ぼろ洋服を着た男爵
ここに言うホールとは、銀座何丁目の狭い、窮屈な路地にある
感心にうまい酒を飲ませます。混成酒ばかり飲みます、この不愉快な東京にいなければならぬ
男爵加藤が、いつもどなる、なんと言うてどなる「モー一本」と言うてどなる。
彫刻家の中倉の翁が、なんと言うて、その太い指を出す、「一本」
ことごとく飲み仲間だ。ことごとく結構!
今夜も「
「
加藤君が例のごとく始めました。「
中倉先生は大の反対論者で、こういう奇抜な事を言った事がある。
「モシできる事なら、大理石の
「お示しなさいな。御勝手に」「
そこで「加と男」の癖が今夜も始まったけれど、中倉翁、もはや、しいて相手になりたくもないふうであった。
「大理石の
「大砲だろう」と、中倉先生もなかなかこれで負けないのである。
「大違いです。」
「それならなんだ、わかったわかった」
「なんだ」と今度は「
二人の問答を聞いているのもおもしろいが、見ているのも妙だ、一人は三十前後の
「わかったとも、大わかりだ、」と
「イヤとてもわかるものか、わたしが言いましょうか、」と
「言うてみなさい」と今度はまた彫刻家のほうから聞く。
「僕が言うて見せる」とついに自分が口を入れてお仲間にはいった。
「なんです」
「
「大ちがい!」
「すなわち男爵閣下の御肖像を彫ってくれろと言うのでしょう」
「ヒヤヒヤ、それだそれだ、大いに僕の意を得たりだ、中倉さん、全く僕の像を彫ってもらいたいのです、かく申す『加と男』その人の像を。思うにこれは決して困難なる
「そして題して戦争論者とするがよかろう。」と自分が言う。
「
「題は僕自身がつける、あえて諸君の討論をわずらわさんやだ、僕には僕の題がある。なにしろ御承諾を願いたいものだ。」
「やりましょうとも。王侯貴人の像をイジくるよりか、それはわが党の『加と男』のために、じゃアない、ためにじゃアない、「加と男」をだ、……をだをだ、……。だから承知しましたよ。承知の
「だが、……コーツト、(老人は老人らしい、接続詞をつかう。)題はなんといたしましょう、男的閣下。題は、題は。」
「だから言うじゃアないか、題はおれが、おれが考えがあるから
「エーと仰せられましても、エーでごわせんだ。……めんどうくせえ、モーやめた。やめた、……加と男の肖像をつくること、やめた! ねえ、そうじゃアないか
「今晩は」と柄にない声を出して、同じく洋服の先生がはいって来て、も一ツの卓に着いて、われわれに黙礼した。これは、すぐ近所の新聞社の二の面の(三の面の人は概して、飲みそうで飲まない)豪傑兼
「そうですとも、考えがあるなら言ったがいいじゃアないか、加藤さん早く言いたまえ、中倉先生の
「号外という題だ。号外、号外! 号外に限る、僕の生命は号外にある。僕自身が号外である。しかりしこうして僕の生命が号外である。号外が出なくなって、僕死せりだ。僕は、これから何をするんだ。」男の顔には例の惨痛の色が現われた。
げにしかり、わが加藤男爵は何を今後になすべきや。彼はともかくも、衣食において窮するところなし。彼には男爵中の最も貧しき財産ながらも、なおかつ財はこれあり、狂的男爵の露命をつなぐ上において、なんのコマルところはないのであるが、彼は何事もしていない。
「ロシヤ征伐」において初めて彼は生活の意味を得た。と言わんよりもむしろ、国家の大難に当たりてこれを挙国一致で喜憂する事においてその生活の題目を得た。ポーツマウス以後、それがなくなった。
号外(ごうがい)
作家录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语
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