唐黍を燒く香立つ也。 秋は茸こそ面白けれ。松茸、初茸、木茸、岩茸、占地いろ/\、千本占地、小倉占地、一本占地、榎茸、針茸、舞茸、毒ありとても紅茸は紅に、黄茸は黄に、白に紫に、坊主茸、饅頭茸、烏茸、鳶茸、灰茸など、本草にも食鑑にも御免蒙りたる恐ろしき茸にも、一つ一つ名をつけて、籠に裝り、籠に狩る。茸爺、茸媼とも名づくべき茸狩りの古狸。町内に一人位づゝ必ずあり。山入の先達なり。 芝茸と稱へて、笠薄樺に、裏白なる、小さな茸の、山近く谷淺きあたりにも群生して、子供にも就中これが容易き獲ものなるべし。毒なし。味もまた佳し。宇都宮にてこの茸掃くほどあり。誰も食する者なかりしが、金澤の人の行きて、此れは結構と豆府の汁にしてつる/\と賞玩してより、同地にても盛に取り用ふるやうになりて、それまで名の無かりしを金澤茸と稱する由。實説なり。 茹栗、燒栗、可懷し。酸漿は然ることなれど、丹波栗と聞けば、里遠く、山遙に、仙境の土産の如く幼心に思ひしが。 松蟲や――すゞ蟲、と茣蓙きて、菅笠かむりたる男、籠を背に、大な鳥の羽を手にして山より出づ。 こつさいりんしんかとて柴をかつぎて、※[#非0213外字:「姉」の正字、第3水準1-85-57の木へんの代わりに女へん、501-11]さん被りにしたる村里の女房、娘の、朝疾く町に出づる状は、京の花賣の風情なるべし。六ツ七ツ茸を薄に拔きとめて、手すさみに持てるも風情あり。 渡鳥、小雀、山雀、四十雀、五十雀、目白、菊いたゞき、あとりを多く耳にす。椋鳥少し。鶇最も多し。 じぶと云ふ料理あり。だししたぢに、慈姑、生麩、松露など取合はせ、魚鳥をうどんの粉にまぶして煮込み、山葵を吸口にしたるもの。近頃頻々として金澤に旅行する人々、皆その調味を賞す。 蕪の鮨とて、鰤の甘鹽を、蕪に挾み、麹に漬けて壓しならしたる、いろどりに、小鰕を紅く散らしたるもの。此ればかりは、紅葉先生一方ならず賞めたまひき。たゞし、四時常にあるにあらず、年の暮に霰に漬けて、早春の御馳走なり。 さて、つまみ菜、ちがへ菜、そろへ菜、たばね菜と、大根のうろ拔きの葉、露も次第に繁きにつけて、朝寒、夕寒、やゝ寒、肌寒、夜寒となる。其のたばね菜の頃ともなれば、大根の根、葉ともに霜白し、其の味辛し、然も潔し。 北國は天高くして馬痩せたらずや。 大根曳きは、家々の行事なり。此れよりさき、軒につりて干したる大根を臺所に曳きて澤庵に壓すを言ふ。今日は誰の家の大根曳きだよ、などと言ふなり。軒に干したる日は、時雨颯と暗くかゝりしが、曳く頃は霙、霰とこそなれ。冷たさ然こそ、東京にて恰もお葉洗と言ふ頃なり。夜は風呂ふき、早や炬燵こひしきまどゐに、夏泳いだ河童の、暗く化けて、豆府買ふ沙汰がはじまる。 小著の中に、
其の雲が時雨れ/\て、終日終夜降り續くこと二日三日、山陰に小さな青い月の影を見る曉方、ぱら/\と初霰。さて世が變つた樣に晴れ上つて、晝になると、寒さが身に沁みて、市中五萬軒、後馳せの分も、やゝ冬構へなし果つる。やがて、とことはの闇となり、雲は墨の上に漆を重ね、月も星も包み果てて、時々風が荒れ立つても、其の一片の動くとも見えず。恁て天に雪催が調ふと、矢玉の音たゆる時なく、丑、寅、辰、巳、刻々に修羅礫を打かけて、霰々、又玉霰。
としたるもの、拙けれども殆ど實境也。 化かすのは狐、化けるのは狸、貉。狐狸より貉の化ける話多し。 三冬を蟄すれば、天狗恐ろし。北海の荒磯、金石、大野の濱、轟々と鳴りとゞろく音、夜毎襖に響く。雪深くふと寂寞たる時、不思議なる笛太鼓、鼓の音あり、山颪にのつてトトンヒユーときこゆるかとすれば、忽ち颯と遠く成る。天狗のお囃子と云ふ。能樂の常に盛なる國なればなるべし。本所の狸囃子と、遠き縁者と聞く。 豆の餅、草餅、砂糖餅、昆布を切込みたるなど色々の餅を搗き、一番あとの臼をトンと搗く時、千貫萬貫、萬々貫、と哄と喝采して、恁て市は榮ゆるなりけり。 榧の實、澁く侘し。子供のふだんには、大抵柑子なり。蜜柑たつとし。輪切りにして鉢ものの料理につけ合はせる。淺草海苔を一枚づゝ賣る。 上丸、上々丸など稱へて胡桃いつもあり。一寸煎つて、飴にて煮る、これは甘い。 蓮根、蓮根とは言はず、蓮根とばかり稱ふ、味よし、柔かにして東京の所謂餅蓮根なり。郊外は南北凡そ皆蓮池にて、花開く時、紅々白々。 木槿、木槿にても相分らず、木槿なり。山の芋と自然生を、分けて別々に稱ふ。 凧、皆いかとのみ言ふ。扇の地紙形に、兩方に袂をふくらましたる形、大々小々いろ/\あり。いづれも金、銀、青、紺にて、圓く星を飾りたり。關東の凧はなきにあらず、名づけて升凧と言へり。 地形の四角なる所、即ち桝形なり。 女の子、どうかすると十六七の妙齡なるも、自分の事をタアと言ふ。男の兒は、ワシは蓋しつい通りか。たゞし友達が呼び出すのに、ワシは居るか、と言ふ。此の方はどつちもワシなり。 お螻殿を、佛さん蟲、馬追蟲を、鳴聲でスイチヨと呼ぶ。鹽買蜻蛉、味噌買蜻蛉、考證に及ばず、色合を以て子供衆は御存じならん。おはぐろ蜻蛉を、※[#非0213外字:「姉」の正字、第3水準1-85-57の木へんの代わりに女へん、504-14]さんとんぼ、草葉螟蟲は燈心とんぼ、目高をカンタと言ふ。 螢、淺野川の上流を、小立野に上る、鶴間谷と言ふ所、今は知らず、凄いほど多く、暗夜には螢の中に人の姿を見るばかりなりき。 清水を清水。――桂清水で手拭ひろた、と唄ふ。山中の湯女の後朝なまめかし。其の清水まで客を送りたるもののよし。 二百十日の落水に、鯉、鮒、鯰を掬はんとて、何處の町内も、若い衆は、田圃々々へ總出で騷ぐ。子供たち、二百十日と言へば、鮒、カンタをしやくふものと覺えたほどなり。 謎また一つ。六角堂に小僧一人、お參りがあつて扉が開く、何?……酸漿。 味噌の小買をするは、質をおくほど恥辱だと言ふ風俗なりし筈なり。豆府を切つて半挺、小半挺とて賣る。菎蒻は豆府屋につきものと知り給ふべし。おなじ荷の中に菎蒻キツトあり。 蕎麥、お汁粉等、一寸入ると、一ぜんでは濟まず。二ぜんは當前。だまつて食べて居れば、あとから/\つきつけ裝り出す習慣あり。古風淳朴なり。たゞし二百が一錢と言ふ勘定にはあらず、心すべし。 ふと思出したれば、鄰國富山にて、團扇を賣る珍しき呼聲を、こゝに記す。
團扇やア、大團扇。 うちは、かつきツさん。 いつきツさん。團扇やあ。
もの知りだね。 ところで藝者は、娼妓は?……をやま、尾山と申すは、金澤の古稱にして、在方鄰國の人達は今も城下に出づる事を、尾山にゆくと申すことなり。何、その尾山ぢやあない?……そんな事は、知らない、知らない。
大正九年七月
●表記について
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- [#…]は、入力者による注を表す記号です。
- 「くの字点」は「/\」で、「濁点付きくの字点」は「/″\」で表しました。
- 傍点や圏点、傍線の付いた文字は、強調表示にしました。
- この作品には、JIS X 0213にない、以下の文字が用いられています。(数字は、底本中の出現「ページ-行」数。)これらの文字は本文内では「※[#…]」の形で示しました。
非0213外字:「姉」の正字、第3水準1-85-57の木へんの代わりに女へん |
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