山には別しても秋の來るのが早い。もう八月の暮がたからは、夏の名殘の露草に混つて薄だとか
お盆だ/\と騷がれて、この山脈の所々に散在して居る小さな村々などではお正月と共に年に二度しかない賑かな日の
私は書見に勞れて、机を離れて背延びをしながらした。眞實冷々して、單衣と襦袢とを透して迫つて來る夜氣はなか/\に悔[#「悔」はママ]り難い。一寸時計を見て、灯を吹き消して、廣い座敷のじわ/\と音のする古疊の上を階子段の方に歩いて行つた。
下座敷に降りて見ると、中の十疊にはもうすつかり床がとつてある。けれども寢て居るのは父ばかりで、その禿げ上つた頭を微かな豆ランプの光が靜かに照らして居る。音たてぬやうに廊下に出ると
襖を引開くると、中は案外に明るくて、かつと洋燈の輝きが瞳を射る。見ると驚いた、母とお兼とばかりだらうと想つてゐたのに、お米と千代とが來て居て、千代は
「ヤア!」
と思はず頓狂な聲を出して微笑むと、皆がうち揃つて微笑んで私を見上ぐる。一しきり何等か
「如何したの?」
と、矢張り微笑んだまゝで母と兩人の顏を見比べて私は聲をかけた。默つたまゝで笑つてゐる。誰も返事をせぬ。
「たいへん今夜は遲かつたね。」
と、母がそれには答へず例の弱い聲で、
「いま
と、續くる。
「ナニ、一寸面白い
と兩人を見交して言つてみる。
「え、遊び!」
と、千代が母の陰から笑顏でいふ。
「珍しい事だ、兩人揃つて。」
と、私。
「兩人ともお盆に來なかつたものだから……それにお前今夜は十七夜さんだよ。」
と、私に言つておいて、
「もう可いよ、御苦勞樣、もういゝよ
と、肩を着物に入れながら、強ひて千代を斷つて、母は火をなほし始めた。
兩人は一歳違ひの姉妹で、私とは
「さうか、それは可かつた、隨分久しぶりだつたね、たいへんな山ん中に引込んでるつてぢやないか。」
と、母の背後から私と向合ひの爐邊に來た妹の方を見ていふと、
「え、たいへんな山ん中!」
と、妙に力を入れて眉を寄せて、笑ひながら答へる。
休暇に歸つて來てから一寸逢ふことは逢うたのであつたが、その時は仕事着のまゝの汚い風であつたのに、今夜は白のあつさりした浴衣がけで、髮にも櫛の目が新しく、顏から唇の邊にも何やら少しづつ匂はせて居るので、珍らしいほど美しく可憐に見ゆる。山家の娘でも矢張り年ごろになれば爭はれぬ
「淋しいだらう!」
「え、だけど
「ウム、まるで死んでるやうだ。」
「マア、斯んな村に居て!」
と
「だけれど、東京から歸つて來なさつたんだからねえ!」
と何となく媚びるやうな瞳附で私の眼もとを見詰むる。さも丈夫相な、肉附もよく色の美しい娘で、
「ア、ほんに、お土産を
と、丁寧に頭を下ぐる。
「氣に入つたかい?」
「入りやんしたとむ!」
と、ツイ
「ハヽヽヽヽヽ、左樣か、それは
「マア、米坊よ、お前どうしたのだ、そんな處に一人坊主で、……もつと此方においでよ。」
私も氣がついて振向くと、なるほど姉の方は窓際に寄りつきりで、先刻から殆ど一言も發せずに居る。
「オ、
「エー」
と長い鈍い返事をして、
「お月さんが………」
云ひ終らずにおいて身を起しかけて居る。
「お月さん? 然うか、十七夜さんだつたな」
と、私は何心なく立つて窓の側に行つて見た。首をつき出して仰いで見ても空は依然として眞闇だ。星のみが飛び/\に著く光つてる。
「
「もう出なさりませう。」
と、ゆる/\力無く言ひながら立上つて、爐の方に行つて、妹の下手に
「厭だよ姉さんは、もつと離れて坐んなれ!」
と、妹は自身の膝を揃へながら、
すると母が引取つて、
「お前が此方においでよ、斯んなに空いてるぢやないか。」
と、上から被つてゐる自身の夜着の裾を引寄せて妹に言ふ。千代は心もちその方にゐざり寄つた。お兼は母の意を受けて
「姉さんの方が餘程小さいね。」
と兩人を見比べて私がいふ。
妹は姉を見返つてたゞ笑つてる。
「千代坊は精出して働くもんだから。」
と、姉は愼しやかに私に返事して、
「お土産を私にも
と、これもしとやかに兩手をつく。
「ハヽヽヽヽヽ、これもお氣に入りやんしたらうね。」
そのうち母の平常の癖で
二三杯立續けに一人で飮んで、さて杯を片手にさし出して皆を見しながら、
「誰か受けて呉んないかな!」
と笑つてると、母も笑つて、
「千代坊、お前兄さんの御對手をしな。」
「マアー」
と言つて、例の媚びるやうな耻しさうな笑ひかたをして、母と私と杯とを活々した輝く瞳で等分に見る。
「ぢや一杯、是非!」
私はもう醉つたのかも知れない、大變元氣が出て面白い。
見て居ると、
「一杯貰ひね、
と繰返していふ。面白いので私は少しも杯を引かぬ。
「では、ほんの、少し。」
と
私は乾してまた千代にさした。一寸
姉妹(しまい)
作家录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语
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