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LOS CAPRICHOS(ロス カプリチョス)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-21 6:17:39 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语

底本: 芥川龍之介作品集第三巻
出版社: 昭和出版社
初版発行日: 1965(昭和40)年12月20日
入力に使用: 1965(昭和40)年12月20日

 

わらひは量的に分てば微笑びせう哄笑こうせうの二種あり。質的に分てば嬉笑きせう嘲笑てうせう苦笑くせうの三種あり。……予が最も愛する笑は嬉笑嘲苦笑と兼ねたる、爆声の如き哄笑なり。アウエルバツハの穴蔵に愚昧ぐまいの学生をはしらせたる、メフイストフエレエスの哄笑なり。

――カアル・エミリウス――


     ユダ

 逾越すぎこし[#「逾越」は底本では「逾趣」]と云へる「たね入れぬ麺包パンまつり」近づけり。祭司さいし[#「祭司」は底本では「祭史」]をさ学者たち、如何いかにしてかイエスを殺さんとうかがふ。ただ民をおそれたり。さて悪魔十二のうちのイスカリオテととなふるユダにきぬ。ユダ橄欖かんらんの林を歩める時、悪魔彼に云ひけるは、「イエスを祭司のをさたちにわたせ。すれば三十枚の銀子ぎんすを得べし。」されどユダ耳を蔽ひ、林の外に走り去れり。後又イエルサレムの町をさまよへる時、悪魔彼に云ひけるは、「イエスを祭司のをさたちにわたせ。らずばなんぢもイエスと共に、かならず十字架にけらるべし。」されどユダ耳を蔽ひ、イエスのもとに走り去れり。イエス彼に云ひけるは、「ユダよ。我誠になんぢ[#ルビの「なんぢ」は底本では「なんじ」]を知る。爾は荒野あらの獅子ししよりも強し。ただ小羊こひつじの心を忘るるなかれ。」ユダ、イエスの言葉を悦べり。されどその意味をさとらざりき。逾越すぎこしまつり来りし時、イエス弟子と共に食に就けり。悪魔三度みたびユダに云ひけるは、「イエスを祭司のをさたちにわたせ。すればなんぢの名、イエスの名と共に伝はらん。イエスの名太陽よりも光あれば、爾の名黒暗やみよりも恐怖あらん。爾は天国の奴隷しもべたらざるも、かならず地獄の王たるべし。バビロンの淫婦はなんぢ[#ルビの「なんぢ」は底本では「なんじ」]七頭しちとうの毒竜は爾の馬、火と煙と硫黄いわうとはなんぢ黒檀こくたん宝座みくらの前に、不断の香煙かうえんのぼらしめん。」ユダこの声を聞[#「聞」は底本では「闇」]きし時、のあたりに地獄の荘厳を見たり。イエス忽ちユダに一撮ひとつまみの食物を与へ、静かに彼に云ひけるは、「なんぢが為さんとする事は速かに為せ。」ユダ一撮の食物を受け、直ちに出でたり。時既になりき。ユダ祭司のをさカヤパの前に至り、イエスを彼にわたさんと云へり。カヤパおどろきて云ひけるは、「なんぢは何物なるか、イエスの弟子でしか、はたイエスの師か。」そはユダの姿、額は嵐の空よりも黒み、眼は焔よりも輝きつつ、王者の如く振舞ひしが故なり。……

     眼

――中華ちうくわ第一の名庖丁めいはうちやう張粛臣やうしゆくしんの談――


 眼をね、今日けふは眼を御馳走しようと思つたのです。なんの眼? 無論人間の眼をですよ。そりや眼を召上めしあがらなければ、人間を召上つたとは云はれませんや。眼と云ふやつはうまいものですぜ。脂があつて、歯ぎれがよくつて、――え、なににする? まあ、タンへ入れるんですね。丁度ちやうど鳩の卵のやうに、白眼しろめ黒眼くろめとはつきりしたやつが、香菜シヤンツアイが何かぶちこんだ中に、ふはふは浮いてゐやうと云ふんです。どうです? 悪くはありますまい。わたしなんぞは話してゐても、自然と唾気つばきがたまつて来ますぜ。そりや清湯燕窩せいたうえんくわだとか清湯鴒蛋れいたんだとかとは、比べものにもなににもなりませんや。所が今日けふその眼を抜いて見ると、――これにや私も驚きましたね。まるで使ひものにやならないんです。何、男か女か? 男ですよ。男も男も、ひげの生えた、フロツク・コオトを着てゐる男ですがね。御覧なさい。此処ここに名刺[#「名刺」は底本では「名剌」]があります。Herr Stuffendpuff. ちつとは有名な男ですか? 成程なるほどね、つまりその新聞や何かに議論を書いてゐる人間なんでせう。そいつの眼玉がこれぢやありませんか? そら、壁へ叩きつけても、容易な事ぢや破れませんや。驚いたでせう。二つともこの通り入れ眼ですよ。硝子細工ガラスざいくの入れ眼ですよ。

     疲労

 雨をはらんだ風の中に、竜騎兵の士官を乗せた、アラビアだね白馬しろうまが一頭、あへぎ喘ぎ走つて行つた。と思ふと銃声が五六発、続けさまに街道かいだう寂寞せきばくを破つた。その時白楊ポプラア並木なみきの根がたに、尿ねうをしやんだ一頭の犬は、これも其処そこへ来かかつた、仲間の尨犬むくいぬに話しかけた。
「どうだい、あの白馬の疲れやうは?」
莫迦ばか々々しいなあ。馬ばかりがけものぢやあるまいし、――」
「さうとも、僕等に乗つてくれれば、地球のはてへも飛んでくのだが、――」
 二匹の犬はかう云ふが早いか、竜騎兵の士官でも乗せてゐるやうに、昂然かうぜんと街道を走つて行つた。

     魔女

 魔女ははうきまたがりながら、片々へんぺんと空を飛んで行つた。
 それを見たものが三人あつた。
 一人ひとりは年をとつた月だつた。これは又かと云ふやうに、黙々と塔の上にかかつてゐた。
 もう一人は風見かざみの鶏だつた。これはびつくりしたやうに、ぎいぎいさをの上に啼きまはつた。
 最後の一人は大学教授 Dundergutz 先生だつた。これはその熱心に、魔女が空を飛んで行つたのは、箒が魔女を飛ばせたのか、魔女が箒を飛ばせたものか、どちらかと云ふ事を研究し出した。
 なんでも先生は今日こんにちでも、やはり同じ大問題を研究し続けてゐるさうである。
 魔女は箒に跨りながら、昨夜ゆうべも大きな蝙蝠かうもりのやうに、片々と空を飛んで行つた。

     遊び

 崖に臨んだ岩のすきには、一株の羊歯しだが茂つてゐる。トムはその羊歯の葉の上に、さつきから一匹の大土蜘蛛おほつちぐもと、必死の格闘を続けてゐる。何しろ評判の渾名あだな通り、親指くらゐしかない男だから、蜘蛛と戦ふのも容易ではない。蜘蛛は足を拡げた儘、まつしぐらにトムへ殺到する。トムはその度に身をかはせては、咄嗟とつさに蜘蛛の腹へ一撃を加へる。……
 それが十分程続いたのち、彼等は息も絶え絶えに、どちらも其処へゐすくまつてしまつた。
 羊歯しだの生えた岩の下には、深い谷底がひらいてゐる。一匹の毒竜はその谷底に、白馬しろうままたがつた聖ヂヨオヂと、もう半日も戦つてゐる。何しろ相手の騎士の上には、天主てんしゆ冥護みやうごくははつてゐるから、毒竜も容易に勝つ事は出来ない。毒竜は火を吐きかけ、吐きかけ、何度も馬のくらへ跳り上る。が、何時いつでも竜の爪は、騎士のよろひすべつてしまつた。聖ヂヨオヂは槍をふるひながら、縦横じゆうわうに馬を跳らせてゐる。軽快なひづめの音、花々しい槍のひらめき、それから毒竜のほのほうちに、※(「參+毛」、第3水準1-86-45)さん/\なびいたかぶとの乱れ毛、……
 トムは遠い崖の下に、勇ましい聖ヂヨオヂの姿を見ると、苦々にが/\しさうに舌打ちをした。
畜生ちくしやう。あいつは遊んでゐやがる。」

     Don Juan aux enfers

 ドン・ジユアンは舟の中に、薄暗い河を眺めてゐる。時々古いふなべりを打つては、蒼白い火花をほとばしらせる、泊夫藍色サフランいろの浪の高さ。その舟のともにはいはほのやうに、黙々と今日けふかいを取つた、おお、お前! 寂しいシヤアロン!
 或れいは遠い浪のあひだに、高々と両手をさし上げながら、舟中しうちうの客をのろつてゐる。又或霊は口惜くやしさうに、舟べりを煙らせた水沫しぶきの中から、ぢつと彼の顔を見上げてゐる。見よ! あちらのへさきすがつた、或霊の腕のたくましさを! と思ふとこちらのともにも、シヤアロンのかいに払はれたのか、真逆様まつさかさまに沈みかかつた、或霊の二つの足のうら!

 妻を盗まれたをつとの霊、娘をかすめられた父親の霊、恋人を奪はれた若者の霊。――この河に浮き沈む無数の霊は、一人も残らず男だつた。おお、わが詩人ボオドレエル! 君はこの地獄の河に、どの位おびただしい男の霊が、泣き叫んでゐたかを知らなかつた!

 しかしドン・ジユアンは冷然と、舟中しうちうつるぎをついた儘、※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)にほひい葉巻へ火をつけた。さうして眉一つ動かさずに、大勢おほぜいの霊を眺めやつた。何故なぜ彼はこの時でも、流俗のやうに恐れなかつたか? それは一人ひとりも霊の中に彼程の美男びなんがゐなかつたからである!

     幽霊

 或古本屋ふるほんやの店頭。よる。古本屋の主人は居睡りをしてゐる。かすかにピアノの音がするのは、近所にカフエエのある証拠らしい。
 第一の幽霊 (さもがつかりしたやうに、朦朧もうろうと店さきへ姿を現す。)此処ここにも古本屋が一軒ある。存外ぞんぐわいかう云ふ所には、品物が揃つてゐるかも知れない。(熱心に棚の書物を検べる。)近松ちかまつ全集、万葉集略解まんえふしふりやくげ、たけくらべ、アンナ・カレニナ、芭蕉ばせう句集、――ない。ない。やつぱりない。ないと云ふ筈はないのだが……
 第二の幽霊 (これもやはり大儀たいぎさうに、ふはりと店へはひつて来る。)おや、今晩は。
 第一の幽霊 今晩は。どうだね、その君の戯曲は?
 第二の幽霊 駄目だめ、駄目。何処どこの芝居でも御倉おくらにしてゐる。やつてゐるのは不相変あひかはらずかびの生えた旧劇ばかりさ。君の小説はどうなつたい?
 第一の幽霊 これも御同様絶版と来てゐる。もう僕の小説なぞは、誰も読むものがなくなつたのだね。
 第二の幽霊 (冷笑するやうに。)君の時代も過ぎ去つたかね。
 第一の幽霊 (感傷的に。)我々の時代が過ぎ去つたのだよ。もつとも僕等が往生わうじやうしたのは、もう五十年も前だからなあ。
 第三の幽霊 (これは燐火りんくわを飛ばせながら、愉快さうにただよつて来る。)今晩は。なんだかいやにふさいでゐるぢやないか? 幽霊が悄然せうぜんとしてゐるなんぞは、当節がらあんまりはやらないぜ。僕は批評家たる職分上、諸君の悪趣味に反対だね。
 第一の幽霊 僕等がふさいでゐるのぢやない。君が幽霊にしては陽気過ぎるのだよ。
 第三の幽霊 そりや大きにさうかも知れない。しかし僕は今夜という今夜、始めて死に甲斐を感じたね。
 第二の幽霊 (冷笑ひやかすやうに。)君の全集でも出来るのかい?
 第三の幽霊 いや、全集は出来ないがね。かく後代こうだいに僕の名前が、伝はる事だけはたしかになつたよ。
 第二の幽霊 (疑はしさうに。)へええ。
 第一の幽霊 (よろこばしさうに。)本当かい?
 第三の幽霊 本当とも。まあ、これを見てくれ給へ。(書物を一冊出して見せる。)これは今日けふ出来た本だがね。この本の中に僕の事が、ちやんと五六行書いてあるのだ。どうだい? これぢやいくら幽霊でも、はしやぎまはらずにはゐられないぢやないか?
 第二の幽霊 ちよいと借してくれ給へ。(一生懸命にページをはぐる。)僕の名前は出てゐないかしら?
 第一の幽霊 名前くらゐは出てゐるだらう。僕のも次手ついでに見てくれ給へ。
 第三の幽霊 (得意さうに独りごとを云ふ。)おれもとうとう不朽ふきうになつたのだ。サント・ブウヴやテエヌのやうに。――不朽と云ふ事も悪いものぢやないな。
 第二の幽霊 (第一の幽霊に。)[#底本ではここに句点]どうも君の名は見えないやうだよ。
 第一の幽霊 君の名も見えないやうだね。
 第二の幽霊 (第三の幽霊に。)君の事は何処どこに書いてあるのだ?
 第三の幽霊 索引さくいんを見給へ。索引を。××××と云ふ所を引けばいのだ。
 第二の幽霊 成程なるほど此処ここに書いてある。「当時かずの多かつた批評家中、永久に記憶さるべきものは、××××と云ふ論客である。……」
 第三の幽霊 まあ、ざつとそんな調子さ。其処そこまで読めば沢山たくさんだよ。
 第二の幽霊 次手ついでにもう少し読ませ給へ。「勿論彼は如何いかなる点でも、毛頭まうとう才能ある批評家ではない。……」
 第一の幽霊 (満足さうに。)それから?
 第二の幽霊 (読み続ける。)「しかし彼は不朽になるべき、十分な理由を持つてゐる。……」
 第三の幽霊 もうそれだけにして置き給へ。僕はちよいとく所があるから。
 第二の幽霊 まあ、しまひまで読ませ給へ。(いよいよ大声に。)「なにとなれば彼は――」
 第三の幽霊 ぢや僕は失敬する。
 第一の幽霊 そんなに急がなくつてもいぢやないか?
 第二の幽霊 もうたつた一行だよ。「何となれば彼は終始しゆうし一貫――」
 第三の幽霊 (やけ気味に。)ぢや勝手に読み給へ。左様さようなら。(燐火と共に消える。)
 第一の幽霊 なんだつてあんなに慌てたのだらう?
 第二の幽霊 慌てる筈さ。まあ、これを聞[#「聞」は底本では「闇」]き給へ。[#底本ではここで改行、次行の始めかぎ括弧は天ツキ]「何となれば彼は終始一貫、芥川竜之介あくたがはりゆうのすけの小説が出ると、勇ましい悪口あくこうを云ひ続けた。……」
 第一の幽霊 (笑ふ。)そんな事だらうと思つたよ。
 第二の幽霊 不朽もかうなつちやわざはひだね。(書物をはふり出す。)
 その音に主人が眼をさます。
 主人 おや、棚の本が落ちたかしら。こりやまだ新しい本だが。
 第二の幽霊 (わざと物凄い声をする。)それもぢきに古くなるぞ。
 主人 (驚いたやうに。)誰だい、お前さんは?
 第一の幽霊 (第二の幽霊に。)罪な事をするものぢやない。さあ、一しよに Hades へ帰らう。(消える。)
 第二の幽霊 ちつとは僕の本も店へ置けよ。(消える。)
 主人は呆気あつけにとられてゐる。

(大正十年十一月)




 



底本:「芥川龍之介作品集第三巻」昭和出版社
   1965(昭和40)年12月20日発行
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年1月26日公開
2004年3月6日修正
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●表記について
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  • [#…]は、入力者による注を表す記号です。
  • 「くの字点」は「/\」で表しました。
  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。
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