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神神の微笑(かみがみのびしょう)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/8/15 15:28:17 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


 その三更さんこうに近づいた頃、オルガンティノは失心の底から、やっと意識を恢復した。彼の耳には神々の声が、未だに鳴り響いているようだった。が、あたりを見廻すと、人音ひとおとも聞えない内陣ないじんには、円天井まるてんじょうのランプの光が、さっきの通り朦朧もうろう壁画へきがを照らしているばかりだった。オルガンティノはうめき呻き、そろそろ祭壇のうしろを離れた。あの幻にどんな意味があるか、それは彼にはのみこめなかった。しかしあの幻を見せたものが、泥烏須デウスでない事だけは確かだった。
「この国の霊と戦うのは、……」
 オルガンティノは歩きながら、思わずそっと独りごとを洩らした。
「この国の霊と戦うのは、思ったよりもっと困難らしい。勝つか、それともまた負けるか、――」
 するとその時彼の耳に、こう云うささやきを送るものがあった。
「負けですよ!」
 オルガンティノは気味悪そうに、声のした方をかして見た。が、そこには不相変あいかわらず仄暗ほのぐらい薔薇や金雀花えにしだのほかに、人影らしいものも見えなかった。

       ×          ×          ×

 オルガンティノは翌日のゆうべも、南蛮寺なんばんじの庭を歩いていた。しかし彼の碧眼へきがんには、どこか嬉しそうな色があった。それは今日一日いちにちの内に、日本の侍が三四人、奉教人ほうきょうにんの列にはいったからだった。
 庭の橄欖かんらん月桂げっけいは、ひっそりと夕闇に聳えていた。ただその沈黙がみだされるのは、寺のはとが軒へ帰るらしい、中空なかぞら羽音はおとよりほかはなかった。薔薇のにおい、砂の湿り、――一切は翼のある天使たちが、「人の女子おみなごの美しきを見て、」妻を求めにくだって来た、古代の日の暮のように平和だった。
「やはり十字架の御威光の前には、けがらわしい日本の霊の力も、勝利をめる事はむずかしいと見える。しかし昨夜ゆうべ見た幻は?――いや、あれは幻に過ぎない。悪魔はアントニオ上人しょうにんにも、ああ云う幻を見せたではないか? その証拠には今日になると、一度に何人かの信徒さえ出来た。やがてはこの国も至る所に、天主てんしゅ御寺みてらが建てられるであろう。」
 オルガンティノはそう思いながら、砂の赤い小径こみちを歩いて行った。すると誰か後から、そっと肩を打つものがあった。彼はすぐに振り返った。しかし後には夕明りが、みちを挟んだ篠懸すずかけの若葉に、うっすりとただよっているだけだった。
御主おんあるじ。守らせ給え!」
 彼はこうつぶやいてから、おもむろにかしらをもとへ返した。と、彼のかたわらには、いつのまにそこへ忍び寄ったか、昨夜の幻に見えた通り、くびに玉を巻いた老人が一人、ぼんやり姿を煙らせたまま、おもむろに歩みを運んでいた。
「誰だ、お前は?」
 不意を打たれたオルガンティノは、思わずそこへ立ち止まった。
わたしは、――誰でもかまいません。この国の霊の一人です。」
 老人は微笑びしょうを浮べながら、親切そうに返事をした。
「まあ、御一緒に歩きましょう。私はあなたとしばらくのあいだ、御話しするために出て来たのです。」
 オルガンティノは十字を切った。が、老人はそのしるしに、少しも恐怖を示さなかった。
「私は悪魔ではないのです。御覧なさい、この玉やこの剣を。地獄じごくほのおに焼かれた物なら、こんなに清浄ではいない筈です。さあ、もう呪文じゅもんなぞを唱えるのはおやめなさい。」
 オルガンティノはやむを得ず、不愉快そうに腕組をしたまま、老人と一しょに歩き出した。
「あなたは天主教てんしゅきょうひろめに来ていますね、――」
 老人は静かに話し出した。
「それも悪い事ではないかも知れません。しかし泥烏須デウスもこの国へ来ては、きっと最後には負けてしまいますよ。」
泥烏須デウスは全能の御主おんあるじだから、泥烏須に、――」
 オルガンティノはこう云いかけてから、ふと思いついたように、いつもこの国の信徒に対する、叮嚀ていねいな口調を使い出した。
泥烏須デウスに勝つものはない筈です。」
「ところが実際はあるのです。まあ、御聞きなさい。はるばるこの国へ渡って来たのは、泥烏須デウスばかりではありません。孔子こうし孟子もうし荘子そうし、――そのほか支那からは哲人たちが、何人もこの国へ渡って来ました。しかも当時はこの国が、まだ生まれたばかりだったのです。支那の哲人たちは道のほかにも、の国の絹だのしんの国の玉だの、いろいろな物を持って来ました。いや、そう云う宝よりも尊い、霊妙れいみょうな文字さえ持って来たのです。が、支那はそのために、我々を征服出来たでしょうか? たとえば文字もじを御覧なさい。文字は我々を征服する代りに、我々のために征服されました。私が昔知っていた土人に、かきもと人麻呂ひとまろと云う詩人があります。その男の作った七夕たなばたの歌は、今でもこの国に残っていますが、あれを読んで御覧なさい。牽牛織女けんぎゅうしょくじょはあの中に見出す事は出来ません。あそこに歌われた恋人同士はくまでも彦星ひこぼし棚機津女たなばたつめとです。彼等の枕に響いたのは、ちょうどこの国の川のように、清いあまがわ瀬音せおとでした。支那の黄河こうが揚子江ようすこうに似た、銀河ぎんがの浪音ではなかったのです。しかし私は歌の事より、文字の事を話さなければなりません。人麻呂はあの歌を記すために、支那の文字を使いました。が、それは意味のためより、発音のための文字だったのです。しゅうと云う文字がはいったのちも、「ふね」は常に「ふね」だったのです。さもなければ我々の言葉は、支那語になっていたかも知れません。これは勿論人麻呂よりも、人麻呂の心を守っていた、我々この国の神の力です。のみならず支那の哲人たちは、書道をもこの国に伝えました。空海くうかい道風どうふう佐理さり行成こうぜい――私は彼等のいる所に、いつも人知れず行っていました。彼等が手本にしていたのは、皆支那人の墨蹟ぼくせきです。しかし彼等の筆先ふでさきからは、次第に新しい美が生れました。彼等の文字はいつのまにか、王羲之おうぎしでもなければ※(「ころもへん+楮のつくり」、第3水準1-91-82) 遂良ちょすいりょうでもない、日本人の文字になり出したのです。しかし我々が勝ったのは、文字ばかりではありません。我々の息吹いぶきは潮風しおかぜのように、老儒ろうじゅの道さえもやわらげました。この国の土人に尋ねて御覧なさい。彼等は皆孟子もうしの著書は、我々の怒にれ易いために、それを積んだ船があれば、必ずくつがえると信じています。科戸しなとの神はまだ一度も、そんな悪戯いたずらはしていません。が、そう云う信仰のうちにも、この国に住んでいる我々の力は、おぼろげながら感じられる筈です。あなたはそう思いませんか?」
 オルガンティノは茫然と、老人の顔を眺め返した。この国の歴史にうとい彼には、折角せっかくの相手の雄弁も、半分はわからずにしまったのだった。
「支那の哲人たちののちに来たのは、印度インドの王子悉達多したあるたです。――」
 老人は言葉を続けながら、みちばたの薔薇ばらの花をむしると、嬉しそうにその匂をいだ。が、薔薇はむしられた跡にも、ちゃんとその花が残っていた。ただ老人の手にある花は色や形は同じに見えても、どこか霧のように煙っていた。
仏陀ぶっだの運命も同様です。が、こんな事を一々御話しするのは、御退屈を増すだけかも知れません。ただ気をつけて頂きたいのは、本地垂跡ほんじすいじゃくの教の事です。あの教はこの国の土人に、大日※(「靈」の「巫」に代えて「女」、第3水準1-47-53)おおひるめむち大日如来だいにちにょらいと同じものだと思わせました。これは大日※(「靈」の「巫」に代えて「女」、第3水準1-47-53)貴の勝でしょうか? それとも大日如来の勝でしょうか? 仮りに現在この国の土人に、大日※(「靈」の「巫」に代えて「女」、第3水準1-47-53)貴は知らないにしても、大日如来は知っているものが、大勢あるとして御覧なさい。それでも彼等の夢に見える、大日如来の姿のうちには、印度ぶつ面影おもかげよりも、大日※(「靈」の「巫」に代えて「女」、第3水準1-47-53)貴がうかがわれはしないでしょうか? わたし親鸞しんらん日蓮にちれんと一しょに、沙羅双樹さらそうじゅの花の陰も歩いています。彼等が随喜渇仰ずいきかつごうしたほとけは、円光のある黒人こくじんではありません。優しい威厳いげんに充ち満ちた上宮太子じょうぐうたいしなどの兄弟です。――が、そんな事を長々と御話しするのは、御約束の通りやめにしましょう。つまり私が申上げたいのは、泥烏須デウスのようにこの国に来ても、勝つものはないと云う事なのです。」
「まあ、御待ちなさい。御前おまえさんはそう云われるが、――」
 オルガンティノは口をはさんだ。
「今日などは侍が二三人、一度に御教おんおしえ帰依きえしましたよ。」
「それは何人なんにんでも帰依するでしょう。ただ帰依したと云う事だけならば、この国の土人は大部分悉達多したあるたの教えに帰依しています。しかし我々の力と云うのは、破壊する力ではありません。造り変える力なのです。」
 老人は薔薇の花を投げた。花は手を離れたと思うと、たちまち夕明りに消えてしまった。
「なるほど造り変える力ですか? しかしそれはお前さんたちに、限った事ではないでしょう。どこの国でも、――たとえば希臘ギリシャの神々と云われた、あの国にいる悪魔でも、――」
「大いなるパンは死にました。いや、パンもいつかはまたよみ返るかも知れません。しかし我々はこの通り、未だに生きているのです。」
 オルガンティノは珍しそうに、老人の顔へ横眼を使った。
「お前さんはパンを知っているのですか?」
「何、西国さいこくの大名の子たちが、西洋から持って帰ったと云う、横文字よこもじの本にあったのです。――それも今の話ですが、たといこの造り変える力が、我々だけに限らないでも、やはり油断はなりませんよ。いや、むしろ、それだけに、御気をつけなさいと云いたいのです。我々は古い神ですからね。あの希臘ギリシャの神々のように、世界の夜明けを見た神ですからね。」
「しかし泥烏須デウスは勝つ筈です。」
 オルガンティノは剛情に、もう一度同じ事を云い放った。が、老人はそれが聞えないように、こうゆっくり話し続けた。
わたしはつい四五日まえ西国さいこく海辺うみべに上陸した、希臘ギリシャの船乗りにいました。その男は神ではありません。ただの人間に過ぎないのです。私はその船乗と、月夜の岩の上に坐りながら、いろいろの話を聞いて来ました。目一つの神につかまった話だの、人をいのこにする女神めがみの話だの、声の美しい人魚にんぎょの話だの、――あなたはその男の名を知っていますか? その男は私にった時から、この国の土人に変りました。今では百合若ゆりわかと名乗っているそうです。ですからあなたも御気をつけなさい。泥烏須デウスも必ず勝つとは云われません。天主教てんしゅきょうはいくらひろまっても、必ず勝つとは云われません。」
 老人はだんだん小声になった。
「事によると泥烏須デウス自身も、この国の土人に変るでしょう。支那や印度も変ったのです。西洋も変らなければなりません。我々は木々の中にもいます。浅い水の流れにもいます。薔薇ばらの花を渡る風にもいます。寺の壁に残る夕明ゆうあかりにもいます。どこにでも、またいつでもいます。御気をつけなさい。御気をつけなさい。………」
 その声がとうとう絶えたと思うと、老人の姿も夕闇の中へ、影が消えるように消えてしまった。と同時に寺の塔からは、眉をひそめたオルガンティノの上へ、アヴェ・マリアの鐘が響き始めた。

       ×          ×          ×

 南蛮寺なんばんじのパアドレ・オルガンティノは、――いや、オルガンティノに限った事ではない。悠々とアビトのすそを引いた、鼻の高い紅毛人こうもうじんは、黄昏たそがれの光のただよった、架空かくう月桂げっけいや薔薇の中から、一双の屏風びょうぶへ帰って行った。南蛮船なんばんせん入津にゅうしんの図をいた、三世紀以前の古屏風へ。
 さようなら。パアドレ・オルガンティノ! 君は今君の仲間と、日本の海辺うみべを歩きながら、金泥きんでいの霞に旗を挙げた、大きい南蛮船を眺めている。泥烏須デウスが勝つか、大日※(「靈」の「巫」に代えて「女」、第3水準1-47-53)おおひるめむちが勝つか――それはまだ現在でも、容易ようい断定だんていは出来ないかも知れない。が、やがては我々の事業が、断定を与うべき問題である。君はその過去の海辺から、静かに我々を見てい給え。たとい君は同じ屏風の、犬をいた甲比丹カピタンや、日傘をさしかけた黒ん坊の子供と、忘却の眠に沈んでいても、新たに水平へ現れた、我々の黒船くろふね石火矢いしびやの音は、必ず古めかしい君等の夢を破る時があるに違いない。それまでは、――さようなら。パアドレ・オルガンティノ! さようなら。南蛮寺のウルガン伴天連バテレン

(大正十年十二月)




 



底本:「芥川龍之介全集4」ちくま文庫、筑摩書房
   1987(昭和62)年1月27日第1刷発行
   1993(平成5)年12月25日第6刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
   1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1998年12月19日公開
2004年3月10日修正
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