(1)
……先生は何事も御存じないようですから最初から残らずお話し致しますが、最近この町で大評判になっている「名無し児裁判」という事件が御座います。
その「名無し児裁判」というのは、全世界の裁判の歴史を引っくり返しても前例が一つもないという世にも恐ろしい、不可思議な事件なのですが、
レミヤの両親は御承知かも知れませんが、この町から十里ばかりの山奥に住んでおります素封家で、ハルスカインと名乗る老夫婦の間に生まれた一人娘なので御座いますが、そうした世間の実例に洩れず、老夫婦のレミヤの可愛がりようというものは一通りや二通りでは御座いませんでした。人の噂によりますと、蝶よ花よは愚かな事、ゴムのお庭に水銀の池を湛えむばかり……出来る事ならイエス様を家庭教師にしてマリヤ様を
レミヤは実に、世にも
ハルスカイン老夫婦の娘自慢が、それにつれて、親馬鹿式の有頂天にまで高まって行った事はお話し申し上げる迄も御座いますまい。毎日一着を占める優良馬でも、あれ程には大切にかけられまいと噂される位で御座いましたが、それにつきましても老夫婦が、自分達の老い先の短かい事が日に増しわかれば解かるほど……又はレミヤの評判が日を
ところがここに唯一人……否……タッタ二人だけ、レミヤ嬢に花束も恋文も送らない青年がありました。それは老ハルスカイン氏の死んだ兄の息子たちで、レミヤの
(2)
私たち兄弟は元来、
……と申しましただけではお解りになりますまいが……何をお隠し申しましょう。私共、アルマ、マチラの兄弟は生まれ落ちるとからの双生児で、私の方が後から生まれましたために、今までの習慣に従って、仮りに兄貴と名乗っているにはいるので御座いますが、実は揃いも揃った瓜二つで、声から、眠る時間から、学校の成績から、ネクタイの好みまで、弟のマチラと一分一厘違わない。ただ違うところは弟の方が私よりもホンノ少しばかりセッカチというだけですから、誰が見たとて区別が付く筈はありませぬ。向い合って議論したりしているうちに、自分が自分を攻撃しているような妙な気持ちになって、同時に笑い出すような事も度々あった位で御座います。ですから万一私共が一度でもレミヤの姿を見ましたならば最後、キット二人が二人とも夢中になって
私共は……ですから……初めから約束をしまして従妹のレミヤの事は夢にも思うまい。レミヤの両親の叔父叔母達へも手紙を出さないのは無論の事、自分達の居所も知らさないようにしよう。そうして吾々兄弟は、イクラ間違っても罪にならない位よく
けれども先生……世の中というものは思い通りに行かないものですね。私たち兄弟のこうした申合わせは、
叔父と叔母は私達兄弟が極めて近い親類でありながら……しかも二人ともレミヤの幼友達でありながら、一度もレミヤに手紙を出した事がない……のみならず学校を出てから後の居所も知らさないでいる事を、その時初めて気付いたのだそうです。そうしてそれと同時に私達二人の心づかいと、兄弟仲の親しさを、察し過ぎるくらい察してしまいましたので、その感心のしようというものはトテモ尋常ではなかったそうで御座います。二人が同時に涙を一パイ溜めた顔を見合わせて、
「二人が双生児でなかったらネエ。アナタ」
「ウーム。アルマチラと名乗る一人の青年だったらナア」
と同じ事を云いながら、長い長いため息を
レミヤの話によりますと叔父夫婦はそれから後というものは、その事ばかりを繰り返し繰り返し云って愚痴をこぼしていたそうです。
「ドッチでもいいから一人、自動車に
なぞとヒドイ蔭口を云った事もありましたそうで……。
「お前はアルマとマチラとどっちが好きなのかい?」
とレミヤに尋ねた事も一度や二度ではなかったそうです。けれどもレミヤはいつも顔を真赤にして、
「どちらでも貴方がたのお好きな方を……
と答えたそうですが、これはレミヤの云うのが本当で、そんな下らない事をきく両親の方が間違っております。私と弟のドチラがいいかという事は神様でもきめる事が出来ないのですから……。
けれども、そこが老人の愚痴っぽさというもので御座いましょうか。叔父夫婦は、それから後というもの考えれば考える程、娘の婿として適当な人間は私達二人以外にないようにシミジミと思われて来るのでした。申すまでもなく叔父達夫婦のそうした気持ちの中には、今までに手を尽して探しあぐんだ苦労づかれも交じっていたろうと思われるのですが、せめてドチラかに
「何とかしてアルマとマチラの二人の中から娘の婿を選んで下さい。これは神様の思し召しですから……」
「あなた方の智恵にお
と繰り返して遺言をしながら、息を引き取ったというのです。
(3)
自分のために両親の寿命を縮めたレミヤの歎きは申すまでもありませぬが、それよりも何よりも、差し詰め困ってしまったのは、後に残った親類たちでした。世の中に厄介といってもこれ位厄介な遺言はないので、如何に智恵者が寄り合ったにしてもモトモト不可能な事は、永久に不可能にきまっているのです。併しそうかといって、さしもの大財産と、妙齢の一人娘を、放ったらかしおく訳にも行かないというので叔父達夫婦の葬式が済んだ後に開かれた親類会議が、何度も何度も行き詰まったり、後戻りをしたりしましたがそのあげく、とうとう思案の行き止まりに誰かがこんな事を云い出しました。
「……これは
……と……。これを聞きますと親類たちは皆、救け船に出会ったように喜びました。そうして言葉の終るのを待ちかねて、
「成る程それはステキな名案だ」
「どうして今までそこに気付かなかったろう」
「故人夫婦も、それに異存はないだろう」
「いかにもそれがいい……賛成賛成……」
というので、即座に満場一致の可決という事になりました。
私達兄弟が予想しておりました危険な運命は、こうして叔父叔母の死によって、思いがけもなく眼の前の事実となって押し寄せて来たのです。「ハルスカイン家の最近い親類」という理由の下に、親類会議の代表者から
その間の恐ろしさと、悩ましさというものはトテモ局外者の想像の及ぶところでは御座いますまい。私達兄弟はお互いに、お互いの気持を知り過ぎる位知り合っているのです。相手の心がソックリそのまま自分の心なのですからドウにもコウにも仕様がないのです。殺し合う事も出来なければ逃げ出す事も出来ませぬ。又レミヤはレミヤで二人の心を、恋人の敏感さで見透かしながらも、どっちをどうする事も出来ないというような、この世に又とない苦しみに囚われてしまいましたので、そのために三人が三人共、行く末の相談どころでなく、口を利き合う事すら出来ない……さながらに生きながら地獄に
中にもレミヤは同じ姿と、おなじ心と姿の恋人が二人眼の前で睨み合っているという、夢のような恐ろしい事実に、死ぬ程悩まされましたせいか、葬儀が済んでから一週間も経たぬうちに見る眼も気の毒なくらい瘠せ衰えてしまいました。そうしてドッと病床に就いてお医者様のお見舞いを受けるようになりましたが、喰べ物はもとよりの事、お薬も
「妾は妾の財産をお二人に残して行きます。それだけが、妾のせめてもの心遣りです。どうぞこの財産を妾と思って、お二人で半分半分に分けて、思う存分に使って下さい」
というような事まで夢うつつに口走るようになって参りました。
霊感!(れいかん!)
作家录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语
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