十九
「されば恋の功徳こそ、千万無量とも申してよかろう。」 やがて若殿様は、恥しそうに御眼を御伏せになった御姫様から、私の方へ、陶然となすった御顔を御向けになって、 「何と、爺もそう思うであろうな。もっともその方には恋とは申さぬ。が、好物の酒ではどうじゃ。」 「いえ、却々持ちまして、手前は後生が恐ろしゅうございます。」 私が白髪を掻きながら、慌ててこう御答え申しますと、若殿様はまた晴々と御笑いになって、 「いや、その答えが何よりじゃ。爺は後生が恐ろしいと申すが、彼岸に往生しょうと思う心は、それを暗夜の燈火とも頼んで、この世の無常を忘れようと思う心には変りはない。じゃによってその方も、釈教と恋との相違こそあれ、所詮は予と同心に極まったぞ。」 「これはまた滅相な。成程御姫様の御美しさは、伎芸天女も及ばぬほどではございますが、恋は恋、釈教は釈教、まして好物の御酒などと、一つ際には申せませぬ。」 「そう思うのはその方の心が狭いからの事じゃ。弥陀も女人も、予の前には、皆われらの悲しさを忘れさせる傀儡の類いにほかならぬ。――」 こう若殿様が御云い張りになると、急に御姫様は偸むように、ちらりとその方を御覧になりながら、 「それでも女子が傀儡では、嫌じゃと申しは致しませぬか。」と、小さな御声で仰有いました。 「傀儡で悪くば、仏菩薩とも申そうか。」 若殿様は勢いよく、こう返事をなさいましたが、ふと何か御思い出しなすったように、じっと大殿油の火影を御覧になると、 「昔、あの菅原雅平と親ゅう交っていた頃にも、度々このような議論を闘わせた。御身も知って居られようが、雅平は予と違って、一図に信を起し易い、云わば朴直な生れがらじゃ。されば予が世尊金口の御経も、実は恋歌と同様じゃと嘲笑う度に腹を立てて、煩悩外道とは予が事じゃと、再々悪しざまに罵り居った。その声さえまだ耳にあるが、当の雅平は行方も知れぬ。」と、いつになく沈んだ御声でもの思わしげに御呟きなさいました。するとその御容子にひき入れられたのか、しばらくの間は御姫様を始め、私までも口を噤んで、しんとした御部屋の中には藤の花の ばかりが、一段と高くなったように思われましたが、それを御座が白けたとでも、思ったのでございましょう。女房たちの一人が恐る恐る、 「では、この頃洛中に流行ります摩利の教とやら申すのも、やはり無常を忘れさせる新しい方便なのでございましょう。」と、御話の楔を入れますと、もう一人の女房も、 「そう申せばあの教を説いて歩きます沙門には、いろいろ怪しい評判があるようでございませんか。」と、さも気味悪そうに申しながら、大殿油の燈心をわざとらしく掻立てました。
二十
「何、摩利の教。それはまた珍しい教があるものじゃ。」 何か御考えに耽っていらしった若殿様は、思い出したように、御盃を御挙げになると、その女房の方を御覧になって、 「摩利と申すからは、摩利支天を祭る教のようじゃな。」 「いえ、摩利支天ならよろしゅうございますが、その教の本尊は、見慣れぬ女菩薩の姿じゃと申す事でございます。」 「では、波斯匿王の妃の宮であった、茉利夫人の事でも申すと見える。」 そこで私は先日神泉苑の外で見かけました、摩利信乃法師の振舞を逐一御話し申し上げてから、 「その女菩薩の姿では、茉利夫人とやらのようでもございませぬ。いや、それよりはこれまでのどの仏菩薩の御像にも似ていないのでございます。別してあの赤裸の幼子を抱いて居るけうとさは、とんと人間の肉を食む女夜叉のようだとも申しましょうか。とにかく本朝には類のない、邪宗の仏に相違ございますまい。」と、私の量見を言上致しますと、御姫様は美しい御眉をそっと御ひそめになりながら、 「そうしてその摩利信乃法師とやら申す男は、真実天狗の化身のように見えたそうな。」と、念を押すように御尋ねなさいました。 「さようでございます。風俗はとんと火の燃える山の中からでも、翼に羽搏って出て来たようでございますが、よもやこの洛中に、白昼さような変化の物が出没致す事はございますまい。」 すると若殿様はまた元のように、冴々した御笑声で、 「いや、何とも申されぬ。現に延喜の御門の御代には、五条あたりの柿の梢に、七日の間天狗が御仏の形となって、白毫光を放ったとある。また仏眼寺の仁照阿闍梨を日毎に凌じに参ったのも、姿は女と見えたが実は天狗じゃ。」 「まあ、気味の悪い事を仰有います。」 御姫様は元より、二人の女房も、一度にこう云って、襲の袖を合せましたが、若殿様は、愈御酒機嫌の御顔を御和げになって、 「三千世界は元より広大無辺じゃ。僅ばかりの人間の智慧で、ないと申される事は一つもない。たとえばその沙門に化けた天狗が、この屋形の姫君に心を懸けて、ある夜ひそかに破風の空から、爪だらけの手をさしのべようも、全くない事じゃとは誰も云えぬ。が、――」と仰有りながら、ほとんど色も御変りにならないばかり、恐ろしげに御寄りそいになった御姫様の袿の背を、やさしく御さすりになりながら、 「が、まだその摩利信乃法師とやらは、幸い、姫君の姿さえ垣間見た事もないであろう。まず、それまでは魔道の恋が、成就する気づかいはよもあるまい。さればもうそのように、怖がられずとも大丈夫じゃ。」と、まるで子供をあやすように、笑って御慰めなさいました。
二十一
それから一月ばかりと申すものは、何事もなくすぎましたが、やがて夏も真盛りのある日の事、加茂川の水が一段と眩く日の光を照り返して、炎天の川筋には引き舟の往来さえとぎれる頃でございます。ふだんから釣の好きな私の甥は、五条の橋の下へ参りまして、河原蓬の中に腰を下しながら、ここばかりは涼風の通うのを幸と、水嵩の減った川に糸を下して、頻に鮠を釣って居りました。すると丁度頭の上の欄干で、どうも聞いた事のあるような話し声が致しますから、何気なく上を眺めますと、そこにはあの平太夫が高扇を使いながら、欄干に身をよせかけて、例の摩利信乃法師と一しょに、余念なく何事か話して居るではございませんか。 それを見ますと私の甥は、以前油小路の辻で見かけた、摩利信乃法師の不思議な振舞がふと心に浮びました。そう云えばあの時も、どうやら二人の間には、曰くがあったようでもある。――こう私の甥は思いましたから、眼は糸の方へやっていても、耳は橋の上の二人の話を、じっと聞き澄まして居りますと、向うは人通りもほとんど途絶えた、日盛りの寂しさに心を許したのでございましょう。私の甥の居る事なぞには、更に気のつく容子もなく、思いもよらない、大それた事を話し合って居るのでございます。 「あなた様がこの摩利の教を御拡めになっていらっしゃろうなどとは、この広い洛中で誰一人存じて居るものはございますまい。私でさえあなた様が御自分でそう仰有るまでは、どこかで御見かけ申したとは思いながら、とんと覚えがございませんでした。それもまた考えて見れば、もっともな次第でございます。いつぞやの春の月夜に桜人の曲を御謡いになった、あの御年若なあなた様と、ただ今こうして炎天に裸で御歩きになっていらっしゃる、慮外ながら天狗のような、見るのも凄じいあなた様と、同じ方でいらっしゃろうとは、あの打伏の巫子に聞いて見ても、わからないのに相違ございません。」 こう平太夫が口軽く、扇の音と一しょに申しますと、摩利信乃法師はまるでまた、どこの殿様かと疑われる、鷹揚な言つきで、 「わしもその方に会ったのは何よりも満足じゃ。いつぞや油小路の道祖の神の祠の前でも、ちらと見かけた事があったが、その方は側目もふらず、文をつけた橘の枝を力なくかつぎながら、もの思わしげにたどたどと屋形の方へ歩いて参った。」 「さようでございますか。それはまた年甲斐もなく、失礼な事を致したものでございます。」 平太夫はあの朝の事を思い出したのでございましょう。苦々しげにこう申しましたが、やがて勢いの好い扇の音が、再びはたはたと致しますと、 「しかしこうして今日御眼にかかれたのは、全く清水寺の観世音菩薩の御利益ででもございましょう。平太夫一生の内に、これほど嬉しい事はございません。」 「いや、予が前で神仏の名は申すまい。不肖ながら、予は天上皇帝の神勅を蒙って、わが日の本に摩利の教を布こうと致す沙門の身じゃ。」
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