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暗号の役割(あんごうのやくわり)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-24 10:27:12 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语



   紙に窓をあける


 黒丸がンの字だ。
「それを句読点とする。すると始めの文字から拾っていって、四字・二字・五字・一字・二字・七字・二字・一字・……待てよ、これは駄目だ。こうして勘定していくと、内容文字は七十五字となる。句読点が二十五だから、これを百字から引いて七十五字だ。……七十五字ではおかしい。……後半の百字がどうやら暗号内容文だと思われるんだがそれは百字ある。七十五字ではない。するとこのンを句読点とする考えは駄目だ」
 ではどう解くのか。
 もう一度元へ戻って、百と二十五と四だ。百は全字数。二十五はンの字数、四は……四は四角だ。二十五掛ける四は百だ。
「ンのある場所を拾ってみると、第五字、第八字、第十四字、第十六字、第十九字、第二十七字、第三十字……となる。試みに、その番号に相当する文字を、後半の百文字の中から拾ってみよう。
 すると第五字(イ)、第八字(ソ)第十四字(ギ)、第十六字(ア)、第十九字(ン)、第二十七字(ゴ)、第三十字(ウ)……であるから、この順に文字を拾ってみると――イソギアンゴウ――イソギアンゴウ――“急ぎ暗号”かなよろしい。もっと先を拾ってみよう。
「第三十二字(ヲ)、第三十六字(モ)、第三十八字(チ)、第四十五字(テ)、第五十三字(モ)、第五十八字(ウ)、第六十一字(シ)、第六十四字(ア)、第六十六字(ゲ)、第七十字(マ)、第七十三字(ス)――ヲモチテモウシアゲマス。始めからだと“急ぎ暗号をもちて申上げます”となる、これだ。
 後半の文字の中から、ンの文字の個所にあたる文字を拾えば、暗号は解けるのだ。よし分った。それなら先をつづけよう。
「“急ぎ暗号をもちて申上げます例の男は”――ここまでで二十五字となる。これだけでは文章が尻切れ蜻蛉(とんぼ)だ。その先はどこに隠れているのだろう。
 もっと暗号文は永く続いているのではあるまいか。用箋の第二枚、第三枚があるのではなかったか。しかし封筒の中にはいっていたのは用箋一枚きりだった。困った」
 袋探偵は行詰って、紙片をいまいましく眺める。
 もうすこしで解けるような気がする。それでいて、手掛かりが見つからない。脳髄がちょっとすねているらしい。
 どうしてやろうか。
 袋探偵は呻(うな)っている……がそのとき彼は声をあげた。
「あ、これかな」探偵は白黒表の最後のところのンを指す。第百字目のンだ。「四角の枠の隅っこにンの字があるのはこれだけだ。他の三つの隅にはンがない。……するとこの窓はうまく明けてあるのかもしれない。……あっそうだ。四角だ。正方形だ、十字ずつの正方形だ。横にしても、さかさにしても同じ形の同じ大きさだから、ぴたりと重なる。よろしい。きっとこれだ。後半の百字を、同じように四角に並べてみよう」

いまけえいつのそさま
じにくぎじあまとんつ
まいせりんこごらみう
いをだいはもらちちの
とれまかてぎをちまめ
ちいもしうととうみけ
してもあえげいこりま
よとすかいるうよれお
いんんうはのなおなす
をとれつこたでれすは


 こうしておいて、前半の文字を四角に並べた白黒表をこの上に重ねる。ンのところ――つまり黒丸のところだけをナイフで穴をあけておく。ここに出してあるような形だ。
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 これが出来ると、あとはもう楽であった。二十五字を四倍すれば百字になるわけだから、この窓のあいた紙を、百字の暗号文の上に重ねて、まず“急ぎ暗号……例の男”までの二十五字を読んだあと、この窓あき紙を九十度又は百八十度廻して暗号文に重ねて、窓のあいているところから下の文字を読めばいいのであった。
 それはまず窓あき紙の(1)なる向きに置いたのを、次は(2)なる向きに変える。つまり左へ九十度廻すのである。すると、
“前島セン一と偽名し富子という女を連れ”と文章の切れっ端が出てくる。
 次はまた左へ九十度廻して(3)なる向きで文字を拾いその次にまた廻して(4)なる向きで字を拾う。これで百字の暗号が、きちんと文字になった。すなわち、全文を読むと、
“急ぎ暗号をもちて申上げます。例の男は前島セン一と偽名し、富子という女を連れ、一昨日以来、原の町ともえ旅館離れ竹の間に泊りこみ誰かを待受けている様子です”
 となる。
「ははあ、例の男というのは笹山鬼二郎のことだな」
 袋探偵は直感した。
 今日の掏摸(すり)が只の掏摸でなかったことは、彼奴の用いた念入りな手から察しがつく。烏啼の一味か、或いは笹山の一派かと考えたが、この暗号文から推測すると、どうしてもこれは烏啼の部下から本部又は碇健二へ送った情報に違いない。
「そうか。こういう暗号文を手に入れたからには、わしは原の町へ至急出張せんけりゃならん定石だ」
 彼は急遽(きゅうきょ)自動車を操縦して外出した。


   記録すべき応対


 表に張り込んでいた烏啼の部下は、その都度本部へ報告を送った。
“袋猫々が、周章(あわ)てて自動車で外出しました”
“上野広小路で買物をしました。旅行鞄を買い、食料品を買い、トランプを買いました”
“上野駅で、原の町行きの二等切符を買いました”
“駅前の本屋へ寄りました。サトウ・ハチローの詩集と旅行案内とを買いました”
“駅前の喫茶店で、紅茶一つ、アンミツ一つをたべました。十円チップを置きました”
“袋探偵は午後三時帰宅しました。窓から覗(のぞ)いてみると、彼は旅行の準備をしています”
“取調べたるところ、袋探偵の買った切符は午後十時上野発の青森行急行であります”
“只今午後九時十七分です。袋猫々は玄関前に現われ、旅行鞄と毛布とを自動車に積みこみ、助手席に少年を一人のせてばあやに見送られて、自動車を自ら運転して出かけました。方向は上野のようであります”
“中折帽に長い茶色のオーバー、猫背で、茶色の色眼鏡をかけた袋猫々は、黒い旅行鞄と灰色の毛布をもって四番線の九六列車に乗込みました。列車は午後十時一分発車しました。袋猫々はしきりに林檎(りんご)をかじりながら、本を読んでいます”
“只今午後十時十分、少年が、猫々の自動車を運転して袋邸に戻って来ました。ばあやが起きて来ました。自動車はガレージに入れて錠をかけました。少年は、ばあやからチョコレートの箱と林檎を三つもらって、喜んで帰って行きました”
“ばあやの部屋の電灯も消え、邸内の窓は全部まっくらになりました。街灯と門灯だけが光っています”
 報告は、櫛(くし)の歯をひくように、烏啼天駆のところへ集ってくる。
 しばらくして大宮駅から報告があって、袋探偵は座席で毛布にくるまって寝入っていると知らせて来た。
「よかろう。猫々め、暗号文に釣られて、とうとう福島県へ追払われやがった。さあそこで、こっちはそろそろ仕事にかかろう」
 烏啼は盃を下におくと、のっそり立上って、碇健二をはじめ部下に目くばせした。
 一門の出陣であった。
 自動車の中で、碇健二が烏啼天駆に話しかけた。
「あの袋猫々は、暗号文をちゃんと解いたようですね」
「原の町駅行きの切符を買ったところを見ると、暗号文が解けたんだな、そうだろう、探偵商売だから、それ位のことはやれるさ」
「あの暗号文をこしらえた須田は、それを袋探偵が解く力があるだろうかと心配していたですよ」
「須田よりは、猫々の方がちっと上だよ」
「しかし袋猫々も、まさか自分が旅行に出た留守に、自分の巣を荒されるとは気がついていないでしょうね」
「汽車に乗ってごっとんごっとんと東京を離れていったところをみると、気がついていないようだ」
「あとでおどろくでしょうな。折角手に入れた烏啼の重要書類が、自分の留守になくなっていたんではね」
「しかし、うまく行きゃいいが……袋猫々の金庫は厳重なことで、玄人の間にゃ有名だからな」
 烏啼はいつになく心配顔で元気がない。
 しかし自動車が袋邸の近くで停り、さっと下りたときの烏啼は、鬼神もさける体(てい)[#「体」は底本では「底」と誤植]の颯爽(さっそう)たる首領ぶりだった。
「中へ踏み込む人員は、おれと碇と、それから豹太、沙朗、八万の五名だ。あとの者は、手筈(てはず)に従って外に散らばって油断なく見張っていろ」
 中へ踏みこむことを指名された部下たちは得意満面、にやりと笑った。
 表と裏とから二手に分れて入った。烏啼の眼の前には戸締りなんか無いも同然だ。
「ばあやをひっくくって、押入の中へ入れちまいました、そのほかに誰も居りません」
「そうか。じゃあ金庫部屋へ踏みこめ」
 袋猫々の書斎に、その秘密金庫はあった。見事な壁掛をはずすと、その下に金庫の扉が見えていた。
 しかしこれが仲々明かないのであった。
 烏啼は金庫破りの三名人の豹太、沙朗、八万に命じて、この仕事に掛からせた。
 だがさすがの名人たちも、一時間たち、二時間たったがどうすることも出来なかった。
「爆破しますか」
 碇健二が、しびれを切らせていった。
「そういう不作法なことは、おれは嫌(き)れえだ。あくまで錠前を外して開くんだ」
 烏啼は頑として彼特有の我を通す。
 三時間、三時間半……三名人の顔に疲労の色が浮かぶ。
「まだかね」
 碇が、たまりかねて声をかけた。
「兄貴、黙っていてくんねえ」
 叱られた。
「なるほど。こんなに時間がかかるようじゃ、探偵を泊りがけで追払わなければならないわけだ」
 碇は、退屈のあまり机の引出をあけたり、本を一冊ずつ手に取って開いたりした。
 戸棚から、先日彼の失った鞄を見つけたときは、はっと緊張したが、中をあけてみると肝腎(かんじん)の重要書類がない。何のことだ。やっぱり金庫の中か。
 四時間二十分という途方もない長時間の記録を樹(た)てて、午前三時に、遂に大金庫は開いた。
「やれ、あいたか」
「あとは首領にやって頂きます」
 三名人は精根を使い果してそこへしゃがんでしまった。
 替って烏啼と碇とが前へ出て、金庫の中を覗きこんだ。
「あッ、あれだ」
「うん、やっぱりここに入れてあった。あけられるとは知らず、馬鹿な猫々だ」
「動くな、撃つぞ。機関銃弾が好きな奴は動いてもよろしい」
 大喝(たいかつ)した者がある。突然うしろで……
「しずかに手をあげてもらいましょう。これは皆さん。ようこそ御来邸下すった……」
 五名の賊は、双手(もろて)を高くあげてうしろをふりかえった。機銃を構えて猫背の肥満漢が茶色の大きな眼鏡をかけて、人をばかにしたような顔で、にこついていた。
「ちぇッ、きさまは猫々か、いっぱい喰わしたな」
 烏啼は無念のあまり舌打ちをした。
折角(せっかく)御来邸の案内状を頂いたのに、留守をしていては申訳ないからね」
「途中から引返したのか」
「とんでもない。拙者は原の町行きの切符を買っただけのことでござる」
「でも、確かに袋探偵は玄関から旅行鞄と毛布を持って出かけていったが……」
 と碇が不審の思い入れだ。
「ははあ、あれは拙者のふきかえ紳士でな、日当千円のものいりじゃ。後で君の方へ請求書を廻すことにしよう」
「おい猫々先生。どうするつもりか。いつまでわれわれに手をあげさせて置くんだ」
「いや、もうすぐだ。警察隊がやがて来る。もう五六分すれば……」
「五六分すれば……」
 烏啼の目がぎらりと光って碇へ。
 と、高くさしあげた碇の手の中で、ぴしんと硝子のこわれる音がして、破片が床にこぼれ落ちた。
「何だ。何をした」
 と、袋探偵は銃口を碇の方へ向ける。そのとき碇が蒼白になって昏倒した。と、その隣にいた烏啼もばったり倒れた。
「どうした……」
 言葉半ばに、探偵の瞼は重くなり、抱えていた機銃をごとんと足許へ取落とした。が続いてその機銃の上へ、彼の身体が転がった。
 三人の金庫破りの名人たちも、ばたばたばたと倒れてしまった。
 みんな死んだ。いや人事不省かも知れない。そしてこれは僅(わず)か数秒間の出来事であった。一体何事が起ったのであろうか。そのとき、どやどやと足音がして雪崩(なだ)れこんで来た十数名の男たち。彼らは申し合わせたように防毒面をつけていた。
 そして烏啼以下五名の賊徒を引担ぐと、踵(きびす)をかえして急いで部屋を出ていった。
 あとに袋猫々ただひとりが、森閑とした部屋に取残された。
 烏啼の館では慰労の夜宴が開かれた。
「あのポンスケ探偵も、今頃はさぞおどろいているでしょうね」
「ふふン、まさか毒瓦斯(ガス)で呉越同舟の無理心中をやらかすとは気がつかなかったろう」
 碇が掌の中で壊した硝子のアンプルの中には、無臭の麻痺瓦斯が入っていたのである。
「烏啼組じゃなきゃ見られない奇略ですね」
「なあに、大したことはない」
「われわれを一ぱい喰わしたつもりが、まんまと重要書類をさらって行かれて袋猫々先生、さぞやさぞなげいているでしょうね」
「袋探偵も、もっと自分の下に人員を殖やさないと、こんな目にあい続けるだろう」
「人件費が高くつくので、人が雇えないのでしょう」
 それは本当だった。しかし袋探偵としては、既に烏啼の重要書類を写真にうつしたものを握っているので、烏啼の部下があざ笑っているほど歎いてはいない。
 水鉛鉱の一件は、その後どうなったのか、話を聞いていない。



底本:「海野十三全集 第12巻 超人間X号」三一書房
   1990(平成2)年8月15日第1版第1刷発行
初出:「仮面」
   1948(昭和23)年2月号
入力:tatsuki
校正:原田頌子
ファイル作成:野口英司
2001年12月29日公開
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

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