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郊外(こうがい)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-26 8:56:29  点击:  切换到繁體中文

 



       ※(始め二重括弧、1-2-54)※(終わり二重括弧、1-2-55)

 その夜八時過ぎでもあろうか、雨はしとしと降っている、踏切の八百屋やおやでは早く店をしまい、主人あるじ長火鉢ながひばちの前で大あぐらをかいて、いつもの四合の薬をぐびりぐびりっている、女房はその手つきを見ている、娘のお菊はそばで針仕事をしながら時々頭を上げて店の戸の方を見る。
『なるほど四合では足りねエ。』
『何がなるほどだよ。』女房はもう不平らしい。
逆上のぼせの薬が足りないッてことよ。』
『ばか言ってらア。』女房には何のことだかわからない。
『お菊、もう二合取って来てくんねエ。』
『およしようそだよ、ばかばかしい。』女房はしかるように言って、燗徳利かんどくりをちょっと取って見て、『まだあるくせに。』
『あってもいいよ、二合取って来てくんねエ。明日あした口がきけねえから。』
『だれにさ、だれに口がきけねえんだよ。ばかばかしい。』
『なるほどうまいことを言うじゃアないか、今日おいらが蔦屋つたやへ行って今朝けさの一件を話すと、長屋の者が、ふところが寒くなるから頭へ逆上のぼせるだッて言やアがる。うまいことを言うじゃアないか。そいでおいらア四合ずつ毎晩逆上薬のぼせぐすりを飲むが鉄道往生する気になんねえッて言ったら、お神さんにそう言ってもう二合も買ってもらえッてやアがる。』
『大きにお世話だッて言ってやればいいに。』と女房は言って見たが、笑わざるを得なかった、娘も笑った。
『だから二合取って来てくんねえッてんだ。』
『ほんとに今夜はおよしよ、道が悪くってお菊がかあいそうだから。』女房は優しく言った。
『いいよわたし行って来ても。』娘は針を置いた。
 主人あるじは最後の酒杯さかずきをじっと見ていたが、その目はとろんこになって、身体からだがふらふらしている。
『やっぱり四合かな。』
 三人とも暫時無言。外面そとはしんとして雨の音さえよくは聞こえぬ。
『お前さん薬がいたじゃアないか。』
『ハハハハハ』主人あるじは快く笑って『しかしおいらアいくら逆上のぼせても鉄道往生はご免だ。ドラとこうちで朝まで安楽成仏あんらくじょうぶつとしようかな。今朝けさの野郎なんかまだ浮かばれねエでレールの上を迷ってるだろうよ。』
『チョッ薄気味の悪イ! ねエもうこんなところは引っ越してしまいたいねエ。』女房は心細そうに言った。
『ばか言ってらア、死ぬるやつは勝手に死ぬるんだ、こっちのせえじゃアねエ。踏切の八百屋で顔が売れてるのを引っ越してどこへ行くんだイ。死にたい奴はこの踏切で遠慮なしにやってくれるがいいや、方々へ触れまわしてやらア、こっちの商売道具だ。』
 あくまで太い事をいって、立ち上がって便所へ行きながら、『その代わり便所の窓から念仏の一つも唱えてやらア。』
『あれだもの』女房は苦い顔をして娘と顔を見合した。娘はすこぶるまじめで黙っている。主人あるじは便所の窓を明けたが、外面そとは雨でも月があるから薄光うすあかりでそこらがおぼろに見える。窓の下はすぐ鉄道線路である。この時かさをさしたる一人ひとりの男、線路のそばに立っていたのが主人あるじの窓をあけたので、ソッとけて家の壁に身を寄せた。それを主人はちらと見て、
『何を言っても命あっての物種ものだねだ、』と大きな声で独言ひとりごとを初めた、『どうせ自分から死ぬるてエなアよくよくだろうが死んじまえば命がねえからなア。』
 この時クスリと一声、笑いを圧し殺すような気勢けはいがしたが、主人あるじはそれには気が付かない。
『命せえあればまたどんな事でもできらア。銭がねえならかせぐのよ、情人いろ不実ふじつなら別な情人いろを目つけるのよ。命がなくなりゃア種なしだ。』
 娘が来て、
『何言ってるの?』気味わるそうに言う。
『命あっての物種だてエ事よ、そうじゃアねえか、まアまア今夜なんか死神しにがみに取っ付かれそうな晩だから、早く帰ってよく気を落ち着けて考えるんだなア。』
『何言ってるの。』
『まア出直した方がいいねエ、どうせ死ぬなら月でもいい晩の方がまだしゃれてらア。』
『いやな、』と娘は言って座敷の方へどたばたと逃げ出してしまった。
『出直した、出直した。その方がいい、あばよ、』と言って主人あるじはよろめきながら出て来たが、火鉢の横にころりと寝たかと思うとすぐ大いびきをかいている。
『ほんとにこんなとこア早く越してしまいたいねえ、薄気味の悪い。しまいにはろくなことはないよ、ねえお菊。』母親おふくろはやはり針仕事を始めながら、それも朝が早いからもうそろそろ眠そうな目つきでいう。
『そうねえ。』娘はさほどにも思わぬよう。
『この月になってからでも今朝けさのが三人目だよ、よくよくこの踏切はけちがついていると見える。』
 娘は黙って相手にならない。二人は無言で仕事をしていたが、母の手は折り折りやんで、そのたびごとにこくりこくりと居眠りをしている。娘はこのさまを見て見ないふりをしていたが、しばらくしてソッと起き上がって土間をりた。表の戸は二寸ばかり細目にけてあるのを、音のせぬように開けて、身体からだを半分出して四辺あたりを見まわすようであったが、ツと外に出た。軒下に立っているのが昨夜ゆうべお梅から『お菊さんによろしく』と冷やかされた男。
『オヤいそさん? なぜそんなところに立ってるの、おはいりな、』と娘は小声でいう。
はいりそこねて変だから今夜はよそうよ、さっき親父とっさんが出直せッて言ったから、』とにやにや笑いながら言う。
『アラお前さんだったの? 何だか妙なことを言ってたと思ったよ。まアお入りな、かまわないから。』
『出直そうよ、ぐずぐずしてるとまた鉄道往生と間違えられるから、』と行きかける、
『人をばかばかしい、』と娘はまだ何か言いかけると内から母親おふくろがあくび声で、
『お菊もう寝るから外をおめ。』
『何だか雲ぎれがして晴れそうだよ、』とうそを言ってだまかす。
『オヤ外にいたの、何してるんだねえ、早くお閉めよ、』と険貪けんどんに言う。
『星が見えるよ、』と言って娘は肩をすぼめて、男の顔を見てにっこり笑う。
『早くお入りよ、』と言って男は踏切の方へすたこら行ってしまったが、たちまち姿が見えなくなった。娘は軒の外へ首を出して、今度はほんとに空を仰いで見たが、晴れそうにもない。霧のような雨がひやひやと襟頸えりくびに入るので、舌打ちして『星どころか』とかすかに言ったが、荒々しく戸を閉めたと思うと間もなく家の内ひっそりとなってしまった。

(明治三十三年七月作)





底本:「武蔵野」岩波文庫、岩波書店
   1939(昭和14)年2月15日第1刷発行
   1972(昭和47)年8月16日第37刷改版発行
   1983(昭和58)年4月10日第47刷発行
底本の親本:「武蔵野」民友社
   1901(明治34)年3月発行
初出:「太陽」
   1900(明治33)年10月発行
入力:h.saikawa
校正:noriko saito
2004年9月25日作成
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