芥川龍之介全集 第四巻 |
筑摩書房 |
1971(昭和46)年6月5日 |
1971(昭和46)年10月5日初版第5刷 |
1971(昭和46)年10月5日初版第5刷 |
黒馬に風景が映つてゐる。 × 朝のパンを石竹の花と一しよに食はう。 × この一群の天使たちは蓄音機のレコオドを翼にしてゐる。 × 町はづれに栗の木が一本。その下にインクがこぼれてゐる。 × 青い山をひつ掻いて見給へ。石鹸が幾つもころげ出すだらう。 × 英字新聞には黄瓜を包め。 × 誰かあのホテルに蜂蜜を塗つてゐる。 × M夫人――舌の上に蝶が眠つてゐる。 × Fさん――額の毛が乞食をしてゐる。 × Oさん――あの口髭は駝鳥の羽根だらう。 × 詩人S・Mの言葉――芒の穂は毛皮だね。 × 或牧師の顔――臍! × レエスやナプキンの中へずり落ちる道。 × 碓氷山上の月、――月にもかすかに苔が生えてゐる。 × H老夫人の死、――霧は仏蘭西の幽霊に似てゐる。 × 馬蝿は水星にも群つて行つた。 × ハムモツクを額に感じるうるささ。 × 雷は胡椒よりも辛い。 × 「巨人の椅子」と云う岩のある山、――瞬かない顔が一つ見える。 × あの家は桃色の歯齦をしてゐる。 × 羊の肉には羊歯の葉を添へ給へ。 × さやうなら。手風琴の町、さようなら、僕の抒情詩時代。
(大正十四年稿)
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