恐龍艇のりだす
それから十日の後に、ぼくたちは、恐龍の頭部の作り物の荷物を受け取った。 思いのほか小さいものであった。といって一メートル立方ぐらいの箱にはいっていた。ぼくたちは、ホテルの一室で、扉に鍵をかけ、この秘密の荷物を取り出した。 すばらしい出来具合の恐龍の頭部が出て来た。さすがにあの工場だ。そしてぼくたちの設計よりもずっとかんたんに便利に、優秀に仕上げてあった。 この恐龍の頭部をつくり上げている材料になるものは、目のこまかい鎖網であった。その上に絹製の防水布と思われるものがかぶせてあり、これが、恐龍の皮膚と同じ色をし、そして上の方には目もあり口もあるのだ。たたみこむと、わずか一メートル立方の箱の中にらくにはいってしまうが、取り出してふくらますと、すばらしくでかいものになる。 恐龍の目の中に、写真機がとりつけられるようになっていた。その外、ぼくの設計にはなかったが、恐龍が首を上下左右にふることのできる仕掛がついていた。それはあやつり人形と同じような仕掛で、何本かの鎖が下に垂れていて、それを滑車とハンドルのついた巻取車で巻いたり、くり出したりすればいいので、この鎖はマストの中を通って艇内へ入れるようにと注意書きがしてあった。 とつぜん扉がノックされた。 鍵がかかっているので安心していたら、扉はがたんと開かれ、ボーイがはいって来た。 「きゃーっ」ボーイは、ベットのシーツをその場にほうりだして、逃げていった。 「しまったね。見られちゃったね」 「扉の鍵は君がかけたんだろう」 「たしかにぼくがかけた。おやおや、これではだめだ。戸がすいているから、鍵をかけても開くんだもの」 ぼくたちは、大急ぎでそれを箱の中にしまった。そしてあとでボーイが支配人をつれて、ぼくの部屋へおそるおそるやって来たときには、ちゃんと片づいていた。ぼくたちはボーイが夢を見ながらこの部屋へ来て、大怪物を見たような気がしたのだろうといって、追いかえした。 しかし、こうなると、この荷物をあまり永くホテルへはおいておけない。そこでその夜、ぼくたちはこの荷物を海岸のギネタ船渠の構内にあるぼくたちの潜水艇の中へはこびいれた。あいにく月はない。月は夜中にならないと出ない。 ぼくたちは、その夜、この豆潜の中で眠った。 夜明けの二時間前である午前三時に、ぼくたちは起き出た。片われ月が空にかかっている。その光をたよりにぼくたちは、恐龍の[#「恐龍の」は底本では「恐竜の」]首をマストにとりつけた。 夜明けをあと三十分にひかえて、ぼくたちは恐龍号の昇降口をぴったりと閉め、そしていよいよ出港するとすぐ潜航にはいった。ずっと沖合へ出てから浮上した。 艇長と見張番とを、二人で、かわるがわるすることにした。はじめはサムが艇長で、ぼくが見張番をやった。 見張番は双眼鏡で、水平線三百六十度をぐるっと見まわして、近づく船があるかと気をつけるのだ。そのほかに、ときどき空へも目を向けて、飛行機に気をつける。飛行機はおどかすことができまいと思った。おどかせるのは船だけだ。船は見えたら、急いで潜航するのだ。そして船がいよいよこっちへ近づいたら、そのときにこっちはぬっと海面へ浮上する手筈にしてあった。 第一日は、大した相手にぶつからなかった。なにしろこのギネタの町は、そんなに繁盛している町ではないから、一日のうちに、入港船も出港船も一隻もないことがめずらしくないのである。だから、港外の沖合に待っていたが、その日はついに獲物がこなかったのだ。 「今日はだめだったね」 帰って来てから、ぼくはサムにいった。 するとサムは、鞄の中から海図を出してきて、卓上にひろげながら、 「今日のところでは、毎日あぶれるかもしれない。もう三十マイル沖合いに出ると、主要航路にぶつかるんだ。つまり、このへんだ。この主要航路に待ってりゃ、かなり大きい汽船が通ると思うよ。三十マイル往復はちょっと骨が折れるけれど、明日はやってみないか」 「ふーん。やってみよう」というわけで、翌日はエンジンを全速にはたらかせて遠出をした。 ぼくもサムも、昨日と今日の見張で、すっかり陽に焼けて、黒くなってしまった。 「ここもだめじゃないか」ぼくがいった。 「いや、気永に待たなくちゃだめだよ。世界中の汽船がここに集まってくるわけのものじゃあるまいし、もっとがまんすることだ」 と、サムは大人のような口をきいた。 しかし、彼もやっぱりつまらんと見え、その日帰航の途についたとき、 「まだ、店開きをやっていないんだから、これから小さな船でもなんでも見つけ次第、一度おどかしてみようじゃないか」と、いった。 「うん、それがいい。よし、第一の犠牲船を見つけてやるぞ」 ぼくは見張りについた。 港まで、あと海上三マイルというところで、ぼくは五、六艘のカヌーが帆を張って走っているのを認めた。一日の漁をおえてギネタの港へもどっていく現地人の舟であった。 「見つけた。六隻よりなる船団!」 「えっ、六隻よりなる船団だって。おい、よく見ろよ。それは艦隊じゃないのか。艦隊をおどかしたら、大砲やロケット弾でうたれて、こっちはこっぱみじんだぞ」 サムはおそれをなしている。 「よく見た。六隻よりなる船団なれども……」 「なれども――どうした」 「帆を張った現地人のカヌーじゃ」 「なんだ、カヌーか。カヌーじゃ、おどかしばえもしないが、店開きだから、やってみよう」 そして、かねての手筈どおりやった。すぐさま恐龍号は潜航にうつり、カヌー舟団を追い越した。そして、ぬーっと浮上にうつったのである。恐龍はかま首をもたげ、ゆらゆらとふりながら、現地人の、カヌーをにらみつけた。 どぼん、どぼん。ばたん、ばたん。 きゃーっ。きゃきゃーっ。 えらいさわぎだった。現地人たちは、手にしたかいをほうり出し、大急ぎで海中にとびこんだ。 ぼくたちは、潜望鏡でこの有様を見て、おかしくて涙が出て、とまらなかった。 あまり永く恐龍の姿を出していると、正体を見破られるおそれがあるので、いい加減に潜航にうつった。
いたずらの祟り
大汽船グロリア号に出会ったのは、その翌日のことだった。 「おう。来るぞ来るぞ。こっちへ来る。でかい汽船だ。一万トン以上の巨船だ」 サムが見張番だったが、えらい声をあげた。そこで急ぎ潜航に移った。 あとは潜望鏡だけで覗いている。 巨船は、何にも知らず近づいて来るようである。 「ねえサム。あの汽船は、きっといい望遠鏡を持っているだろうから、遠くの方で浮きあがって、近くへ寄らないのがいいだろう」 「うん。しかし、あまり遠くはなれては、相手の方で恐龍の存在に気がつかないかもしれない。花火をあげる用意をしておけばよかったね」 「恐龍が花火をあげるものか」 結局のところ、恐龍号はグロリア号の針路前を横切ることになった。距離は半マイル。これならいやでも相手は気がつく。 ぼくたちは念入りに、海面から恐龍を出した。しきりに恐龍の頭をふり動かした。口もあいてみせた。 このきき目は大したものであった。巨船の甲板では乗組員や船客が、あわてて走りまわるのが潜望鏡を通して見えた。ライフボートは用意され、船客たちは大あわてで乗りこんだ。 「ふふふ、これが、こしらえ物の恐龍だと分からないのかなあ。船長まであわてているらしい」 「おやおや、針路をかえだしたぞ。逃げだすつもりと見える」 巨船は大きな腹を見せ、浪を白くひいて変針した。そのあわてた姿は、乗組員や船客のさわぎと共に、ぼくらの写真機におさめられた。巨船は、やがてお尻をこっちへ見せて、全速力で遠ざかっていった。 ぼくたちは、手を叩き、膝をうち、ころげまわって笑った。 恐龍号は、それからギネタの方へ引っ返した。しかし、日はまだ高いので、港へはいることはよくなかった。そこでぼくたちは相談して、ギネタの[#「ギネタの」は底本では「キネタの」]北東七マイルのところにある小さい無人島へ艇をつけ、夕方まで休むことにした。そこはマングロープの密林が海の上まで押し出していたので、その密林のかげにはいっていれば、恐龍の長い首も海面から見える心配がなかった。 ぼくたちは、その無人島のかげへ早くはいってよかったと思った。というのは、それから間もなく、頭上をぶんぶんと飛行機がいく台もとび交い、うるさいことになったからだ。察するところ、例の巨船グロリア号が、ぼくらの恐龍を見てびっくり仰天し、そのことを無電で放送し、救助をもとめたため、救助の飛行機が方々からこっちへ飛んで来て、空中からの捜索をはじめたのであろう。 次から次へと、新しい飛行機がのぞきにやってきた。だんだん大型機へかわっていった。 「しょうがないね。まだ飛行機のやつ、下界をのぞいているぜ」 「困ったねえ。もうすぐ日が暮れる。ぼくたちは夜間航海を習っていないから、明日の朝まで、ここを動くことはできやしないよ」 「そんなら、今夜はここに泊まろう[#「泊まろう」は底本では「泊まろう」]」 ぼくたちは無人島のかげで一泊することになった。夜になっても飛行機はまだ捜索をつづけていた。中にはごていねいに照明弾を落としてゆく飛行機もあった。 「いやに大がかりになって来たね」 「きっと恐龍事件は世界中の大ニュースになって、さわがれているんだぜ」 「痛快だなあ。しかしカが多くていけないや」 夜は白みかかった。 さあ、早いところ帰航しようと思って、あたりの物音に耳をすました。すると、小さいながらぶーんと飛行機の音が聞こえるではないか。 「だめだ。まだ飛行機が、空にがんばっているよ」 「夜がすっかり明けちまうと、ちょっと出にくいんだ。困ったね」 夜が明けた。飛行機の数はふえた。これではいよいよ動けない。 その日も一泊、次の日も、やむを得ず一泊した。困ったのは食糧だ。もっと持ってくればよかった。水は完全になくなった。上陸してヤシの実のくさい水をのんで、ようようのどのかわきをとめて生きていた。
恐龍出現
四日目の朝のこと、起きて船の外へ出てみると、うれしや飛行機の音がしない。そこでサムを起こした。 「よし、今のうちに出航だ。しかしその前にヤシの実を十個ばかり拾って、艇内にはこんでおく必要がある。これからまだどういう目にあうかもしれないから、水の用意はしておかないといけないんだ」 「なるほど。では二人で、五個ずつ拾ってくればいいんだね。ゆこう」 サムとぼくとは急いで上陸した。それから近くのヤシの林へはいって、なるべく色の青いヤシの実を拾いあつめた。 五個のヤシの実は、やっと両手に抱えて持ちはこびができる。ぼくとサムとは、うんうんいいながら林を出て、艇のつないである湾の方へよたよた歩いていった。 そのときである。サムが、「あっ」といって立ちどまった。 「どうした、サム」と、ぼくはたずねた。 「うむ。ぼくの目はどうかしているらしい。恐龍の首が二つ見えるんだ」 「あははは、何をいっているか」 と、ぼくはばかばかしくなって、湾の方を見た。 「あっ!」 ぼくの腕からヤシの実がころがり落ちた。ぼくの膝は急にがくがくになった。のどがからからになって、声がでなくなった。なぜ? なぜといって、ぼくは見たのだ。ぼくらの恐龍のそばに、もう一頭の恐龍が長い首をのばし、口を開いたり閉じたりして、のそのそしているのであった。それに、作り物の恐龍でないことは、一目で分かった。大きな胴が、マングロープをめりめりと押し倒している。長い尻尾が、ぱちゃんと大きくヤシの梢を叩く。ころころとヤシの実がころがるのが見える。ほんものの恐龍だ。 「逃げよう、本物の恐龍だ」 サムもこのとき悟ったと見え、ぼくの腕をとった。ぼくは無言で廻れ右をして走り出した。密林の奥深くへ……。 「おどろいたね。この島には本物の恐龍がすんでいるんだよ」 「恐龍島って、ほんとうにあるんだな。あいつは人間を食うだろうか」 「恐龍は爬虫類だろう。爬虫類といえばヘビやトカゲがそうだ。ヘビは人間をのむからね。従って恐龍は人間を食うと思う」 「なにが『従って』だ。食われちゃ、おしまいだ。ああ、困ったなあ」 「ぼくはそんなことよりも、あのけだものが、ぼくらの恐龍号の恐龍に話しかけても返事をしないものだから、腹を立ててしまってね、ぼくらの艇をぽんと海の中へけとばして沈めてしまやしないかと心配しているんだ」 「あっ、そうだ。昇降口をしめてくるのを忘れたよ。困った。本物の恐龍は相手が口をきかないものだから、きっと腹を立てるだろう」 「そうなれば、ぼくらは、乗って帰る船がなくなるよ。そしてこの島に本物の恐龍といっしょに住むことになるだろう」 「わーっ。本物の恐龍と同居するなんて、考えただけで、ぶるぶるぶるぶるだ」 サムは全身をこまかくふるえて見せた。 「ねえ、サム。恐龍は、鼻がきくだろうか。つまりにおいをかぎつけるのが鋭敏かな」 「なぜ、そんなことを聞くんだい」 「だって、ぼくはこれからそっと湾の方へ行って、本物の恐龍がどうしているか見てこようと思うんだ。しかし、もし恐龍の鼻がよくきくんだったら、ぼくが近づけば、恐龍に見つかって食べられてしまうからね」 「恐龍の臭覚は鈍感だと思う。なぜといって、ぼくらの作り物の恐龍のそばまで行っても、まだ本物かどうか分かりかねていたからね」 「じゃあ行ってみよう」 「ぼくも行く」 ぼくたちは、足音を忍びつつおそるおそる湾の見えるところまで行った。 「おや恐龍はいないぞ」 「ほんとだ。今のうちに、恐龍号に乗って逃げようよ」 「よし、急げ、早く」 今から考えると、そのときどうして恐龍号にとびこんだか、どうして出帆したか、昇降口は誰がしめたのか、そんなことはすこしも記憶していない。とにかく生命を的にして、早いところ片づけて、沖合いめがけて逃げ出したのだ。もちろん潜航なんかしない。浮上したままの全速力で白浪をたてて走った。気が気ではなかった。今にも恐龍が追いかけて来るかと……。 ギネタ湾頭の浅瀬に艇をのしあげて、ぼくたちは「やれやれ助かった」と思った。ぼくたちは艇をとび出して、水を渡って海岸の砂の上に馳けあがり、気のゆるみで二人とも、人事不省に陥った。 ぼくたちは知らなかったが、近くにいた人々は胆をつぶしたそうな。そうでもあろう。全速力で恐龍が海岸めがけて押し寄せて来たと思ったら、浅瀬にのしあげ、中から二人の少年がとび出してきて、砂の上でひっくりかえってしまったんだから。 ホテルでも、ぼくたちが三日三晩も、もどらないものだから、恐龍にさらわれたにちがいないと、手わけして探していたそうである。 ぼくたちは運よく生命を拾って、本国へもどることが出来た。いろいろ大損害もしたけれど、その後「恐龍艇の冒険」だの「恐龍を見た話」などを放送したり、本にして出版したりしたので、たいへん儲って金もちになった。このつぎの休暇には、日本へ行ってみたい。こんどサムに相談してみよう。
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