船が周遊しているということ、それについで、ときどき、深夜淡路島の上空に、竹トンボのような音がきこえるということ、更に、その竹トンボの音が常に旋回する中心をさぐってみると、そこはヘクザ館という、古い西洋建築があることがわかったのです」 「それだ!」突然、戸倉老人が手を叩いて叫んだ。 「それです、それです、警部さん、問題はそのヘクザ館にあるにちがいありません。海賊王デルマが、淡路島に根拠地をおいていたということは、古い文献にも残っています。その当時、デルマは善良な宣教師をよそおい、島の中央に、カトリックの教会を建てたといわれています。ヘクザ館というのが、きっと、それにちがいありません。そこに、海賊王デルマの宝がかくされているのです」 戸倉老人の声は、しだいに昂奮にうわずってくる。その昂奮が伝染したのか、少年探偵団の同志たちも手に汗握って、戸倉老人と秋吉警部の顔を見くらべている。 秋吉警部もにっこり笑って、 「そうです。われわれもだいたい、そういう見込で、ヘクザ館には厳重な監視をおいています。ところで戸倉さん、あなたの戦闘準備はどうですか。脚のぐあいがよかったら、いっしょにでかけたら、どうかと思うのですがね」 「むろん、いきます。なに、これしきの火傷ぐらい」 「警部さん!」そのとき、横から緊張した声をかけたのは、少年探偵団の探偵長、春木少年だった。 「ぼくたちもつれていって下さい。ぼくたちも四馬剣尺の正体を知りたいのです」 それを聞くと秋吉警部も微笑して、 「むろんつれていくとも、君たちこそは今度の事件でも、最大の功労者なんだからね」 ああ、こうして、戦闘準備はなった。兇悪四馬剣尺を向うにまわして、少年探偵団の働きやいかに。淡路島の上空に、いまや、ただならぬ風雲がまきおこされようとしている。
ヘクザ館
淡路島の中央部、人里はなれた山岳地帯のおくに、ヘクザ館という建物がある。 その昔、国内麻の葉のごとく乱れた戦国の世に、スペインよりわたってきた、一宣教師によって建てられたという伝説以外、誰もこの、ヘクザ館の由来を知っているものはない。 爾来、幾星霜、風雨にうたれたヘクザ館は、古色蒼然として、荒れ果ててはいるが、幸いにして火にも焼かれず、水にもおかされず、いまもって淡路島の中央山岳地帯に、屹然としてそびえている。 いつのころか、ここはカトリックの修道院になって、道徳堅固な外国の僧侶たちが、女人禁制の、清い、きびしい生活を送り、朝夕、聖母マリヤに対する礼拝を怠らない。 それは秋もようやくたけた十一月のおわりのこと、二人の教師に引率された中学生五名が、このヘクザ館を見学にきた。 教師のうちの年老いたほうが、院長に面会して、館内を参観させてもらえないかと申込むと、スペイン人系の老院長はすぐ快く承諾して、若い修道僧を呼んでくれた。 「ロザリオ、このひとたちが、ヘクザ館の内部を参観したいとおっしゃる。おまえ御苦労でも、案内してあげなさい」 「は、承知しました」 長年日本に住みなれているだけあって、ヘクザ館に住む僧侶たちは、みんな日本語が上手であった。 「では、皆さん、私についておいで下さい」 「いや、どうも有難うございます」 むろん、この中学生の一行というのは、戸倉老人に秋吉警部、それから少年探偵団の同志五人である。みんなてんでに、スケッチブックやカメラなどをたずさえているが、かれらの真の目的が、写生や撮影にあるのではなく、館内の様子偵察にあることはいうまでもない。 古びて、ぼろぼろに朽ち果てた館内をひととおり見終ると、やがて若い僧侶ロザリオは、一行をヘクザの塔に案内した。この塔こそはヘクザ館の名物で、山岳地帯にそびえる古塔は、森林のなかに屹立して、十里四方から望見されるという。 「おお、なるほど、これはよい見晴しですな」 塔のてっぺんにのぼったとき、老教授に扮した戸倉老人は、眼下を見下ろし、思わず感嘆の呟きをもらした。 いかにもそれは、世にも見事な眺めであった。東を見れば、大阪湾をへだてて紀伊半島が、西を見れば海峡をへだてて四国の山々、更に瀬戸内海にうかぶ島々が、手にとるように見渡せるのである。 「はい、ここはヘクザ館の内部でも、一番聖なる場所としてあります。されば、初代院長様の聖骨も、この塔のなかにおさめてあるのでございます。あれ、ごらんなさいませ。あの壇のうえにおさめてあるのが、その聖骨の壺でございます」 と、見れば円型をなした室内の正面には、大きな十字架をかけた翕があり、その翕のまえには、聖壇がつくってあり、その聖壇のうえに黄金の壺がおいてある。そして、その黄金の壺の左右には、これまた黄金でつくった二匹の鰐魚が、あたかも聖骨を守るがごとく、うずくまっているのである。 戸倉老人はそれをみると、ふと、黄金メダルの半ペラに書かれた文字を思いだした。 わが秘密を……とする者はいさ……人して仲よく……り聖骨を守る……のあとに現われ……(以下略) もう一方の半ペラがないから、完全な意味はわからないが、聖骨を守る……という言葉があるからには、黄金メダルに書かれた文句は、この塔内の、この一室を指しているのではあるまいか。 そうなのだ! それにちがいないのだ。しかし、そうはわかっても、黄金メダルの他の半ペラのない悲しさは、それ以上の謎は解きようもない。それはさておき、館内の見物に手間どっているうちに、すっかり日が暮れて、雨さえポツポツ降ってきた。まえにもいったとおり、ヘクザ館は人里離れた山岳地帯にあるのだから、こうなっては、辞去することもできないのである。一行は途方にくれた面持ちをしていると、親切な老院長が、一晩泊っておいでなさいとすすめてくれた。そして、粗末ながらも、夜食をふるまってくれたのである。 実をいうと、これこそ、一行の思う壺であった。わざと参観に手間どったのも、ここで一夜を明したいばかりであった。 さて、一行七人、館内の二階にある、ひろい寝室へ案内されると、すぐに額をあつめて協議をはじめた。 「問題はあの塔にあると思うのじゃがな。みんなも見たろうが、初代院長の聖骨をおさめてある壇、あの周囲がくさいと思うがどうじゃ」 「小父さん、そうすると、四馬剣尺もあの塔を狙っているというのですか」 「ふむ、たしかにそうだと思う。それでどうじゃろう。今夜四馬剣尺がやってくるかどうかは疑問だが、ひとつ、あの塔を、われわれの手で調べてみようじゃないか」 それに対して、誰も反対をとなえるものはなかった。 そこで修道僧たちが寝しずまるのを待って、一行七人、こっそり寝室を抜けだすと、やってきたのは古塔の一室。 時刻はすでに十二時を過ぎて、宵から降り出した雨は、ようやく本降りとなり、昼間はあれほど眺望の美を誇った塔のてっぺんも、いまや黒暗々たる闇につつまれている。 一行はその闇のなかを、懐中電気の光をたよりに、あの聖壇のまえまできたが、そのときである。少年探偵団のひとりの横光君があっと小さい叫びをあげた。 「ど、どうしたの、横光君……」 「あの音……ほら、ブーンブーンという竹トンボのような音……」 それを聞くと一同は、ギョッとしたように闇のなかで息をのんだが、ああ、なるほど、聞える、聞える、降りしきる雨の音にまじって、ブーンブーンとヘリコプターの唸り声。しかも、その音が、またたくまにヘクザ館の上空へちかづいてきたかと思うと、やがて、さっと上から探照灯の光が降ってきた。 「あっ、しまった。ヘクザ館のありかを探しているのだ」 戸倉老人が叫んだとき、ダダダダダと物凄い音を立てて、機関銃がうなりだした。ヘリコプターのうえからヘクザ館の周囲にむかって、機関銃の雨を降らせているのである。 「危い。みんな、物陰にかくれろ」 一行七人、蜘蛛の巣を散らすがごとく、四方の壁にちると、カーテンのうしろに身をかくした。 ダダダダダダダダダダ! 機関銃のうなりはひとしきりつづいて、ヘクザ館の周囲の森に、弾丸が雨霰と降ってくる。
大団円
やがて、機銃のうなりがピッタリやむと、ヘリコプターはヘクザ館の上空に停止したらしく、ブーンブーンといううなり声が、同じ方向から落ちてくる。 ああ、わかった。わかった、四馬剣尺は今夜、空からヘクザ館を襲撃しようとするのだ。そして、そのために、誰もヘクザ館の塔へ近寄らせぬよう、空から威嚇射撃をやったのだ。修道僧たちは、おそらく、蒼くなって、自分の部屋でちぢこまっていることだろう。ああ、なんという、傍若無人の悪虐振り! 少年探偵団の同志五人、それに戸倉老人と秋吉警部が、いきをこらしてカーテンのかげにかくれていると、知るや知らずや、やがて忽然として、塔のなかへ入ってきたのは、木戸に仙場甲二郎それにつづいて机博士、最後が覆面の四馬剣尺。ヘリコプターが照らす探照灯の光のために塔のなかは、昼よりもまだ明るいのである。一同はいま、ヘリコプターから縄梯子づたいにおりてきたのであろう。脚が少しフラついていた。 「やい、机博士」四馬剣尺はヨチヨチとした足どりで、聖壇のまえまで近寄ると、われがねのような声で怒鳴った。 「さあ、いよいよ宝の山へやってきたぞ。いまわしが手を下せば、宝はたちどころにわしの手に入るのだ。どうだ。うらやましいか。貴様もおとなしくしていれば、少しはわけまえにあずかれるのに、わしを裏切ったばかりに、宝の山へ入っても、手を空しゅうしてかえるよりほかはないのじゃ。わっはっは、わっはっは!」 四馬剣尺が腹をかかえて笑っているとき、ギリギリと奥歯をかみ鳴らした机博士、物凄い形相をしたかと思うと、いきなり四馬剣尺の体を背後からつきとばした。 と、これはどうだ。 あのいわおのような体をした覆面の頭目の体がふがいなくもフラフラよろめいたかと思うと、やがて、腰のへんからふたつに折れて、ドシンと床にひっくりかえった。 「おのれ!」四馬剣尺は覆面のなかで叫んだが、どういうものか、モガモガ床で、もがくばかりで、なかなか起きあがることができないのだ。木戸と仙場甲二郎が呆気にとられてみていると、やがて、四馬剣尺のダブダブの服のなかから、ピョコンととびだしてきたものは、ああなんと、小男と立花カツミ先生ではないか。 カーテンの陰にかくれていた七人も驚いたが、それにも増してびっくりしたのは木戸と仙場甲二郎。まるで蛙でも踏んづけたように、ギャッと叫んでとびあがった。 このなかにあって、唯ひとり、腹をかかえて笑いころげているのは、悪魔のような机博士だ。 「わっはっは、わっはっは、東西東西、覆面の頭目、四馬剣尺の正体とは、男のような女に肩車してもらった小男とござアい。わっはっ、わはっはっは! やい、その女、貴様は小男の娘だろう。そして、猫女とは貴様のことだな。貴様は親爺と同じ服のなかに入って、われわれをさんざんおもちゃにしやがった。やい、木戸、仙場甲二郎、相手はこんな小男と、たかが女とわかっちゃ何も恐れることはないんだ。こんなやつのいうことを聞くより、この机先生の乾分になれ。そいつらふたりをやっつけてしまえ」 だが、このとき、机博士は、四馬剣尺の恐ろしい武器のことを忘れていたのだ。 机博士は、最後の言葉もおわらぬうちに、 「あっちちちち」と、叫んで右の眼をおさえた。見ると、太い針がぐさりと右の眼につきささっている。 「あっちちちち」 机博士はふたたび叫んで、今度は左の眼をおさえた。同じような太い銀の針が左の眼にもつっ立っている。 「あっちちちち、あっちちち、わっ、た、助けて……」 小男のかまえた毒棒からは、まるで一本の糸のようにつぎからつぎへと毒針がとびだしてくる。机博士はみるみるうちに、全身針鼠のようになって、床のうえに倒れ、しばらく七転八倒していたが、やがて、ピッタリ動かなくなった。 これが悪魔のような机博士の最期だったのだ。 小男はヒヒヒヒと咽喉の奥でわらうと、 「どうだ、木戸、仙場甲二郎、おれの腕前はわかったか。おれを裏切ろうとするものはすべてこのとおりだ。どうだわかったか」 「シュ、シュ、首領……」 木戸と仙場甲二郎は、あまりの恐ろしさにガタガタふるえながら、 「あっしは何も首領を裏切ろうなどと……」 「そうか、おれが小男とわかってもか。ふふふ、なるほど、おれは小男だが、ここにいる娘は恐ろしいやつよ。こいつはな、暗闇でも眼が見えるのだ、そして、男より力が強く、人を殺すことなど、屁とも思っていないのだ」 「お父さん、何をぐずぐずいってるのよ。それより早く、鰐魚をのけて、二つの穴に黄金メダルを入れなさいよ」 ああ、恐るべき立花カツミ。彼女は机博士が針鼠のようになって死ぬのを見ても、平然として眉ひとつ動かさなかったのだ。 「よし、よし、おい、木戸、仙場甲二郎、その壇のうえにある鰐魚を二つとものけてみろ。ああ、のけたか、のけたらそこに、穴が二つあるはずだが、どうだ」 「はい、首領、ございます、ございます」 「ふむ、あるか、それではな、このメダルをひとつずつ入れてみろ。右の穴には右の半ペラ、左の穴には左の半ペラ……入れたか、よし、それじゃアな。おれが号令をかけるから、それといっしょにぐっと押してみるんだぞ、一イ……二イ……三!」 そのとたん、轟然たる音響が、ヘクザ館の塔をつらぬいて、暗い夜空につっ走った。カーテンのかげにかくれていた一行七人は、一瞬、足下が水にうかぶ木の葉のようにゆれるのをかんじたが、つぎの瞬間、こわごわカーテンのかげから顔をだしてみると、こはそもいかに、木戸も仙場甲二郎も、小男も猫女も立花カツミ先生も、さてまた、針鼠のようになって死んだ机博士も、みんなみんな影も形もなくなっているではないか。春木少年はちょっとの間、狐につままれたような顔をしていたが、やがてこわごわカーテンから外へでると、 「ああ、みんなきて下さい。あれあれ、あんなところに……」 その声に、一同がバラバラとカーテンの影からとびだしてみると、聖壇のまえ方六メートルばかり、ぽっかりと床に大きな穴があいていて、そのなかを覗いてみると、数十メートルのはるか下に、黒ずんだ水がはげしく渦をまいていた。そして、その渦にまきこまれ、小男も、立花カツミ先生も、机博士も、木戸、仙場甲二郎も、みるみるうちに水底ふかく沈んでいったのである。 「おとし穴ですね」 「ふむ、おとし穴だ」秋吉警部は顔の汗をぬぐいながら、 「しかし、どうしてあんなことになったのでしょう。黄金メダルに書いてあることは、それでは、ひとをおとし入れるための、嘘だったのでしょうか」 戸倉老人はそれには答えず、聖壇の左の穴にはめこまれた黄金メダルの半ペラを取りだして、裏面に彫られた文字を読んでいたが、やがてにっこり笑うと、 「わかりました、かれらはこの贋物の半ペラにかかれた文句にだまされたのです。わしの持っている本物にはね、二つの半ペラを穴のなかに入れると、それより(壁際に身を避け)ふたつのメダルを、(長き竿にて押すべし)と、なっているのです。ところがこの贋物では、それよりただちにふたつのメダルを(強く押すべし)となっています。そのために、海賊王デルマが万一の場合の用意につくっておいた、罠のなかにおちたのです」 ああ、それというのも自業自得だったろう。 それはさておき、一同がおとし穴に気をとられているとき、キョロキョロとあたりを見廻していた牛丸平太郎が、突然、 「あっ」と、素っ頓狂な声をあげた。 「あれを見い、みんな、あれを見い、えらい宝や、宝の山が吹きこぼれてるがな」 その声に、弾かれたようにふりかえった一同の眼にうつったのは、十字架のかかった翕が真二つにわれて、そこからザクザクと聖壇のうえに吹きこぼれてくる、古代金貨に宝玉の類……ヘクザ館の塔なる聖壇のうえには、みるみるうちに七色の宝の山がきずかれていったのである。……
四馬剣尺を頭目とする、悪人一味はすべて滅んだ。唯一人、ヘリコプターに乗った波立二のみは、その後、杳として消息がわからなかったが、首領を失ったかれに何ができよう。その後、紀伊半島の沖合に、ヘリコプターの破片らしいものがうかんでいるのを見たものがあるというが、あるいはそれが、波立二の最後を物語っているのではあるまいか。 ヘクザ館から発見された宝石や古代金貨の噂は、たちまち全世界に喧伝された。それはいまの金に換算すると、零という字を、いくつつけてよいかわからぬほど、莫大なものになろうという。 それらの財宝は、すべて、日本の教育復興のために使用されることになり、戸倉老人や少年探偵団、さてはまた、秋吉警部たちは、それから一銭の利益も得ることはなかった。 それにもかかわらず、いや、それだからこそ、戸倉老人も、少年探偵団の同志たちも幸福だった。 戸倉老人はその後、海岸通りの店を売りはらって、思いでの淡路島を眼のまえに見る、明石の丘に一軒の家を建てた。そして、いまでは草花を作りながら、静かに余生を送っている。その戸倉老人の何よりの楽しみは、土曜から日曜へかけて、泊りがけで遊びにくる、少年探偵団の同志たちに、御馳走をすることであるという。
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