文学者は一の社会問題なり、貧民が、僧侶が、娼妓が社会問題となれる如く。 熟々考ふるに天に鳶ありて油揚をさらひ地に土鼠ありて蚯蚓を喰ふ目出度き中に人間は一日あくせくと働きて喰ひかぬるが今日此頃の世智辛き生涯なり。学校の卒業証書が二枚や三枚有つたとて鼻を拭く足にもならねば高が壁の腰張か屏風の下張が関の山にて、偶々荷厄介にして箪笥に蔵へば縦令へば虫に喰はるゝとも喰ふ種には少しもならず。学士ですの何のと云ツた処で味噌摺の法を知らずお辞義の礼式に熟せざれば何処へ行ても敬して遠ざけらる が結局にて未だしも敬さるゝだけを得にして責めてもの大出来といふべし。ミルトンの詩を高らかに吟じた処で饑渇は中々に医しがたくカントの哲学に思を潜めたとて厳冬単衣終に凌ぎがたし。学問智識は富士の山ほど有ツても麺包屋が眼には唖銭一文の価値もなければ取ツけヱべヱは中々以ての外なり。トヾの結局が博物館に乾物の標本を残すか左なくば路頭の犬の腹を肥すが世に学者としての功名手柄なりと愚痴を覆す似而非ナツシユは勿論白痴のドン詰りなれど、さるにても笑止なるは世の是沙汰、飯粒に釣らるゝ鮒男がヤレ才子ぢや怜悧者ぢやと褒めそやされ、偶さか活きた精神を有つ者あれば却て木偶のあしらひせらるゝ事沙汰の限りなり。騙詐が世渡り上手で正直が無気力漢、無法が活溌で謹直が愚図、泥亀は天に舞ひ鳶は淵に躍る、さりとは不思議づくめの世の中ぞかし。 斯る中にも社会に大勢力を有する文学者どのは平気の平三で行詰りし世を屁とも思はず。春うら/\蝶と共に遊ぶや花の芳野山に玉の巵を飛ばし、秋は月てら/\と漂へる潮を観て絵島の松に猿なきを怨み、厳冬には炬燵を奢の高櫓と閉籠り、盛夏には蚊帳を栄耀の陣小屋として、米は俵より涌き銭は蟇口より出る結構な世の中に何が不足で行倒れの茶番狂言する事かとノンキに太平楽云ふて、自作の小説が何十遍摺とかの色表紙を付けて売出され、二号活字の広告で披露さるゝ外は何の慾もなき気楽三昧、あツたら老先の長い青年男女を堕落せしむる事は露思はずして筆費え紙費え、高が大家と云はれて見たさに無暗に原稿紙を書きちらしては屑屋に忠義を尽すを手柄とは心得るお目出たき商売なり。月雪花は魯か犬が子を産んだとては一句を作り猫が肴を窃んだとては一杯を飲み何かにつけて途方もなく嬉しがる事おかめが甘酒に酔ふと仝じ。 斯くの如く文学者は身分不相応に勢力を有し且つ身分不相応にのンきなり。世に気楽なるものは文学者なり、世に羨ましき者は文学者なり、接待の酒を飲まぬ者も文学者たらん事を欲し、落ちたるを拾はぬ者も文学者たるを願ふべし。 然るに世にすねたる阿呆は痛く文学者を斥罵すれども是れ中々に識見の狭陋を現示せし世迷言たるに過ぎず。冷静なる社会的の眼を以て見れば、等しく之れ土居して土食する一ツ穴の蚯蚓 の徒なれば何れを高しとし何れを低しとなさん。濁醪を引掛ける者が大福を頬張る者を笑ひ売色に現を抜かす者が女房にデレる鼻垂を嘲る、之れ皆他の鼻の穴の広きを知て我が尻の穴の窄きを悟らざる烏滸の白者といふべし。窮理決して迂なるにあらず実践何ぞ浅しと云はんや。魚肴は生臭きが故に廉からず蔬菜は土臭しといへども尊とし。馬に角なく鹿に※[#「馬+ のつくり」、219-16]なく犬は※[#「口+若」、219-16]と啼いてじやれず猫はワンと吠えて夜を守らず、然れども自ら馬なり鹿なり犬なり猫なるを妨けず。稼ぐものあれば遊ぶ者あり覚める者あれば酔ふ者あるが即ち世の実相なれば己れ一人が勝手な出放題をこねつけて好い子の顔をするは云はふ様なき歿分暁漢言語同断といふべし。縦令石橋を叩いて理窟を拈る頑固党が言の如く、文学者を以て放埓遊惰怠慢痴呆社会の穀潰し太平の寄生虫となすも、兎に角文学者が天下の最幸最福なる者たるに少しも差閊なし。然るを愚図々々と賢しらだちて罵るは隣家のお菜を考へる独身者の繰言と何ぞ択まん。 加之、文学者を以て怠慢遊惰の張本となすおせツかいは偶/\怠慢遊惰の却て神の天啓に協ふを知らざる白痴なり。謹んで慮かるに神の御恵洽かりし太古創造の時代には人間無為にして家業といふ七むづかしきものもなければ稼ぐといふ世話もなく面白おかしく喰て寝て日向ぼこりしてゐられたものゝ如し。アダムの二本棒が意地汚さの摂み喰さへ為ずば開闢以来五千年[#ルビの「ねん」は底本では「わん」]の今日まで人間は楽園の居候をしてゐられべきにとンだ飛ツ塵が働いて喰ふといふ面倒を生じ は扨も迷惑千万の事ならずや。神が創造の御心は人間を楽ましめんとするにありて苦ましめんとするにあらず。無為は天則なり、無精は神慮に協へり。正直の頭に神宿る――嫌な思をして稼ぐよりは真ツ正直に遊んで暮すが人間の自然にして祈らずとても神や守らん。文学者を以て大のンきなり大気楽なり大阿呆なりといふ事の当否は兎も角も眼ばかりパチクリさして心は藻脱の売となれる木乃伊文学者は豈に是れ人間の精粋にあらずや。 且つ又聖経の教ふる処に依れば天国に行かんとすれば是非とも小児の心を有たざるべからず。小児の如くタワイなく、意気地なく、湾白で、ダヾをこねて、遊び好で、無法で、歿分暁で、或時はお山の大将となりて空威張をし、或時はデレリ茫然としてお芋の煮えたも御存じなきお目出たき者は当世[#「たうせう」はママ]の文学者を置いて誰ぞや。 文学者なる哉、文学者なる哉。天変地異を笑つて済ますものは文学者なり。社会人事を茶にして仕舞ふ者は文学者なり。否な、神の特別なる贔屓を受けて自然に hypnotize さる ものは文学者なり。文学者なる哉、文学者なる哉。 我れ三文字屋金平夙に救世の大本願を起し、終に一切の善男善女をして悉く文学者たらしめんと欲し、百で買ツた馬の如くのたり/\として工風を凝し、虱を捫る事一万疋に及びし時酒屋の厮童が「キンライ」節を聞いて豁然大悟し、茲に椽大の椎実筆を揮て洽く衆生の為に為文学者経を説解せんとす。 右から見ても左から見ても文学者は最幸最福なる動物なり。我が抜苦与楽の説法を疑ふ事なく一図に有がたがツて盲信すれば此世からの極楽往生決して難きにあらず。銀価の下落を心配する苦労性、月給の減額に気を揉む神経先生、若くは身躰にもてあます食もたれの豚の子、無暗に首を掉りたがる張子の虎、来つて此説法を聴聞し而してのち文学者となれ。朝飯前の仕事にして天下を驚かす事虎列刺よりも甚だしく天下に評判さる 事蜘蛛男よりも隆んなるは唯其れ文学者あるのみ、文学者あるのみ。
●表記について
- このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
- [#…]は、入力者による注を表す記号です。
- 「くの字点」は「/\」で、「濁点付きくの字点」は「/″\」で表しました。
- 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。
- 傍点や圏点、傍線の付いた文字は、強調表示にしました。
- この作品には、JIS X 0213にない、以下の文字が用いられています。(数字は、底本中の出現「ページ-行」数。)これらの文字は本文内では「※[#…]」の形で示しました。
「馬+ のつくり」 |
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219-16 |
「口+若」 |
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219-16 | 上一页 [1] [2] 尾页
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