26[#「26」は縦中横]
前の射撃屋の店。少年はまた空気銃をとり上げ、今度は熱心に的を狙う。三発、四発、五発、――しかし的は一つも落ちない。少年は渋ぶ渋ぶ銀貨を出し、店の外へ行ってしまう。
27[#「27」は縦中横]
始めはただ薄暗い中に四角いものの見えるばかり。その中にこの四角いものは突然電燈をともしたと見え、横にこう云う字を浮かび上らせる。――上に「公園六区」下に「夜警詰所」。上のは黒い中に白、下のは黒い中に赤である。
28[#「28」は縦中横]
劇場の裏の上部。火のともった窓が一つ見える。まっ直に雨樋をおろした壁にはいろいろのポスタアの剥がれた痕。
29[#「29」は縦中横]
この劇場の裏の下部。少年はそこに佇んだまま、しばらくはどちらへも行こうとしない。それから高い窓を見上げる。が、窓には誰も見えない。ただ逞しいブルテリアが一匹、少年の足もとを通って行く。少年の匂を嗅いで見ながら。
30[#「30」は縦中横]
同じ劇場の裏の上部。火のともった窓には踊り子が一人現れ、冷淡に目の下の往来を眺める。この姿は勿論逆光線のために顔などははっきりとわからない。が、いつか少年に似た、可憐な顔を現してしまう。踊り子は静かに窓をあけ、小さい花束を下に投げる。
31[#「31」は縦中横]
往来に立った少年の足もと。小さい花束が一つ落ちて来る。少年の手はこれを拾う。花束は往来を離れるが早いか、いつか茨の束に変っている。
32[#「32」は縦中横]
黒い一枚の掲示板。掲示板は「北の風、晴」と云う字をチョオクに現している。が、それはぼんやりとなり、「南の風強かるべし。雨模様」と云う字に変ってしまう。
33[#「33」は縦中横]
斜に見た標札屋の露店、天幕の下に並んだ見本は徳川家康、二宮尊徳、渡辺崋山、近藤勇、近松門左衛門などの名を並べている。こう云う名前もいつの間にか有り来りの名前に変ってしまう。のみならずそれ等の標札の向うにかすかに浮んで来る南瓜畠……
34[#「34」は縦中横]
池の向うに並んだ何軒かの映画館。池には勿論電燈の影が幾つともなしに映っている。池の左に立った少年の上半身。少年の帽は咄嗟の間に風のために池へ飛んでしまう。少年はいろいろあせった後、こちらを向いて歩きはじめる。ほとんど絶望に近い表情。
35[#「35」は縦中横]
カッフェの飾り窓。砂糖の塔、生菓子、麦藁のパイプを入れた曹達水のコップなどの向うに人かげが幾つも動いている。少年はこの飾り窓の前へ通りかかり、飾り窓の左に足を止めてしまう。少年の姿は膝の上まで。
36[#「36」は縦中横]
このカッフェの外部。夫婦らしい中年の男女が二人硝子戸の中へはいって行く。女はマントルを着た子供を抱いている。そのうちにカッフェはおのずからまわり、コック部屋の裏を現わしてしまう。コック部屋の裏には煙突が一本。そこにはまた労働者が二人せっせとシャベルを動かしている。カンテラを一つともしたまま。……
37[#「37」は縦中横]
テエブルの前の子供椅子の上に上半身を見せた前の子供。子供はにこにこ笑いながら、首を振ったり手を挙げたりしている。子供の後ろには何も見えない。そこへいつか薔薇の花が一つずつ静かに落ちはじめる。
38[#「38」は縦中横]
斜めに見える自動計算器。計算器の前には手が二つしきりなしに動いている。勿論女の手に違いない。それから絶えず開かれる抽斗。抽斗の中は銭ばかりである。
39[#「39」は縦中横]
前のカッフェの飾り窓。少年の姿も変りはない。しばらくの後、少年は徐ろに振り返り、足早にこちらへ歩いて来る。が、顔ばかりになった時、ちょっと立ちどまって何かを見る。多少驚きに近い表情。
40[#「40」は縦中横]
人だかりのまん中に立った糶り商人。彼は呉服ものをひろげた中に立ち、一本の帯をふりながら、熱心に人だかりに呼びかけている。
41[#「41」は縦中横]
彼の手に持った一本の帯。帯は前後左右に振られながら、片はしを二三尺現している。帯の模様は廓大した雪片。雪片は次第にまわりながら、くるくる帯の外へも落ちはじめる。
42[#「42」は縦中横]
メリヤス屋の露店。シャツやズボン下を吊った下に婆さんが一人行火に当っている。婆さんの前にもメリヤス類。毛糸の編みものも交っていないことはない。行火の裾には黒猫が一匹時々前足を嘗めている。
43[#「43」は縦中横]
行火の裾に坐っている黒猫。左に少年の下半身も見える。黒猫も始めは変りはない。しかしいつか頭の上に流蘇の長いトルコ帽をかぶっている。
44[#「44」は縦中横]
「坊ちゃん、スウェエタアを一つお買いなさい。」 「僕は帽子さえ買えないんだよ。」
45[#「45」は縦中横]
メリヤス屋の露店を後ろにした、疲れたらしい少年の上半身。少年は涙を流しはじめる。が、やっと気をとり直し、高い空を見上げながら、もう一度こちらへ歩きはじめる。
46[#「46」は縦中横]
かすかに星のかがやいた夕空。そこへ大きい顔が一つおのずからぼんやりと浮かんで来る。顔は少年の父親らしい。愛情はこもっているものの、何か無限にもの悲しい表情。しかしこの顔もしばらくの後、霧のようにどこかへ消えてしまう。
47[#「47」は縦中横]
縦に見た往来。少年はこちらへ後ろを見せたまま、この往来を歩いて行く。往来は余り人通りはない。少年の後ろから歩いて行く男。この男はちょっと振り返り、マスクをかけた顔を見せる。少年は一度も後ろを見ない。
48[#「48」は縦中横]
斜めに見た格子戸造りの家の外部。家の前には人力車が三台後ろ向きに止まっている。人通りはやはり沢山ない。角隠しをつけた花嫁が一人、何人かの人々と一しょに格子戸を出、静かに前の人力車に乗る。人力車は三台とも人を乗せると、花嫁を先に走って行く。そのあとから少年の後ろ姿。格子戸の家の前に立った人々は勿論少年に目もやらない。
49[#「49」は縦中横]
「XYZ会社特製品、迷い子、文芸的映画」と書いた長方形の板。これもこの板を前後にしたサンドウィッチ・マンに変ってしまう。サンドウィッチ・マンは年をとっているものの、どこか仲店を歩いていた、都会人らしい紳士に似ている。後ろは前よりも人通りは多い、いろいろの店の並んだ往来。少年はそこを通りかかり、サンドウィッチ・マンの配っている広告を一枚貰って行く。
50[#「50」は縦中横]
縦に見た前の往来。松葉杖をついた癈兵が一人ゆっくりと向うへ歩いて行く。癈兵はいつか駝鳥に変っている。が、しばらく歩いて行くうちにまた癈兵になってしまう。横町の角にはポストが一つ。
51[#「51」は縦中横]
「急げ。急げ。いつ何時死ぬかも知れない。」
52[#「52」は縦中横]
往来の角に立っているポスト。ポストはいつか透明になり、無数の手紙の折り重なった円筒の内部を現して見せる。が、見る見る前のようにただのポストに変ってしまう。ポストの後ろには暗のあるばかり。
53[#「53」は縦中横]
斜めに見た芸者屋町。お座敷へ出る芸者が二人ある御神燈のともった格子戸を出、静かにこちらへ歩いて来る。どちらも何の表情も見せない。二人の芸者の通りすぎた後、向うへ歩いて行く少年の姿。少年はちょっとふり返って見る。前よりもさらに寂しい表情。少年はだんだん小さくなって行く。そこへ向うに立っていた、背の低い声色遣いが一人やはりこちらへ歩いて来る。彼の目のあたりへ近づいたのを見ると、どこか少年に似ていないことはない。
54[#「54」は縦中横]
大きい針金の環のまわりにぐるりと何本もぶら下げたかもじ。かもじの中には「すき毛入り前髪立て」と書いた札も下っている。これ等のかもじはいつの間にか理髪店の棒に変ってしまう。棒の後ろにも暗のあるばかり。
55[#「55」は縦中横]
理髪店の外部。大きい窓硝子の向うには男女が何人も動いている。少年はそこへ通りかかり、ちょっと内部を覗いて見る。
56[#「56」は縦中横]
頭を刈っている男の横顔。これもしばらくたった後、大きい針金の環にぶら下げた何本かのかもじに変ってしまう。かもじの中に下った札が一枚。札には今度は「入れ毛」と書いてある。
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