それは実際何でもない。ただ乾いた山砂の上に細かい蟻が何匹も半死半生の赤蜂を引きずって行こうとしていたのです。赤蜂は仰けになったなり、時々裂けかかった翅を鳴らし、蟻の群を逐い払っています。が、蟻の群は蹴散らされたと思うと、すぐにまた赤蜂の翅や脚にすがりついてしまうのです。僕等はそこに立ちどまり、しばらくこの赤蜂のあがいているのを眺めていました。現にM子さんも始めに似合わず、妙に真剣な顔をしたまま、やはりK君の側に立っていたのです。 「時々剣を出しますわね。」 「蜂の剣は鉤のように曲っているものですね。」 僕は誰も黙っているものですから、M子さんとこんな話をしていました。 「さあ、行きましょう。あたしはこんなものを見るのは大嫌い。」 M子さんのお母さんは誰よりも先きに歩き出しました。僕等も歩き出したのは勿論です。松林は路をあましたまま、ひっそりと高い草を伸ばしていました。僕等の話し声はこの松林の中に存外高い反響を起しました。殊にK君の笑い声は――K君はS君やM子さんにK君の妹さんのことを話していました。この田舎にいる妹さんは女学校を卒業したばかりらしいのです。が、何でも夫になる人は煙草ものまなければ酒ものまない、品行方正の紳士でなければならないと言っていると云うことです。 「僕等は皆落第ですね?」 S君は僕にこう言いました。が、僕の目にはいじらしいくらい、妙にてれ切った顔をしていました。 「煙草ものまなければ酒ものまないなんて、……つまり兄貴へ当てつけているんだね。」 K君も咄嗟につけ加えました。僕は善い加減な返事をしながら、だんだんこの散歩を苦にし出しました。従って突然M子さんの「もう帰りましょう」と言った時にはほっとひと息ついたものです。M子さんは晴れ晴れした顔をしたまま、僕等の何とも言わないうちにくるりと足を返しました。が、温泉宿へ帰る途中はM子さんのお母さんとばかり話していました。僕等は勿論前と同じ松林の中を歩いて行ったのです。けれどもあの赤蜂はもうどこかへ行っていました。 それから半月ばかりたった後です。僕はどんより曇っているせいか、何をする気もなかったものですから、池のある庭へおりて行きました。するとM子さんのお母さんが一人船底椅子に腰をおろし、東京の新聞を読んでいました。M子さんはきょうはK君やS君と温泉宿の後ろにあるY山へ登りに行ったはずです。この奥さんは僕を見ると、老眼鏡をはずして挨拶しました。 「こちらの椅子をさし上げましょうか?」 「いえ、これで結構です。」 僕はちょうどそこにあった、古い籐椅子にかけることにしました。 「昨晩はお休みになれなかったでしょう?」 「いいえ、……何かあったのですか?」 「あの気の違った男の方がいきなり廊下へ駈け出したりなすったものですから。」 「そんなことがあったんですか?」 「ええ、どこかの銀行の取りつけ騒ぎを新聞でお読みなすったのが始まりなんですって。」 僕はあの松葉の入れ墨をした気違いの一生を想像しました。それから、――笑われても仕かたはありません、僕の弟の持っている株券のことなどを思い出しました。 「Sさんなどはこぼしていらっしゃいましたよ。……」 M子さんのお母さんはいつか僕に婉曲にS君のことを尋ね出しました。が、僕はどう云う返事にも「でしょう」だの「と思います」だのとつけ加えました。(僕はいつも一人の人をその人としてだけしか考えられません。家族とか財産とか社会的地位とか云うことには自然と冷淡になっているのです。おまけに一番悪いことはその人としてだけ考える時でもいつか僕自身に似ている点だけその人の中から引き出した上、勝手に好悪を定めているのです。)のみならずこの奥さんの気もちに、――S君の身もとを調べる気もちにある可笑しさを感じました。 「Sさんは神経質でいらっしゃるでしょう?」 「ええ、まあ神経質と云うのでしょう。」 「人ずれはちっともしていらっしゃいませんね。」 「それは何しろ坊ちゃんですから、……しかしもう一通りのことは心得ていると思いますが。」 僕はこう云う話の中にふと池の水際に沢蟹の這っているのを見つけました。しかもその沢蟹はもう一匹の沢蟹を、――甲羅の半ば砕けかかったもう一匹の沢蟹をじりじり引きずって行くところなのです。僕はいつかクロポトキンの相互扶助論の中にあった蟹の話を思い出しました。クロポトキンの教えるところによれば、いつも蟹は怪我をした仲間を扶けて行ってやると云うことです。しかしまたある動物学者の実例を観察したところによれば、それはいつも怪我をした仲間を食うためにやっていると云うことです。僕はだんだん石菖のかげに二匹の沢蟹の隠れるのを見ながら、M子さんのお母さんと話していました。が、いつか僕等の話に全然興味を失っていました。 「みんなの帰って来るのは夕がたでしょう?」 僕はこう言って立ち上りました。同時にまたM子さんのお母さんの顔にある表情を感じました。それはちょっとした驚きと一しょに何か本能的な憎しみを閃かせている表情です。けれどもこの奥さんはすぐにもの静かに返事をしました。 「ええ、M子もそんなことを申しておりました。」 僕は僕の部屋へ帰って来ると、また縁先の手すりにつかまり、松林の上に盛り上ったY山の頂を眺めました。山の頂は岩むらの上に薄い日の光をなすっています。僕はこう云う景色を見ながら、ふと僕等人間を憐みたい気もちを感じました。…… M子さん親子はS君と一しょに二三日前に東京へ帰りました。K君は何でもこの温泉宿へ妹さんの来るのを待ち合せた上、(それは多分僕の帰るのよりも一週間ばかり遅れるでしょう。)帰り仕度をするとか云うことです。僕はK君と二人だけになった時に幾分か寛ぎを感じました。もっともK君を劬りたい気もちの反ってK君にこたえることを惧れているのに違いありません。が、とにかくK君と一しょに比較的気楽に暮らしています。現にゆうべも風呂にはいりながら、一時間もセザアル・フランクを論じていました。 僕は今僕の部屋にこの手紙を書いています。ここはもう初秋にはいっています。僕はけさ目を醒ました時、僕の部屋の障子の上に小さいY山や松林の逆さまに映っているのを見つけました。それは勿論戸の節穴からさして来る光のためだったのです。しかし僕は腹ばいになり、一本の巻煙草をふかしながら、この妙に澄み渡った、小さい初秋の風景にいつにない静かさを感じました。……… ではさようなら。東京ももう朝晩は大分凌ぎよくなっているでしょう。どうかお子さんたちにもよろしく言って下さい。
(昭和二年六月七日)
●表記について
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