鏡子が茶の間で昼の膳に着いたのはかれこれ二時前であつた。向ふの六畳では清と英也と秋子と千枝子が並んで食べて居た。英也は
荷物が皆配達されて鏡子はおもちや類を子供に分けた。
『まだあるの、けれど鞄の中で他の物に包んだりしてあるのだから
と鏡子は云つた。
『僕には何があるの、外に。』
と健が云つた。
『さあ何だつたかねえ。』
『
『そんな事ありませんね、
『いいんだ。いいんだ。』
『やかましい、健。』
と滿が云ふと、
『いやあ。』
と健が泣き出した。
『瑞木ちやんの人形の方がいいのよ、とり替へて頂戴よ。』
と花木が云ふ。
『いやよ、いやよ。』
と瑞木が泣声で云つて居る。鏡子は
『
清は薫のバロンを持つて、千枝子だけを残して帰つた。鏡子はふとトランクや鞄の鍵をどうしたかと云ふ疑ひを
『あら。』
と
『お照さん、鞄の鍵を私落して来てよ。』
『
『着物を脱いだ[#「脱いだ」は底本では「晩いだ」]所になかつたこと。』
『いいえ、ありません。』
『ぢやあ汽車の中なんだわ。』
『大変ですね。』
『さうだわ。』
『困りますね。』
『いいわ。どうかなるわ。けれどあなた
『さういたしませう。』
お照は立ちしなに襟先を
鏡子が
『おや、南さん。』
鏡子の頬に涙がほろほろと
『おめでたう。』
『
『
お照は口を曲げてかう云つた。
『そんなことを云はないでもいいに。』
と云つて鏡子は榮子の顔を見て
『榮ちやん、いけませんねえ。』
と云つて榮子を夏子が抱き取つて二人の女は一緒に立つて行つた。
『焼けましたねえ。』
南は気の毒さうにまじまじと師の奥様の顔を眺めて居る。
『情ないのねえ。けれど荒木さんは私を若くなつたと神戸では云つたのね。』
鏡子は英也の顔を見て笑ひながら云つた。
『
英也は
『さうぢやありませんよ、
『南さんの方が
英也は火鉢の灰を掻きならしながら下を向いて笑つて居た。
南夫婦と鏡子は菊屋の寿司を書斎へ運ばれて、子供達は六畳でそれを食べて、
『唯今迄のお照さんのお役目が大変で御座いました。』
と出て来た妹に花を持たせる事も忘れなかつた。
鏡子は書斎へ帰つてゆきなり、
『私ときどき喧嘩もして来てよ、帰りたいばかしに。』
と云つて南夫婦をじつと見た。
『ほ、ほ、ほ。』
と夏子は笑つた。やつとして南は、
『さうですか。』
と云つて居た。南の気の毒なものを見るやうな
榮子は英也の向側に坐つたお照の横に、
『叔母さんとねんの、叔母さんとねんの。』
と連呼して居た。
『どうなすつたの、榮ちやん。夏子さんとおねんねいたしませう。』
と云つて夏子は坐つた。お照は榮子を膝に掛けさせて、
『
と云つた。
『今晩からは
榮子は夏子の
『さあお
『はあい。』
お末は白い前掛で手を拭き拭き出て来て、暗い六畳の
『榮子さまは
『いいのですとも。』
榮子を抱いて来た夏子はくるくると着替へをさせてしまつた。そして末の敷いた蒲団へ
『ねんねえ、ねん、ねん。』
と云つて居た。
『もう皆もお休みなさいよ。』
書斎の母親は座敷に遊んで居る子供達にかう声を掛けた。
『いつもまだまだ寝ないのよ、
滿は不平らしい声で云つた。
『でも、
『はあい。』
と滿は答へた。
『もう眠いのよ。
母の傍へ来た花木がかう云つた。
『末や、お
云ひながら茶の間へ滿が出て行くと、
『まだ早いぢやありませんか。』
とお照が云つた。
『
羽織の白い毛糸の紐の先を歯で噛みながら云つて居る此声を、もう起き過ぎたねぞろ声だと母親は
『さうですか、末や
お照はまた、
『
と英也に話を向けた。
『うん、うん、うん、あれなんか
『私ね、鞄なんかの鍵を無くしてしまつたのよ。神戸の宿屋でせうか。』
『さうですか、大変ですね。』
『ええ。』
と云つたが、鏡子は
『三越へ電話で頼んで頂戴よ。
『ああさうですね。宜しうおます。』
それから
お照が出て来て、
『英さんがお先に失礼すると申して二階へ
と云つた。
『さう。あなたも
『いいえ。そんな事があるものですか。』
とお照は云つた。京女のその人は
『また伺ひます。さやうなら。』
『
お照は右の手首を左の手の
『済んだことだわ。何とも思つて居やしませんよ。』
余り聞きたく無い事であつたから鏡子は
『榮子の薬代も随分かかりますしね。』
『さうでせう。さうでせう。』
鏡子は少し
『榮子一人にどれだけお金の掛つたか知れませんよ。』
『あのう、
と鏡子が云つた。
『
『見せて頂戴な。』
『はい。』
お照は本箱の上に載せた蝋色の箱の中から青い切手のはつた封筒の手紙を出した。手に取つて宛名を見ると、鏡子は思ひも及ばなかつた
子供達皆無事のよし、何事も皆お前様の深き
と書き出して、優しい言葉が多く書いてある。鏡子が
『畑尾さんの
鏡子は
『私もう寝ませうかねえ。』
とまた云つた鏡子の声は情なさうであつた。
『さうなさいまし。』
『おやすみなさい。』
鏡子は寝室へ行つた。八畳の
五時頃から滿と健はもう目を
『
滿が呼んで見た。
『なあに。』
『
『して、して。』
と健も云ふ。
『
花木も云ふ。
『
云はねば済まないやうに瑞木も云つた。
『
目を覚して晨も声を出した。
『何を云つてるの。』
『学校子供云ふの。』
これは健の友達の弟がさう云つたと云ふ話を晨の聞き覚えた事なのである。
帰つてから(かえってから)
作家录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语
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